ラン・ドリーマー・ラン

Nico

一、夢追う走り人


📺


 二〇二〇年八月九日。


 早朝にもかかわらず、新国立競技場にはすでに夏の強い日差しが降り注いでいます。一九六四年大会以来、五十六年ぶりに日本での開催となった東京オリンピック。その最終日、最初の競技がいま始まろうとしています。男子マラソン。世界記録保持者のキプチョゲの姿があります。日本の田所、山村、そして赤石の三選手もスタートを知らせる号砲をいまや遅しと待っています。



    *  *  *  *  *



 ベッドの足元に置かれた液晶画面の中で、アナウンサーが興奮気味に伝えていた。志木啓介は真っ白なシーツを両の拳できつく握りしめた。

 ——本当なら、いまごろ俺があそこにいるはずだった。

 忘れたはずの思いが再び頭をもたげる。それが過ぎ去るまで、啓介はじっと耐えた。


 小さいころから足が速かった。両親は陸上とは縁がなかったが、聞けば父方の祖父は地元の大会でいくつか賞を獲ったこともあるのだという。隔世遺伝というやつだろうか。啓介自身も中学生のころから全国大会の常連で、箱根駅伝は四年連続で走り、区間賞を三回、うち一回は区間新だった。大学卒業後は強豪の実業団に所属し、フルマラソンに挑戦した。最初の三年ほどは苦労したが、やがて国際大会でも表彰台に上るようになった。


 ちょうど一年前に行われた国内の選考会で啓介は二位に入り、三枚しかないオリンピック出場の切符のうち一枚を手に入れた。二十八歳。年齢的に見ても、今回が最大の、そしておそらくは最後のチャンスだと思っていた。


 オリンピックに出場するためには、まちがいなく才能やセンスは必要だ。だが、才能やセンスだけでオリンピアンになった人間はいない。誰もが血の滲むような努力をしてそこにいる。啓介も同じだった。だから、決まった瞬間は涙が出るほど嬉しかった。


 しかし、オリンピックまで一カ月余りとなった六月末のある日、突然すべてが水泡に帰した。少し前から右足の甲に痛みがあることに啓介は気づいていた。練習量をやや落とし治療をしながら、騙し騙し調整を行っていた。しかし、その日は練習を始めてすぐに耐えられないほどの痛みを感じた。診察の結果は、疲労骨折だった。全治三カ月。


あまりにあっけなく、オリンピック出場の夢は露と消えた。




 自分の代わりに三枚目の切符を手にした赤石の顔が画面に大写しになった。サングラスで隠れて表情は読み取れないが、いくぶん緊張しているように見える。絶え間なく体を左右に揺すっている。啓介の顔にふっと笑みが浮かんだ。

「俺の代わりに出るんだ。情けない走りするんじゃねぇぞ」

「雄二郎くんなら大丈夫よ。きっと優勝してくれる」

 妻の祥子が湯気の立っているコーヒーをサイドテーブルに置いた。啓介は思わず眉間にしわを寄せた。

「それはそれで複雑ではあるけどな」


 赤石雄二郎。同い年の彼とはまさに因縁のライバルだった。最初に同じレースを走ったのは、中学三年時の千五百メートル全国大会決勝の舞台だった。赤石が準優勝、啓介は表彰台を逃した。それ以来、高校でも大学でも、社会人になってからも、何度となく肩を並べて走った。対戦成績を数えたことはないが、おそらくはほぼ五分だろうと思う。


 自分の代役が赤石でよかったと思ったのも事実だ。一度はオリンピックの出場権を巡って明暗が別れたが、切符を手に入れた者と入れられなかった者の間には明確な実力の差などなかった。努力の差もない。あるのは、ほんのわずかな運の差だけだ。現に一度は決まった天地がいまはこうしてひっくり返っている。


 誰かに夢を託さなくてはならないのなら、啓介にとってその相手は赤石をおいてほかにはいなかった。




 何重にも折り重なった選手たちがやや前方に屈みこむ。一瞬の空白ののち、号砲が聞こえる。色とりどりのユニフォームが一斉に飛び出した。


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