第22話『おづね』


ジジ・ラモローゾ:022


『おづね』  





 ふいに昔の事を思い出すことってあるよね。


 水道で手を洗って、シンクに撥ねた水が目玉に当って、プールに初めて入った時の感覚が蘇ったり。交通事故のニュースを見て、自分も同じような目に遭ってヒヤっとしたときのこととかを思い出したり。デジャブ……かな?


 今朝も、そういうことがあった。


 お気にの赤いフリース引っかけて自転車にまたがる。朝ごはんにトーストしたら、残りが一枚しかない。


 これでは、明日の朝は、わたしかお祖母ちゃんのどっちかがトーストを諦めなくてはならない。


「昼の買い物で買って来るわ」


 お祖母ちゃんは、そう言うけど、わたしは直ぐに買いに行く。前にも同じことがあって、けっきょく朝からご飯を炊いて、朝ごはんが遅れたことがある。


 だって、一枚の食パンを孫とお祖母ちゃんが譲り合うのもやだし、譲り合いに負けて一人トースト食べるのは、もっと気まずいしね。


 それに、朝からアグレッシブに行動するのも気持ちがいい。


「お早うございます!」


 ちょうど表で出くわした小林さんにもご挨拶できたし。


 


 パン屋さんは、朝だから混んでる。空いてたら、今朝こそは一言でも言葉が交わせればと思うんだけど。ちょっと出来そうにない。


 出来そうにないから『また今度』と思って安心する自分が居る。ちょっと情けない。


「811円になります」


 前のおばさんが、そう言われて一万円札を出してお釣りをもらっている。


「まずは、9000円」


 パン屋のおかみさんは、お札のお釣り渡して、レジのコインのところから、八枚の十円玉と、五円玉と、一円玉4枚を出しておばさんに渡した。レジの五円玉と一円玉がお終いになったのが分かった。


「205円になります」


「あ、五円出します」


 フリースのポケットに五円玉があるのを思い出したんだ。三日前にコンビニに行って、お釣りの五円をポケットに入れたのを瞬間思い出したんだ。開いたお財布を左に持ち替えてポケットを探る。


 あれ?


 探ってみると、右のポケットにも左のポケットにも無くてオタオタする。


「お釣りならありますよ」


「あ、はい、じゃ、これで」


 五百円玉を出すと、おかみさんは、レジの底から硬貨の筒を出して解して395円のお釣りをくれる。


「は、はい! すみません」


 ペコリと頭を下げてお釣りをいただく。


「あ!」


 おたついて百円玉を落っことす。


「あ、ごめんなさい!」


 おかみさんがカウンターから出てきて、百円さまを探してくれる。


「す、すみません(;゜Д゜)」


 オタオタしてお店を出る。


 胸がドキドキして、危ないので、パンは前かごに入れて自転車を押す。こんな時に自転車を漕いだら、こないだみたいに事故りそうだから。


 おっかしいなあ……確かに、コンビニでお釣りをもらった時のことを思い出す。


 あの時もレジに並ぶ人が多かったから、お釣りの五円はポケットに入れたんだ……ひょっとしたら、あの田舎道の路肩から落っこちた時に失くした?




 ちがうぞ。




 え?


『だから、ちがうって』


 間近で声がしてビックリ。オタオタと、辺りを見渡す、けど、誰も近くには居ない。


『ここだ、ここ』


「え、ええ!?」


『ここだって』


「わ!」


 あやうく自転車を放り出すところだった。


 なんと、ハンドルのベルの上に1/12のフィギュアみたいなのが胡座をかいて、わたしを見上げている。茶色い忍者。背中に忍者刀を背負って、髪はサスケって感じのポニテ。


「だ、だれ!?」


『こないだ、忍びの谷で助けてやっただろ』


「忍びの谷?」


『ほら、田舎道だ。自転車もフリースも、儂が引き上げてやったんだぞ』


「え? あ? あれって!?」


『粗忽者め』


「あ……え……」


『あの時のお礼に五円玉は頂いておいたのだ、ホレ』


 忍者は、懐から何やら取り出したかと思うと、すぐに大きくなって五円玉になった。


「あ、あんたが!?」


『儂は、ご公儀お召し抱えの忍者でおづねと言う』


「おづね?」


『しばらく世話になる。よろしくな』


 ドロン


 煙になったかと思うと、たちまち姿を消している。


 え? 


 これは、なんのデジャブ? まぼろし? 




 

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