第25話『初めての幻視の術』


ジジ・ラモローゾ:025


『初めての幻視の術』  






 キーンコーンカーンコーン キンコーンカンコーーン




 二時間目の開始を告げるチャイムを聞きながら、校舎の廊下を歩いている。


「ンモーーー!」


 女の先生が激おこぷんぷん丸になって突っ込んでくる。


 わっ!


 避けそこなったわたしの体を激おこ先生が突き抜けてしまう。


「どうしたんですか、宮田先生?」


 声をかけたのは、まだ三十代のジージ。


「時間切れだって!」


 宮田先生は、クラス二十五人分の検体が入った袋をジージに示した。


「え、締め切りは、この休み時間いっぱいでしょ?」


「もう、鐘が鳴ったからダメだって!」


「でも、生徒は間に合ったんでしょ?」


「うん、でも、担任のわたしが持ってくるのが遅れたら同じことだって! もー!」


「ぼくが、なんとかします。預かりますね」


「あ、屯倉先生……」




 ふんだくるようにして検体の袋を受け取ると、ジージは保健室のドアを開けた。




「間に合いませんか?」


「うん、時間が過ぎてるって、山崎センセもってちゃった」


 養護教諭の女先生が窓の外をボールペンの先で示した。検査業者の車を見送った保健部長の山崎先生が、揚々と戻ってくるところだ。


 戻ってきた保健部長にジージは噛みついた。


「山崎先生、業者の車呼び戻してください」


「なんで?」


「生徒は、締め切りの時間に間に合わせています。これキャンセルされたら、生徒は、明日採り直しになります」


「採り直させたらいい、間に合わなかったんだから」


「でも、生徒に過失はないでしょ」


「決まりを守ることも教えなくちゃだめだろ。とにかくダメだ!」


 若造に言われたことがムカついたのか、山崎先生は、ジージに取り合わずに保健室を出て行った。


「仕方ないよ、保健部長が、ああ言ってるんだから。お茶でも飲んでく、屯倉先生」


 養護教諭の先生は肩をすくめると、茶筒を取り上げた。


「先生、僕が検体持っていきます」


「先生が?」


「生徒に過失はありませんから。業者の電話番号教えてください」


「あ、えと……うん……じゃあ」


 養護教諭の先生は茶筒を受話器に持ち替えてダイヤルを回した。




 ジージは、一クラス分の検体である二十五人分のオシッコをリュックに詰め込むと、校門を飛び出した。




「……だいじょうぶか、ジジ?」


 おづねの声が聞こえてビクッとした。


「あ、あ……すごくリアルだった」


「やっぱり、幻視の術は刺激強すぎぬか?」


「ううん、画面の文字を読んでるだけじゃ分かんなかったよ。しばらく、これでいくよ」


「そうか、だが、次は三日は空けるぞ」


「うん」




 今まで、ジージのことはパソコンのファイルを開い文字として読むだけだったけど、おづねが、幻視の術でリアルに連れて行ってくれるようになって、今日は、その第一回目だったんだ。


 外は季節外れの雪が降っている。


 リビングからは、志村けんさんの死去を告げるニュースが流れていた……。


 


 


 


 

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