第2話 余計を省いてさっぱりと!




 次の日。


「ああ七時半だ! ダメだ、オレはもうダメだ!」


 いつも通り、朝は親父の絶叫から始まった。


 俺は布団から出て飯の準備。冷蔵庫からビニ弁を取り出してレンチン。居間の床で騒いでる親父の前にも一膳、缶チューハイと一緒に置いて黙らせた。


「朝のシフト大丈夫かよ」


「ダメだ……」


「早く行けば」


 それだけ言うと弁当をかっ込み、着替えたりして家を出る。


 いつも通りの朝、雨の降る。

 そのはずだった。


「おはよう、サパタくん!」


 緑の傘、紺のブレザー、紫のスポーツバッグ。

 泣きボクロの無い美しい顔。


「うおっ!」


 玄関出たら目の前にシミズレイネが立っていた。

 何故俺の家を、隣町に住んでるはずじゃ、いや、そんなことより……。


「か、髪が」


 無い。

 腰まであったはずの御髪おぐしが、首元でバッサリ切り揃えられていた。


「ああこれ」


 彼女は何でもないように毛先に指を這わし搔き上げ、俺にたなびく緑の黒髪を幻視させる。

 潔いような、残念なような……でバカみたいに見惚みとれてたらフッと笑われた。


「今日は、“説明”をしたくて」


 そう切り出すと、彼女はきびすを返して歩き出す。


「せ、説明?」


 仕方なく傘を差して後を追う。

 完全にあっちのペースだ。

 通りに出て、学校の方へ曲がると彼女は話し始める。


「昨日はビックリしたでしょ。みんなうるさいし」


「まあ」


「ごめんね。でもこれは必要なことで」


 学校までは自転車がギリギリ要らないぐらいの距離。

 俺とシミズレイネの距離は大体一mぐらい、今、追いついて六十㎝程。


「私、実はなろうと思ってて。だから君との関係もその一環」


「全然わからない。なんで俺?」


一昨日おととい目が合ったから。一目惚ひとめぼレ、コレ仕方ナイネ」


 そうエセ中国人っぽく茶化した後、彼女は少し真面目な調子で息を吐く。


「ほら、私友達も多くて、モテるし。勉強とか部活も頑張ってて。ちょっと疲れちゃって」


 そう言う彼女の表情は傘で隠れて見えない。


「色んなところを少しずつ手を抜いてこうかなって。髪も手入れ怠かったし。彼氏の影響でイメチェンってことにして、少しずつなら案外バレないと思うんだよね」


 俺は呆れてすっ転びそうになった。


「ビニ弁かよ」


「え?」


 傘をもたげた彼女はキョトンとしている。


「ほら美味しくなって新登場とか言って、飯の量やおかずの数減らしてしれっと同じ値段で売るやつ」


「あはは、そうかも」


 納得したように頷いてからシミズレイネは急に「あ」と声を漏らした。


「そう言えばサパタくん、うちがコンビニやってるって本当?」


「だから何で知ってんだよ!?」


下諏訪シモスワに深夜立ち寄ると店員がサパタくんのコンビニがあるって、2-4の有名な怪談だよ?」


 マジか~。


「だからいつもお昼がビニ弁なんだ、イメージ通り」


「職業差別だぞ」


「やっぱり廃棄ハイキなの?」


「……本当はいけないんだけど」


「じゃあ無料ただみたいなもんだ。私にもちょうだいな」


 結構意地汚いな……。

 少し幻滅しながらも、学校に近づくにつれ他の生徒の視線で顔は赤くなってきていた。


「シミズさん、無理だよ。悪くなってるかもしれないし」


 すると、シミズレイネは眉根をくっと寄せる。


「レイネでいいよ」


「やだよ」


「じゃあシミズ」


「……」


 彼女は体をグイッと寄せ、俺の傘下に侵略してきた。

 耳元に息が吹きかかる距離で彼女はこう言う。


「付き合ってるのに名字で呼び捨てなのって……ちょっと良くない?」








 良い!









「ウチは危惧きぐしとる!」


 放課後、バンドの練習に行くとVo.ヴォーカルが険しい面でそう言った。

 場所は現音部用の防音室、ではなく一年の教室を不法占拠。


「聞いたで。君がシミズレイネと付き合うて」


「ああ……」


 俺がギターをいじりながら言葉をにごすと、Ba.とDr.も心配そうにこちらを見てくる。

 小柄な女子であるVo.は俺に詰め寄ってギロリと見上げた。


「ビートルズや。わかるやろ?」


 そんな大したバンドじゃない。

 再来月の諏高祭よりこうさい用の寄せ集め。


「レノンとヨーコにはならねーよ」


「ホンマに?」


「何か彼氏がいるって名目が欲しいだけみたいだから。俺には興味無いだろ」


「何やそれ」


「罰ゲームで告白的な?」


 Ba.が弦をはじきつつ遠慮がちに聞いてくる。


「かも。まあ俺にとっては罰ゲーム、クラスじゃ針のむしろだよ。俺の癒しはお前らとのこの時間だけ」


「気色悪いわ」


 とエセ関西弁で吐き捨てると、Vo.はとりあえず納得いったようで俺から離れ、Dr.に手を振った。


「1、2、3」


 大男のDr.が野太くカウントし、Vo.が吸気きゅうき


 ギターは好きだ。うるさくて、手首が痛くて、後は何もない。


 騒音、掻き鳴らして行くぜ!




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