第19話 リドゥナの交換

昨晩ワラビに読んでもらったところによると、私がとったリドゥナは異国の美術品ということだった。それではたくさんお金がもらえるはずと思ったが、ワラビは渋い顔だった。

価値は高いが、高価なものになるとその購入資金を用意することはもちろん、転売目的ならその後の販売ルートがないと手が出せない。つまり初心者が手を出す案件ではないということだ。小難しい説明が色々あったので正確ではないが、たぶんそういうことだったと思う。

要はここではすぐに換金できるもののほうが、価値があるということだ。どれだけ高価だろうと、買う人がいなくては金にならない。セドの男たちが捨てていたのもそのあたりの理由なのだろう。美術品はお腹の足しにならない。まだ馬一頭のほうがましだ。ひじょうに共感できる理由である。


「価値のあるものが正当に評価されるとは限りませんからね。今回は諦めましょう」


ワラビは微笑んだが、私は諦められない。おいしいご飯が食べたいのだ。毎日風呂に入りたいのだ。いくら底辺だとはいえ、人間らしい暮らしがしたいのだ。生存権を主張したいが、ここにはそんなものは存在しない。

それならば、自分で掴むしかない。

私は貴族外の近く、大きな石の扉が倉庫のような雰囲気の店の前、リドゥナを握りしめた。


「たのもー」


私はワラビを押し売りしてきた商人の店の戸をたたいた。

受付の人がいる気配はなかった。


『お邪魔します』


重厚感のある石の扉を開ける。中はがらんとしていた。骨董品が置かれていたような少し黴臭い臭いがした。


「たのもー」

「なんだい」


少し大きな声を出すと、いかつい男がやってきた。まじまじとこちらを見ると、よっこらせと脇に手を入れ持ち上げられた。


「なに、する、だめ」

「子供の遊び場じゃねえんだ」


あっという間に外に出された。次会ったら殺すぞ、という勢いで睨まれた。

人を売るなんて外道なことをするのだから、そんな人なら伝手があるに違いない。この町一番のあくどい商会にいるかなりやり手の商人で、美術品を主に扱いながら、馬や人なども扱う貿易商だという話だったから、ワラビに内緒できたのに……。

あの男が出てきたらなんて言おうと何度も昨日の夜から、シミュレーションをしていた。そ、それなのに。五分もかからず終わってしまった。ラスボスどころか中ボスまでもたどり着けていない。

諦めきれず、尻もちをついたまま呆然と見上げた。

何やらすごまれた。言葉は分からないがこれ以上は危険な気がする。

うん、私の人生そんなものだ。もう一度扉をたたく元気も勇気もない。太陽が暑い。


「どうしよう」


五分もたたずに門前払いとか、私の能力的には当然の結果なのだが、任せとけと言って出てきた以上すぐには帰りづらい。どこかで時間をつぶすにも、先立つものがないので散歩することにした。

ふと、顔を上げると明るい構えの店が並ぶ中、ものすごく暗い店があった。何屋なのかもわからない。ぼんやりと眺めていると、からん、と音がして扉が開いた。中からお客らしき男性と、店主らしきおじいさんが出てきた。男性は木箱を大事そうに抱えている。おじいさんは丁寧に頭を下げた。お客が去ると、おじいさんと目が合った。開いたままの扉から骨董品が並ぶ店内が見えた。

ここだ!


「リドゥナ、買ってください」


夢中だった。おじいさんの袖をつかむ。丸眼鏡に白髪のおじいさんは、眉間に皺を寄せのけぞりながら言った。


「お客様でしたら、中でお話を聞きましょう。冷やかしならば、五万戴きますが、それでもよろしいですか」

~しましょう、は肯定の意味だったはずだ。

「はい!」


私は元気よく頷いた。


   ※ 


骨董品が並ぶ店内、店主のおじいさんの眉間にくっきりと皺が寄った。


「一体、お前は何を言いたいのだ」


一応、リドゥナの交換に関する会話文は丸暗記してきたのだが、通じない。

仕方なく、「これ、私の、これ、あなたの」とジェスチャーをしているが、ダメだ。

この一か月、だいぶ会話が通じるようになったと思っていたが、話しが通じたのは、多分に相手がこちらのいうことを理解しようとしていてくれていたからで、実のところ私の語学力は底辺のままではないのか。深くなっていくおじいさんの眉間の皺に、知りたくなかった現実にまた一つ気づく。

切ない。切実に翻訳機がほしい。

がくり、と項垂れると、「大丈夫か」とおじいさんが寄ってきた。


「ほら、茶でも飲め」

カップを渡される。

「ありがとござま! ただ?」


人様の好意にこんなことは言いたくないが、油断はできない。私も少し賢くなった。


「がめついな、無料だ」


おじいさんは頷くとカウンターの椅子を持ってきた。二人並んでお茶を飲む。苦いお茶は出がらしだったが、文句はない。それにしても何と言えばよいのか。売る、渡す、あげる、やる、頭の中で使えそうな単語を思い出す。

ん?なんとなく目をやった陳列棚の一角から目が離せなくなった。まさか。

三本足の椅子から飛び降りる。


「どうした?」


光の当たらない陳列棚、ワラビを押し売りしてきたおじさんに売った物が並んでいた。


「ああ、これか、買ったはいいものの買い手がいなくてな。作りは立派だが、臭いがひどい。こういう商売は付き合いも大事だから仕方がないが」


おじいさんは卵が腐って異臭を放つリュックに、眉をしかめた。リュックにスマホ。ペンケースにキーホルダー、家の鍵。全部ある。


「私、これ買う。いくらですか?」


おじいさんは目を丸くした。


「ほしいのか?」

「はい」


おじいさんは少し考えると言った。


「ただでいい」


ただ。なんと素敵な言葉だ。


「ありがとござ!」


早速、リュックに自分の荷物をつめようとしたら、腕を掴まれた。


「何をしている、これだけだ」


おじいさんは腐乱臭漂うリュックを指さした。ただなのはリュックだけということか。確かに、腐った匂いのする物以外は自分で言うのもなんだが、売れそうだ。


「これ、私の、とられた」


厳密にいうとちょっと違うが大枠は違わないのでよしとする。


「道理であいつら、しかし」


おじいさんはこっちを見ながら小声でぶつぶつ言っている。できるだけ上目遣いを心掛けおじいさんを見る。


「いいや、だめだ。こっちも商売だからな。これだけだ」


おじいさんはリュックを指さした。しかし私とてだてにここに一か月もいない。


「ありがとござ!」


言いながら、ペンケースをリュックに入れ……られなかった。おじいさんは私の手首を持って厳かに首を振った。ここでこの国の人なら、口八丁手八丁交渉に入るのだろうが、しみついた下僕根性が脊髄反射で謝罪していた。


「ごめんです」


泣く泣く、棚に戻す。よほど物欲しそうな顔をしていたのだろう。


「お前の物なのか」


おじいさんの声が優しくなった。私は強く頷いた。


「これ、私の男とった」


しかも人を押し売りしていったのだ。とまでは言えなかった。もっと勉強しよう。おじいさんは深くため息をついた。


「この年で男に騙されるとはなんて不運な子供だ。いいだろう。予約しといてやる。ただ、こっちも商売だからな。いつまでもとっとくことはできないが、金がたまったら買いにこい」


おじいさんはカウンターから小さな紙を持ってくると、私に名前を書くように言った。


「読めんぞ、名前はなんだ?」

「ハル」


ヨッカーまで言うとひと揉めあるのは学習している。私は学べる人間だ。余計なことを言ったりしない。外国人なので字が下手なのです、という顔をして、全ての荷物に名札を貼った。貼り終わるころにはおじいさんの私を見る目が変わっていた。珍しい品物ばかりだからだろう。


「おまえ、どこの嬢ちゃんだ?いや、浮浪児にしか見えないが貴族のご落胤なのか?」


ご落胤いうのが分からなかったので違うと答えておく。あと一つ、勇気を振り絞ってスマホを手にとった。イチかバチか。


「これ、私もらう。リドゥナあなたもらう。よい? おねげーしま」

「物々交換したいってことか?」


おじいさんは差し出したリドゥナをじっくりと眺めた。三枚目のリドゥナでぴくりと眉が動いた。紙を貼った私の荷物と見比べて頷いた。


「今日だけだ。もし今日物々交換するなら次回から二割増しの料金をもらうがそれでもいいか?」


よくわからないがおじいさんが前向きな様子だ。多分いいということだろう。私は強く頷く。おじいさんがカウンターから黄色っぽい紙を二枚出してきた。恐らくリュックとスマホの権利書的なものだろう。おじいさんがリドゥナにサインをし、私は権利書らしき紙にサインした。

そうだ、一応聞いておかなければいけないことがある。


「これ、全部買ういくら?」

「そうだな、二億ガリってとこか」

「お肉狩り」


なるほど、物々交換だけでなく労働力も対価になるということか。美味しそうな響きに、お腹が鳴った。

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