第7話『ジージ最初の赴任校』


ジジ・ラモローゾ:007


『ジージ最初の赴任校』  






 設定を25度にしても24度にしかならないエアコンを点けて、ファイルを開く。


 ウィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン


 エアコンの起動音なのに、回転座椅子で眠っていたジージが、ウーーーンと伸びをして、こっちを向いてくれたような気になる。


 回転座椅子のジージが身を乗り出した。






 最初の赴任校の話をしようか。


 通算で五回目の採用試験で初めてG判定(合格)をもらって、もう採用されたような気になっていた。


 ところがね、採用試験と言うのは『合格者名簿』に名前が載るだけのことなんだ。


 県内の校長先生が、合格者名簿を閲覧してね、これはという合格者を引っ張って来るというのが実際なんだ。


 むろん、単に閲覧するだけじゃなくて、教育委員会の意見や、校長同士の調整とかもあるんだけど、ずっと平教師だったジージは詳しくは分からない。




 それまで落ち続けていたジージは、ちょっとひがんでた。




 ハーフだからとか、出身大学のレベルが低いから、合格はしたけど、あんまりいい成績じゃなかったから、どこの校長も二の足を踏んだとかね。


 あれは、春の甲子園が始まって三日目くらいだった。


『S高校の校長で嵯峨と言いますが、どうでしょう屯倉先生、うちの学校で務めていただけませんか?』


 これを断ったら後がない。合格は一年間だけ有効。実際には年度途中の採用なんて、ほとんどありえないから、本当に最初で最後のチャンスなんだ。


「はい、お受けいたします!」


 そう返事して、二日後に指定された時間にS高校の校長先生に会いに行った。まあ、最後の面接だね。




 見た目はほとんど外人だから、最後の電車に乗り継いでからは乗客や、道行く人の視線がささる。


 自宅とか職場の周囲は、ただの通行人にしても顔見知りだから、特に視線は気にならないんだけど。やっぱり初めてのところじゃね。


 まあ、いま思うと、異様に緊張して怖い顔していたということもあるんだと思う。


 で、ジージはニ十分も遅刻してしまったんだ。


 ちゃんと地図で確かめて、二時間と見込んでいたんだけどね。家から三回も乗り換えがあって、最後のS線なんか一時間に四本しか電車が無い。駅からは上着を脱いで走ったよ。


「いやあ、初めて来られる人は、たいてい遅れられるんですよ」


 校長先生は、咎めることもなくニコニコと出迎えてくれた。




「実は、屯倉先生の前に女の新採の先生が決まっていたんですけどね、社会科に打診したところ『女の先生じゃもたないから、男、それも現場経験のある人に替えて欲しい』と言われましてね……」


 ちょっとビビった(^_^;)。


 S高校は、県内有数の困難校だったんだよ。


 困難校というのは、まあ、生徒が荒れていて、教師にとっては非常に厳しい学校だということだ。


「いやあ、うちで務まったら、県内どこの学校でも務まりますよ。アハハハ」


 校長は笑ったけど、ジージは笑えなかった。それを察してか、校長先生は言い足してくれた。


「まあ、三年辛抱してください。次は考えさせてもらいますから」




 あくる日、非常勤講師で務めていた職場にいくと、もうみんなジージの赴任校を知っていてね。みんな元気づけてくれた。


「S高校は、組合が強いところだから!」


「教師の平均年齢は三十歳くらいで、若い先生多いから!」


「いや、そんなに偏差値は悪くないよ!」


「生徒との距離は近いから!」


 いろいろ慰めてくれたさ。


 でもね、三年も非常勤講師やってたら分かるんだよ。


 組合が強いのも教師の平均年齢が若いのも生徒との距離が近いのも、みんな困難校の特徴だからね。


 あ、それと、困難校なのに偏差値が高いのは、悪さをするにも考えが行き届いる。指導の難しい生徒が多いと言うことなんだ。


 で、最後に挨拶に行った校長の一言がとどめだったね。


「いやあ、若いうちに苦労しておくのが一番だよ。いやあ、よかったよかった、よかったよ屯倉先生!」


 この校長、G判定が出るまでは「屯倉君は、うちの卒業生だから、G判定出たらうちで勤務してもらうよ(^▽^)/とか言ってた。


 ジージが通ることなんか無いと思ってのリップサービスだったんだね。


 まあ、こんな具合にジージの正式な教師生活が始まったわけさ。




 非常勤講師の時代もおもしろかったけど、それは、またどこかでね。






 あっけらかんだけど……なんか重い話だよ。


 ……ジージ、とりあえず朝ごはんにしよう。


 仏壇のジージにご飯とお水をあげて、リンを一発鳴らす。


 チーーーーーン


 そしてお祖母ちゃんと朝ごはん。


 わたしの一日が始まる。


 

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