第2話 獣道の先に
「ここですか」
「ここ、だな」
二人は懐中電灯を手に、鬱蒼と茂る獣道を目の前にしていた。
Y県某所。街中から離れ、山間部を行くこと30分。川沿いの主要な県道から歩いてすぐ、と教えられていたその7軒の家は、今は草で覆われた獣道の向こう、消えかけた細い道の先に1軒目の屋根がかろうじて見えるか見えないかという有様だった。
季節は真夏。
時は夜中の23時である。
新也はすでに帰りたくなっていた。背中を冷たい汗が滑り落ちていき、ゾクゾクするのが止まらない。
県道の脇に止めた車の側には人っ子一人おらず、車も一台も通りかからない。背後の一級河川から聞こえる川のせせらぎは真夏なのに寒々しく、足元では少し早い鈴虫がリンリンと鳴くばかりだった。
「その、情報提供者の方によると、いわれも何もない……でしたよね?」
「そのはずだが?けど、何も事件などなかった筈の7軒ある古びた空き家で、次々怪異が起こる、だったかな」
何も感じていないらしい藤崎は平然と、背伸びをして獣道の崎を覗こうなどしている。
「先ぱ……、藤崎さんは何も感じないんですか?」
新也には獣道の奥、大きな木の陰から手招きする青白い腕が見えていた。透き通って、向こう側の茂みが見えることからも、間違っても地域住民……ではないだろう。
「感じろったって……蒸し暑いなとか?鈴虫うっさいな、くらいだろ」
腕を組み首を傾げる藤崎の鈍感さを憎々しく感じながら、新也は深呼吸する。
「……見えないって良いですね」
「何だ。意味のよくわからない嫌味を言うなよ。さあて、行くとしよう」
腕組みを解いた藤崎が舌なめずりをするように笑み、腕を大きく回した。やる気は十分だ。
一方の新也はすでに尻込みをしていた。
「行くんですか!?」
「行かなきゃ始まらないだろう。どうして私道の通行許可まで取ったと思ってんだお前」
心底不思議そうに首を傾げて、藤崎は新也を見下ろした。身長差はさほどないはずだが、背筋の伸びている藤崎と猫背でビクビクしている新也では10センチ以上も背丈が違って見える。
藤崎にトンっと背中を押されて、新也は獣道へ一歩踏み出した。
首筋がひやりとする。道は、雨が降った様子もないのにじめっと湿っている。
悪い兆候だった。
いる。
新也は確信する。先程の青白い手はすでに消えていたが、ここには他にも何かいる。
新也はばっと藤崎を振り返った。
「帰りましょう!」
「馬鹿か!」
「馬鹿と言われても構いません。帰りま……っ!」
新也の言葉は途中で消えた。
獣道を数歩進んだ先に、1軒目の家の屋根と2階の窓が見えた。
家は予想よりも新しく、少し古びた建売住宅という見た目だ。
箱型の総二階で、玄関だけが前へせり出している。外装は板塀と吹付け……だっただろう。苔むし、蔦が覆う壁は所々に抜け落ちて、内装が見えるようになっていた。2階の窓もガラスが砕け、雨戸もボロボロだった。
その2階に、誰かがいる。
白く佇む小さな影が、片手の平をこちらに向けている。まるで、窓へ手を押し当ててこちらを見下ろすように。
「さぁ、行くぞ」
黙ってしまった新也の反応を良いことに、藤崎はずんずん進む。置いていかれては敵わない。
新也はどうにか2階の影から視線を引き剥がし、慌てて藤崎を追った。
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