第14話 やっと話は進み始めた。
「正直、そこは先帝も誤算だったらしい」
アリカとサボンは顔を見合わせた。
「それが……? そもそも憎ませることが必要だったから彼女を選んだのでは?」
「確かにそうだ。行動力もある方が良かったからな。おい、天井の! 先帝はお主等の存在までは想像できなかったようだ」
がた、と少し大きめの音が上から聞こえてきた。
「奴の動きに戻そう。追っ手を撒いて只人に紛れるために、当時の都まであれはたどりついた。若い女の一人身が危険とは言っても、同じ里の追っ手ほどの強さは持っていないことが殆どだったからな…… それでも都にやってきた頃はさすがに飢えと疲れでぼろぼろだったということだ。そこで『誰にでも門が開かれてる』と言われていた当時の棒術師範の道場の前で倒れてみせた」
「見せた」
「そう、見せた。まあ殆ど本気だがな。それでも場所を選ぶだけの力を根性で残していたらしい」
「『門が開かれて~』は噂になっていたのですね」
「ああ。先帝はそこに入り込んでから、その様な噂を流した。実際それで良い人材も育ったし、不要な奴は叩きだしている。困る程のことではなかった。だがあれにとっては良いすがりつき場所だった。そしてまた、そこの師範が良い御仁でな」
「……そういう方を選んで?」
「無論だ。ついでに言うと、その御仁は全く先帝の計画など知ることなく後の戦乱で死んでいった。惜しい者を使い捨てにする辺り、孫も罪なことをした」
さすがにその言葉にはアリカは何も返すことはできなかった。おそらく先帝は目的に至るまでのものを全て駒と見なしていたのだろう。そこまでは想像ができてしまう。
「一応そこで孫も師範代になるくらいには充分な時間、共に過ごしてはいるのだがな。後に戦乱が起きた時に都と君主を守ろうとした一群の中で命を散らしていったらしい」
「全くお心を痛めてないとは思われませんが」
「さてどうかな。私の連れ合いも、そういう所は薄情だったよ」
連れ合い――― 初代皇帝イリヤ・クアツ。
「目的のために利用するときっちり決めていた相手に対しては本当に薄情だった。その血は孫まで引き継がれていたな。カヤにしてもその一端は残っている。ただカヤは先の三人よりは、ずっとまともな育ちをしてきた」
「『宿屋の倅』ですか?」
「そう。あの女性には感謝している。まともな人間の感覚をこの血筋にもたらしてくれたからな。カヤはだからこそ、帝位についてから殆ど何もしなかったし、太公主サシャにも愛しさとすまなさをいつも抱えている」
それはそれで太公主には重いものではないか、とサボンは思ったが、それは言わずにおく。何が普通の感覚で何が違うのか、自分もここ一年がところで少し判らなくなっているところがあるのだ。
「で、あの女に戻すが。棒術師範の家にそのまま居候しつつ、棒術も会得していった訳だ。筋がいい弟子というのはやはり持っていて心地が良い。師範もその気持ちが大きかったのだろうな。あれに対しては娘のような気持ちで見る様になっていったらしい。そこで師範代との仲を取り持つ様になってしまった訳だ」
「動かされた」
「そういうことになるな」
「知らず?」
「幸運なことに、死ぬまで知らなかった様だ。あれを頼む、と孫に言い残していったらしい。……のだが、その軍勢自体、孫が内々に動かしていたものなのだがな。まあそれは作戦の一つだった。ただし、長い時間をかけてのな。ともかくそこで棒術の実力もつけた孫もあれも、この当時代替わりが必要だった親衛隊十人衆の一員になるべく、大武芸大会に出場した。今カヤが会いに行っている育ての母親も、その時にあれと出会って、その時は友になった、とそれぞれ誤解したんだ」
「誤解―――ですか?」
友人関係を作るのに誤解も何もあるのだろうか、とサボンは思う。
少なくとも自分は副帝都で過ごした日々にはそんなことはなかったはずだった。隣の家の少年とは、先に上の四姉妹が仲良くなっていたので出そびれてしまった感があったが。ただ自分はともかく、隣の少年と遊ぶ四姉妹の様子には、他意は含まれていなかったと思う。
「まずあれは、主君に忠義を果たすことは知っていたが、同じ歳ごろの子供達は皆敵である様な育てられ方をした。常に気を張っていた。だから全く違う場所から出たカイ――― というのが、育ての親の名なのだがな、彼女の明け透けな好意に、全くの味方だ、と誤解してしまったのさ」
「味方ではいけないのですか?」
「全くの、と言ったろう? サボン。まあもう少し聞け。華の衣という意味を持っているらしい名のカイは、本当に花街の出でな、元々は剣舞の名手だったんだ。その芸わ磨きに磨いて、それでもやはり歳も歳で、芸だけでは困ると言われ出したことで、一か八かの賭けということで、藩国民自由参加のこの試合に出たということだ。そして見事に優雅に勝ち、十人の中に入った。今までそんな所から出たものは無い、美貌の舞姫が十人衆に入った、と当時は湧いたものだったよ。それに比べれば、あれが勝った時などというのは、逆に『卑怯だ!』という声が上がったものだったね」
「卑怯?」
さすがにそれにはアリカも疑問を持った。
「大概自分の持ち技で試合を戦うものなのだがね。あれは何というか…… その直前に出会った紅梅姫に魅了され、どうしても勝ちたかったとみた。そこで棒術で一応出たのだが、途中で棒術の使い手である、という相手の思い込みを利用して、棒を手放した」
「手放した?」
「元々あれは、刺客として育てられたからな。後で付け焼き刃の様に一、二年で会得していった棒術よりは、決勝ではその方がずっと強い。軽業、と周囲には取られただろうな。それと体術で勝ちをもぎとった。……まあ不評だったな」
「ですが勝ちですね」
「そう。そこがあの桜の国の住民の甘さでもあったのさ」
ダリヤは口の端を歪めた。
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