第37話 私は私。


「ーーーちょっとちょっと。せっかくめでたく彼氏と彼女になれたっていうのに。なにそんな暗い顔してんのよー」


ベッドにうつ伏せに寝転んでいる私の頭をユリがベシッと叩いた。



夜ーーーー。


私はユリに話を聞いてもらいたくて電話をしたの。


そしたらユリが『会って話そう』と、すぐに私の部屋まで来てくれたんだ。



谷崎のお父さんが倒れたこと。


病院でのこと。


昼間の出来事など……。


全部ユリに話したの。


ユリは真剣に聞いてくれて。


そして私と谷崎がつき合い出したことに関しても、すごく喜んでくれたんだ。


だけど……。


私は嬉しい反面、複雑な心境が未だ消えぬままなのも確かなことで………。


「春姫っ。いつまでウジウジしてるのよ。そんなの春姫らしくないっ。せっかく谷崎さんと恋人になれたんじゃない。もっと喜べっ」


ユリが、得意のほっぺた攻撃で私の顔をぶにぶにして遊ぶ。


「ちょっとー」


私はほっぺたをさすりながら、いつもながらに笑ってしまった。


「春姫は幸せ者だよ?男気あって、だけど優しくて、おまけにあんなにカッコよくて。そんないい男を彼氏にできるなんて」


「……うん。そうなんだけど………。私さ、今まで高校の時にちょこっとつき合ったくらいで。あんまり恋愛経験ないからわかんないんだけど……。ユリも誰かとつき合う時、自分だけを見てほしい、自分だけが相手の心の中にいてほしい……って。そう思ったりする?私、変なのかな……。楓さんのことがこんなに気になるなんて………」


私がおそるおそるした質問に、ユリがふっと笑った。


「全然変じゃないよ。みんなそうだよ。自分だけを見てほしいって思うよ。好きなんだから当然だよ」


「そう……?」


「うん。ただ……楓さんの場合はちょっと別っていうか。難しいっていうか……。確かに、谷崎さんが言ってたように、忘れることはないと思うな……。きっと、谷崎さんの心の片隅にずっと楓さんはいるんだと思うーーー。だけど、だからと言って彼がいちばんに想ってる人が楓さん……っていうわけではないと思うな」


え……?


ユリがテーブルの上のお茶をひと口飲んで小さくうなずいた。



「なんていうのかなぁ。うまくは言えないんだけど。やっぱりもう別の世界の人だからーーー。谷崎さんも、7年っていう年月を経て少しずつ心の中で整理ができてきたっていうか……。本当の意味で、過去の想い出ーーーみたくなってきたんじゃないかな。

やっぱりさ、人って1人では生きてはいけないでしょ?誰かと想い合って、支え合って生きていけるものじゃん。友達でも恋人でも家族でもさ。だから、人は人を好きになるんだよ。


谷崎さんが春姫を好きだと思う気持ちは、ホントに純粋に素直な気持ちだと思うよ。この人と一緒にいると楽しい、この人と一緒いるとなんか嬉しい、この人ともっと一緒にいたい、ずっと一緒にいたいーーーー。彼をそういう気持ちにさせたのが、春姫なんだよ。

それってすごく素敵なことだよね。春姫が谷崎さんの心をもう一度あったかくさせてあげたんだと思うよ」



「……………」


ユリの言葉ひとつひとつが、私の心の中に優しく静かに響いてくる。


「楓さんだって、きっと天国で納得してると思う。むしろ、谷崎さんが幸せになってくれることを願ってるんじゃないかな。だって、彼の人生まだまだこれからだもん。その若さで誰のことも好きにならずずっと1人でいてほしいなんて、楓さんも思ってないと思うよ。楓さんだってきっと応援してくれてると思う」


「……うん……ーーー」


「だけど、春姫が不安になる気持ちもわかるよ。私が同じ立場だとしても、相手の忘れられない死んでしまった恋人の存在に、不安になって切なくなると思う。気持ちがなんだか負けてるんじゃないかって。やっぱり自分よりも、その死んでしまった恋人のことを今でも想ってるんじゃないかって」


ユリが優しい目で私を見る。


「ーーーだけど。それでもやっぱり。『今を大切にしたい』……そう思い直すかもしれないな」



今を、大切に……ーーー?


「だって、今こうして私達は生きてるんだもん。だから、谷崎さんを元気にして笑顔にしてあげられるのは春姫なんだよ。楓さんじゃない、今こうして生きている春姫なんだよ?」


「ユリ……」


ユリの言葉が、私の胸の中にすーっと染み渡っていった。


今、アイツの目の前にいるのは私……。



私、なんだーーーーーーー。



自分の手のひらをそっと頬にあてた。


あったかい。


手のひらも頬も、あったかい。


私は、生きているーーーーーー。



不思議……。


なんだか心の中のモヤモヤしていた気持ちが少しずつ消えていくような、そんな気がした。


そして、なんだか喉の奥がまた熱くなって。


涙がぽろっとこぼれた。


そんな私を、ユリが優しく抱きしめてくれた。


「人を好きになるとさ、いろんな気持ちが生まれるよね。涙も出るよね」


「うん……」


「でも、大丈夫だよ。谷崎さんは春姫のことをいちばん……ううん、順番なんかつけられないくらいあんたのことが好きなんだから。大切に想ってるから。だからもっと自信持って」


ユリが私の頭をなでなでしながら言った。


「ありがとう……ユリ」


「それと。〝やまとなでしこ〟になるって話。あれも却下ね」


イタズラっぽいユリの声。


「ハッキリ言って、春姫にやまとなでしこは似合わない。っていうか、無理」


ゲラゲラ笑うユリ。


「……ひどい。断言までして爆笑してる。でも、確かに無理かも……」


「でしょ?」


ユリにつられて私も笑っちゃった。


「……でも、ホントにそうだ。悪いヤツらを見て見ぬフリしてしまった時、なんか自分が自分じゃないみたいで……。ずっとスッキリしなくて……。ホントは後悔してた」


「春姫は春姫でしょ?楓さんでも他の誰でもない。正義感が強くて、少々……いや、かなりおてんばで。でも明るくて元気で、それでいて人思いで優しくて。それが春姫でしょ?そんな春姫だからこそ、谷崎さんは好きになったんだよ」


「……私は私……。そうだよね。誰かのマネをしようとしたって無理だし、似合わないんだよね」


「そういうこと」


ユリの笑顔。



気がつくと。


私の心は羽のように軽くなっていた。


ユリに救われたよ。


やっぱり持つべきものは親友……心友だね。



〝私は、私〟ーーーーーーーーー。



うん。


私は春姫。


胸を張っていこう。


大切なのは、私が谷崎のことを好きで、そして谷崎も私を好きだと言ってくれているその気持ち。


それが、私達の『今』だから。


私はなんだかようやく、ずっと踏み出せなかった一歩を踏み出せたような。


ずっと霧がかかっていたような空から、一筋の優しい光が差し込んだような。


そんな想いが、胸いっぱいに広がっていた。





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