第3話 七軒の家
獣道を草をかき分け2〜3分も進むと、その7軒の家の全貌が見えた。
家々は私道を挟んで3軒が向かい合わせに、一番奥に最後の1軒が、全部でコの字型になるように配置されているようだった。
「心霊スポットとしては、有名っぽいですね……」
崩れかけた壁にスプレーの落書きをいくつも見つけて、新也は藤崎に声をかける。
どの家も、半分崩れ落ちていた。
そこここには腰近く伸びた雑草。もとは植木だったろう木も伸び放題で、周囲の山に溶け込んでしまっていた。腐り落ちた床からは所々に竹が生えてしまっている。
「だな。これだけの規模の住宅、売り出したけど誰も住むことなくこうなったってのがなぁ……」
周囲の不気味さには無頓着に藤崎は懐中電灯で照らしつつ、ずんずん進む。
「誰も住んでなかった、んですか?」
新也には信じられなかった。
割れた窓から、壊れた風呂場の壁から、白い影が覗いている。
手前の6軒、全てに一人ずつ……のようだった。全部で6つ。大きな影はほとんどなく、子供か老人のような細い小さな影が多かった。ゆらゆらと揺れる影は何かを言いたそうにこちらを見ている。ぽっかりと空いた空洞のような目が、2人をじっと目で追ってきていた。
そして、一番奥の家。
ぴたりと新也は立ち止まった。
そこにはどうしても近づきたくなかった。
「そうだと聞いているが。まあ、こんな山間部に建売住宅を建てても、買わないよなそりゃ……新也?」
震えて立ち止まった新也に気づいた藤崎が振り返った。
ざわりと空気が変わった。
大きな黒い人影が、一番奥の家の、床の間から立ち上がったのが新也には分かった。目で見えたのではない。感じたのだ。
来る。このままでは、あの影が来てしまう。
「せん、ぱ……逃げた、ほうが良いです、ここ」
新也は思わず前の藤崎の腕を引いていた。藤崎は首を傾げて新也を見る。
「逃げるって、来たばかりで?」
「いや、本当にマズいですって、ここ。早く!」
ざわりと周囲の家から音とも気配ともつかぬ物が動いた。そして、濡れた冷たい空気が新也の空いた左手に触れた。
(……連れてって……つれて……)
「っ……!」
冷たい指が新也の左手に絡んでいた。
気づくと周囲には、小さな細い影がゆらゆらと集まってきていた。
(一緒に……つれて)
一番小さな影が、ぽっかりと空いた目から血の涙を流して新也を側で見上げていた。手を、新也の手をぎゅっと握り込み離さない。
白い影は6体で2人を取り囲もうとしていた。
「藤崎さん!」
新也は悲鳴のような声で藤崎を呼んだ。呼んで、どうしてもらおうと思ったわけではない。思わず叫んでしまったのだ。
「新也!?」
藤崎が震える新也の肩を掴み、強引に自分の方へ向けた。その途端、白い影が弾けるように飛び退いた。新也がはっと我に返ると、黒い影が藤先の背後、のしりと家を出てくるところだった。一歩、大股に草をざっとかき分ける音が新也には聞こえた。
(俺も、連れてけ!)
吠えるような大声が闇に響いた。ビリビリと鼓膜を震わせる大声に、新也は藤崎をぐっと引っ張った。
「行きましょう!……やつが来る!」
藤崎の腕を掴み直し、新也は走り出した。車まではほんの100メートル足らずだ。後ろを振り返る余裕なんてない。
がむしゃらに走る新也に、藤崎は何も言わずについてきた。2人の荒い息だけが山へと溶けていく。気づけば鈴虫の音は消え、県道向かいの川の唸りが轟々と聞こえるだけになっていた。
(連れてけ!つれてけえ!)
(つれて、……いって……)
だみ声と、か細い声が段々と小さくなっていく。こんなに車までは遠かっただろうか。何分も走ったと錯覚しそうになった頃、最後に、
(……つれてって……)
子供の声がポツリと、新也の耳に届いた。
車にたどり着き、ばっと新也は振り返った。そこにはもう誰もいない。
「新也?」
藤崎が掴まれたままの腕を気まずそうに見た。確かに冷静になるとちょっと恥ずかしい。息を整えながら新也はそっと藤崎の腕を放した。
「俺には、何が何だかなんだが……大丈夫か?」
藤崎は背後を振り返り、汗に濡れた額の髪をかきあげて大きく息をついた。新也も大きく息を吸い、吐いて体から力を抜く。
「もう、大丈夫だとは思いますけど……」
「そうか」
新也はけろりとしている藤崎を仰ぎ見る。
「というか……もう2度と、手伝いませんからね。……詳しい話は車でしますよ」
新也の声で、2人は急いでその場を離れた。
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