第21話 どうやら何処かに太后が居るらしい。

 皇帝は忍びでのんびりした道中を心がけていた。そう、できれば――― 避けたいものがあるのだ。

 実際途中で早馬がやってきた。馬車から受け取ったその知らせには。


「……この近くでしばらく滞在しようと思うんだ……」


 カヤは育ての母に向かって引きつった表情でそう言った。


「あれが来たのかい」

「ああ」

「よし、私がちょっと具合悪くなることとするか」


 全くもって賛成だ、と息子はうなづいた。また一方で返事を書く。「すみませんが少々留守をお願いします」と。


「何とかなるかね?」


 ふふん、と育ての母は生みの母を嫁が上手く追い返すのか、と含める。


「ダリヤ様と一緒なら、おそらく」

「そんな嫁なら、私も早く会ってみたいものだが」


 満足そうにカイはうなずく。


「だが私もあれには会いたくはないよ。お前の話だと、まるで変わっていないというじゃないか。見た目以上に、中身が」

「母さん、見た目というのは、考えた以上に中身を引きずるものだよ。俺だって、未だに身体が軽いから、こうやって来てしまったし。まあ軽率だと言われても仕方ないけどね」

「まあお前はまだ、あの男の様な冷静さを持ってるからましだね」

「そんなに良く知ってのかい?」

「ああ、お前には話したことなかった…… ね」

「その間は何なんだよ」

「いや、単にお前が聞かないから話さなかっただけさ。私自身にあの男はそう関わりが無かったから、思い出という程のものもない。そもそも私はあの男は好きではないよ」

「でしょうね」


 カヤはため息をつく。


「似た者同士だよ、あの二人は」



 一方の宮中は。


「……奇妙な影?」


 女官長は道具方からの報告を受け、怪訝そうな顔をした。


「はい。見たことの無い姿の女の影が時々見られる、複数のうちのものからなのですが……」

「どの様に現れるのか?」

「様々です。皇宮の北の宝物倉が並ぶ辺りで、何度かするりするりと揺れる服が見られまして」

「それだけか?」

「いえ、その後、配膳方の倉でやはり同じ様に。そこでは座り込んで空を見上げていたとか、頭に布を巻いていたとか、そんな目撃情報もあるのですが」

「……それだけ見られていて、何故それが何だか判らないのです?」


 レレンネイは口を歪めた。報告する前に何もしなかったのか、ともう少しで頭から咎めてしまいそうである。

 だが、どうもこの報告する女官はその奇妙なものに対し、怖がっている節がある。


「……で、それはいつからだ?」

「あの…… ちょうど天下御免のお客人がいらしてからなのですが」

「あの方が?」


 女官長はダリヤの正体をきちんと把握している。だが下級女官などには詳しくは説明していない。確かに天下御免の印を持っている、ということは説明してあるが、それがどんな者であるかは。


「ところが、その方ではないのに、その天下御免の印を下げている様なのです」

「は」


 しまった、とレレンネイは思った。すると。


「判りました。その旨、皇后陛下にもご報告しておきましょう。天下御免の印が見えたということは口にしないよう」


 はい、と道具方の女官は恐縮して立ち去った。



「居るのですか?」


 それからすぐ報告を受けたアリカは、女官長の表情が実に苦々しいものであることに気付いた。


「はい」

「……ちょっと下がってもらえますか? 聞いてみたいことがあるので……」

「は? ええ、はい」


 レレンネイは首を傾げながらその場から下がった。アリカは天井に向かい、あまり大きくはない声で問いかけた。


「知っていたのですか」

『いいえ』

「そういうことができるのですか?」

『あの方なら』

「では、今何処に居るか、すぐに探して私に知らせて下さい。ダリヤ様にも相談してみます」


 は、と低い声が返る。

 やってきたのが太后だというなら、一体彼女は何を考えているのだろう。アリカは考える。

 あちこちの倉の辺りをひらひらと回っている。わざわざ? 天下御免の印は、その倉の中のものも自由にして良いというものでもあるのに。


「何処かに居る、ということか?」


 のたのたしていては身体がなまる、とばかりにダリヤは庭でそれまで棒を振り回して汗を流していた。それを拭きながら部屋の中へと入ってくる。


「その様です」

「酔狂なことをする。それとも何だ。お主のことを対面無しで見てみたかったとか?」

「それは考えられますが。あの、皇帝陛下がお生まれになった時に…… ということでしたら、私の赤子に対しては……」

「いや、あれの復讐は、カヤが帝位についた時点で一応終わっているはずなのだよ」

「と、仰有いますと?」

「あれは桜の国の民の血が皇帝になったことで一応納得した――― はずなのだ。同志達もお主に既に付いているのだろう?」

「そのはずなのですが」

「そこはびしっと言ってやるがいい。お主は何はともあれ皇后なのだからな」


 成る程、とアリカはうなづいた。


「如何なる経緯であれ、既にその地位にあるならば、それ相応の態度を取らないと舐められるぞ」


 それは判っている。ただ姿を見せない彼等に対し、どうしたものか。


「ダリヤ様でしたら、どうなさいますか? 姿を見せない味方というものには」

「一喝するぞ。出て来い、と」


 腰に両手を当て、何を今更、という口調で初代の皇后は言った。


「軍がそうだった。まあ私は初代と共に戦ってきた者だからな。それを知っている者が多かったから良かったのかもしれんが。さて、お主はどうしたものかな」

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