飛び降りたら天使になれるらしい

夕凪

飛び降りたら天使になれるらしい

 人は誰しも、不満を抱えて生きている。当たり前のことだ。そんな当たり前のことを、17年間も知らないまま生きてきた人間がいる。俺だ。俺は、世間に反抗する気概のある人間は俺だけだと思いながら生きてきた。

 これは、そんな俺の価値観を変えてくれた、とある天使との出会いの物語だ。



 高3の春。残り1年の高校生活を惜しむ者もいれば、あと1年で檻から出られると弾む心を抑えられない者もいる。俺はどちらでもない。いや、どちらかと言えば寂しいかもしれない。


「君が隣?私、三崎奈々。よろしく!」


「佐山裕太です。よろしく」


 三崎奈々。その名前には聞き覚えがあった。なぜなら、去年のクラスメイトだからだ。派手な赤髪に青のクラゲのピアス。中々のインパクトだ。他の校則はきっちりと守っているのも面白い。


「佐山くんって、去年も同じクラスだったよね?うーん、あんまり覚えてないんだよね。おかしいな」


 いや、おかしくはないぞ。俺は影の薄さには定評があるんだ。


「おかしくないよ。学校、休みがちだったし。担任だったヤマ先覚えてる?あいつに土下座してなんとか進級させてもらったんだ」


 なにそれ〜、と笑う三崎を見ていると、なんだかこっちまで楽しくなってくるようだ。三崎は周囲の感情を支配する能力を持っているのかもしれない。


「三崎さんはクラスでも目立つほうだったよね。ほら、三崎さん可愛いじゃん。高嶺の花って感じだったよ。今話せてるのも夢みたいだ」


「佐山くんは口が上手いね〜。でも確かに去年の私は輝いてたかも。少なくとも今年の私よりは輝いてた。それは間違いないね」


 うん?なんか引っかかる言い方だ。地雷を踏んでしまったのかもしれない。他人との会話は紛争地域を裸足で歩き回るようなものだ。気を弛めてはいけない。常に集中していなければ。


「そうかな?その美貌は今年も健在!って感じだけど」


「そんなに褒めても何も出ないよ?なんて、古い台詞回しだね。うーん、ここで話すのもなんだしなあ。佐山くん、今日のお昼暇?」


 そうだ、今日は新学期初日だから午前で終わりだった。女子との食事なんて小学生ぶりかもしれない。このチャンスは逃せない。


「暇だよ。その、なんだ。話を聞かせてくれるの?」


「うん。全部話す。全部話すって言ったって、大したことじゃないけどね。私さっきからぼかして話してるから、佐山くん今何も分かってないでしょ?」


「正直、何の話してるのかさっぱりだよ」


「ははは、そりゃそうだよね。私も何言ってんだか分からなくなってきたよ」


 そうこうしてるうちに担任が入ってきて、ホームルームが始まる。俺の視線は他の窓際の生徒と同じように、青く澄み渡った空に向けられていた。



「天使になった?」


 同日、昼。学校近くの公園で2人でサンドイッチをパクついていると、三崎さんがおかしなことを言い出した。


「そう、天使になったの。春休み最終日に」


「ちょっと待って、整理しよう。まず1つ目。なんで三崎さんは天使になっちゃったの?」


 いきなりの告白に頭が追いつかない。天使になった?三崎さんは電波系なのか?


「なんでって、自殺しようとしたからだよ?」


「自殺!?三崎さん、自殺したの!?」


「自殺しようとはしたけど、失敗したよ。ほら、この通りピンピンしてるでしょ?」


 サンドイッチを咥えながらぴょんぴょん飛び跳ねる三崎さん、可愛い。いや、そんなことは今どうでもいい!


「なんで自殺なんてしようと思ったの?いじめ?」


 美人はいじめられやすいと何かの本で読んだことがある。三崎さんは美人だし、少し変わっている。いじめられる要素が揃っているとも言える。悲しいことだが。


「ううん、いじめじゃないよ」


「ならどうして?家庭の問題とか?」


「それも違う。ただ死ぬのが怖くなっただけだよ。生きている限り死の恐怖から逃れられないんだって気づいて、死にたくなった。ただそれだけのこと」


「ああ、それなんとなく」


 分かる気がする。そう言いかけた僕に向けられた三崎さんの目は、失望と哀しみで満たされていた。ああ。そんな目で俺を見るな。


「……分からないな。俺は死にたいって思ったことないから。でも、死ぬのが怖いって感覚は、みんな持っているものだと思うよ」


「それは分かってる。誰だって死ぬのは怖いもの。でもね佐山くん、その感覚に取り憑かれたらどうなるか分かる?」


 死のうと思ったこともない俺に、一日中死について考えている人の気持ちなんて、分かるはずもない。


「分からないでしょ?責めてるわけじゃないの。私は佐山くんの気持ちが分からない。佐山くんは私の気持ちが分からない。おあいこでしょ?」


「おあいこなのかな?俺にはよく分からないよ」


 なんで死に囚われるのかも分からないし、なんでそこで死のうと思うのかも分からない。いや、本当は分かっているのかもしれない。でも、それに気づいたら。俺も死にたくなってしまうから。


「それで、どうやって自殺しようとしたの?」


「至って単純な方法。飛び降りだよ」


 サラッと言うな、この人。飛び降り自殺。確かにポピュラーな方法だ。失敗することもあると聞いたことがあるが。


「で、失敗したの?」


「うーん、どうだろう。失敗と言えば失敗だけど、望んでいたものは手に入ったよ」


 望んでいたもの?まさか、三崎さんは幽霊なのか?


「一応聞くけど、その望んでいたものって?」


「もちろん、不老不死だよ!」


 三崎さんは、満面の笑みでそう言い放った。



 不老不死。まあ簡単に言えば、老いないし死なないということだ。詳しくは知らないけれど。で、その力を三崎さんが手に入れたということは、彼女は永遠に17歳だと言うことだろう。彼女の言葉を信じるのなら、だが。


「私、マンションの12階から飛び降りたの。そしたら、飛び降りてすぐ意識がなくなっちゃって。目が覚めたら自室のベッドだった」


「今更こんなこと聞くのもなんだけどさ、怖くなかったの?」


 12階。結構な高さだ。飛び降りるのが怖いのは勿論、一歩踏み出したら人生が終わるという恐怖は、半端じゃないだろう。


「怖くなかったよ、死にたかったから。死ねなかったけどね」


 彼女は自虐っぽくそう言うと、烏龍茶を1口飲んだ。


「で、天使ってなに?」


「そのままの意味。天使になったの」


 この人、話通じないタイプ?


「どういうことなのかさっぱり分からないよ。翼が生えたの?」


「うん。翼が生えたの」


 今、なんて言った?


「翼って、あの翼?生えた?三崎さんに?」


 他人事のように頷くと、三崎さんはゴミを纏めはじめた。


「見たいなら見せてあげる。うちに来なよ」



「どうぞ、入って」


「お邪魔します」


 生まれて初めて女性の部屋に入った。緊張を通り越してリラックスできている気がする。それにしても、何も無い部屋だ。机とベッド以外のものが何一つ無い。


「じゃあ、翼を出すね」


 一瞬だった。三崎さんの背中が光ったことを認識した瞬間、そこには真っ白な翼があった。


「なんかあれだね、実際に見ると驚きってそこまで大きくないね」


「私もすぐ受け入れられたし、そんなもんだよ。それよりさ、なんか気づいたことない?」


 気づいたこと?堕天使っぽい見た目なのに翼が白いことか?ん?ああ、そういうことか。


「漫画みたいに羽が散らないってこと?」


「そうそう!それ!私それを期待してたから、なんかガッカリ」


「でも、片付けが必要ないのは楽じゃないか?」


「それもそうだね、翼さえあれば満足だしね」


 それから俺と三崎さんは、色々なことを話した。家族のこと、学校のこと、友達のこと。三崎さんは生まれ変わった気でいるらしく、髪の色も赤から金に変える予定らしい。友達も変えるとかなんとか。ただクラスが変わったから疎遠になっただけだと思うが。


「ねえ佐山くん、天使には使い魔がいるって知ってる?」


「聞いたことはあるけど、それがどうしたの?」


「佐山くんを私の使い魔にしてあげようと思って」


 美少女天使の使い魔。まあ、悪くないかもしれない。でもお断りすることにしよう。


「悪いけど、お断りするよ。俺は世界を変える男だから、使い魔なんかじゃ満足できないんだ」


「それは残念。だけど、仕方ないね。異端児とは常に孤独であるものだから」


「別にそんなことないと思うけどな。意図的な孤独なんて、ただ寂しいだけじゃないか?」


 天使は、笑いながらこう言った。


「本当の安寧ってのは孤独の中だけにあるものなんだよ、佐山くん」



 話し込んでいるうちに日が暮れていた。スマートフォンの画面には午後6時と表示されている。


「もうこんな時間だし、今日は帰るよ」


「今日はありがとう。打ち明けられて良かった。楽になったよ」


「三崎さん、今朝と全然テンションが違うね。どっちが素なの?」


「さあ、どっちでしょう。これから分かると思うよ」


 その言葉に、不覚にもドキッとしてしまう。年頃の男子だし、こればっかりはどうしようもない。相手は美少女だし。


「まあ、これからもよろしく。また明日学校で」


「うん。よろしくね、佐山くん」



「あ、そうだ。三崎さん、最後に1つだけ聞いてもいい?」


「いいよ。なに?」


「不老不死って、本当なの?」


 天使はピアスを指さした。


「さあ、どうだろうね」


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飛び降りたら天使になれるらしい 夕凪 @Yuniunagi

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