30日後に異世界転生する少年

白川嘘一郎

0日目 『プロローグ?』

 その日の朝、入枝和仁いりえ かずひとが目を覚ますと、すぐそこに見慣れた妹の顔があった。


「おはよ、お兄ちゃん」


 そう言って、妹の愛海あみはにっこりと笑う。

 和仁が身体を起こして見てみると、愛海はすでに中学の制服に着替えて、

 床の上にちょこんと正座していた。


「……何してんだよ」


 起き抜けで回らない頭と乾いた口で、和仁はようやくそう言った。


「起こしに来たんだけど、まだちょっと早いかなと思って、

 なんとなくお兄ちゃんの寝顔を観察してたの」


 それでは起こしに来た意味がないのでは――

 そう思いながら、和仁は2つ下の妹に向かって言う。


「フツー、思春期の女子ってさ、父親や男兄弟を邪険に扱うもんだろ。

 頼んでもいないのに兄貴の部屋に起こしに来て、

 寝顔を眺める妹がどこにいるんだよ」


「ここにいるもん」


 愛海は軽く頬をふくらませて言いながら、立ち上がった。


「だって、わたしのこの制服姿が見られるのもあと少しなんだよ?」


 そう言ってスカートの端をつまみ上げ、その場でくるりと回ってみせる。


「妹のセーラー服を見て喜ぶ兄がどこにいるんだよ」


「ここにいてください」


 そう言って愛海は、黒く濡れた瞳でじっと和仁を見つめる。

 以前は肩先ぐらいだった髪も、いつのまにか胸元あたりまで伸びていた。


「春からは、また一緒の学校に通えるね」


「合格できたらな。それに、もし受かったとしても1年間だけだぞ」


「えー。留年すればいいよ、お兄ちゃん」


 無茶なセリフを残して、なごり惜しそうに部屋を出ていく愛海の後ろ姿に、

 和仁はため息をついた。


「春、か……。そしたら俺も受験生か」





 ――これはプロローグだろうか。

 否、全てはもうとっくに始まっている。

 あるいはまだ始まってすらいない。

 そんな、一見ただの平凡な日常の途中。


 その日が来るまで、あと30日。

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