第13話 どうやら太后は感情過多の手練れらしい。

「と言いますと?」


 そうだな、とダリヤは顎に手をやった。


「若い兄妹だったがな、早くから国を治める必要があったせいか、ともかく先を読む力だけは強かった。そんな若い二人の出した結論は、『抵抗しても勝てない』だ」

「それで降伏を?」

「ところがこの藩国は、少しばかり戦の経験が少なかった。そして地理的にもそれまでの軍勢にとっては攻めにくい場所にあった。豊かな水を生み出す山と良い土壌、それに温暖な気候…… 皆その国と国主がとても好きだった。誇りにしていた。……そして甘かった訳だ」

「戦えばいい、と思っていたと?」

「そう。そして自分達の力ではそんな民衆の力を抑えきれないこともこの若き君主達は知っていたのさ」


 難しいものですね、とアリカはつぶやく。


「単純に軍勢の数が違いすぎた。戦いはまず数だ。何せ桜は最後にもってきたところだ。できるだけ無傷で手に入れたい場所でもあった。文化的にも、自然も、壊すには惜しい場所だ。だから単身先帝は出向いた訳だ。条件を出して、それによって穏便に併合されることをもちかけに」

「先帝がご本人であることは」

「その証明は、お主もやったのではないか? アリカよ」

「ああ……」


 確かに、と彼女は思う。何より皇帝が、皇后がそうであることを示すには、血を流し、それがすぐに治癒すること、ヒトではないことを証明することなのだ。


「そこで先帝は、私の孫が要求したのは何だと思う?」

「身体が強く、知識を取り入れられ、しかも心の強い女」

「そう。ただしそこにもう一つ付け加えるならば、自分を恨んで付け狙うだけの根性も持っていること」


 は、とサボンは呆れた。


「何ですかそれは!」

「言葉の通りだ。皇帝というのは厄介なものでな。優秀なら優秀なだけ、必要とされ、頼られ、好かれまくる。……うんざりする程にな。私の孫は、父親はその手で殺したが、国々を平定するその手段において血を流さないことにおいて、感謝もされた。だが残念なことに、それだけでは、いつかうんざりするんだよ」

「わかりません」

「判らなくていい。その方が健やかだ。そもそも私や其方の主人の様な生き物になってしまった時点で、いつか生きていくことに飽きるんだ」

「ダリヤ様はお飽きになったのですか?」

「さて。飽きない様に旅をしているのだがな。そしてこの様に噂好きの婆はちょっかいを出しに来る訳だ」


 両手を広げるダリヤの姿に、くす、とほんの少しだけアリカの表情がほぐれた。


「ところがあの孫嫁はなあ…… まあおおもと悪いのはあれではないとはしても、何かと面倒を起こすから困りものだ。孫も孫で、いくら自分を憎む様に仕向けろ、ということでもなかなかにえぐいことをしていったからな」

「あ、あの…… えぐいこと、なのですか?」


 サボンはぶるっとやってくる寒気を抑えつつ訊ねた。


「えぐいだろうな。あれは元々間者の里の出なのだ」

「もしや」

 ちら、とアリカは天井に視線を動かす。

「そう。あれの大本だな。今となっては向こうの大本締めがその辺りは理解しているからこの話は聞かれても大した問題ではない。―――そうだろう!?」


 天井からとんとん、と返事の様に音がした。


「だ、そうだ。この話を知っても知らずとも、天井裏の連中は、お主の部下ではありつづけるから心配しないでおくがいい。まあその天井裏の連中はそもそもは雛衣の里、という場所の住人だったのだがな。生まれた子を間者に育て上げる里だった訳だ。あれも無論その一人でな」

「……何故白羽の矢が立ったのですか?」

「都合が良かったのさ。同じくらいの素質のある女は幾人か居たのだが、憎むための材料がそこにちょうどあったのはあれだけだった」

「材料」

「両親を任務で早くに亡くしていてな。姉が一人居たんだが、それが外の男と通じてしまった。排外的な里だったからな、無論姉もその相手も捕らえて処罰だ」

「処罰…… と仰有いますと?」

「まあ姦通だったら、そこを思い知らす様な」

「蹂躙ですか」

「早いな」

「歴史上ではよくあるのでは」


 後で説明しますよ、とアリカはサボンに苦笑する。


「……まあ、其方には刺激が強すぎるだろうな」


 そういうものなのだろうか、とサボンは思う。


「まあその上で姉は殺され、―――あれは、同じ血を持っている、という理由で同様に殺されそうになったから逃げた。まあそこで、睨んだ通りに、実にあれは逃げ足が速く、火事場の馬鹿力が強かった。追っ手を殆ど片付けて走ったらしいな」

「それは凄いですね」

「元々腕は立つ女だった。その上で、必死になった時に容赦が無い。見込まれなければ、実に良い刺客になっていただろうな。仕事となったら何の容赦もなく、目的の相手の命を絶つことができる。しかも最低限の力で。そういうことができる奴だ。里の方の被害の方が大きかったらしいな」


 はっはっは、とダリヤは笑った。だがすぐにその表情を抑え、サボンの方を向く。


「怖いか?」

「あ…… はい」

「そうだな。その感情は持ち続けていて欲しい。其方の主がヒトの姿であり続けるためにな」

「……私もそう思います」

「今からそう思うのか? 大した奴だ」

「いえ、私は元々、周囲の人々の感情が判らないことが多いので、彼女の反応でそれを学んできました」

「そうだったの?!」

「はい」


 アリカはうなづく。


「貴女に以前言ったと思いますが、私は痛いと感じることと、痛いと思うことがつながっていません。嬉しいとか悲しいとか、そういう感情も大概貴女の反応で『普通のひとにとってはそういうものだ』ということを学習してきましたから」

「……また判らない言い方になってるわ」

「まあその話はまたいずれゆっくり致しましょう。ダリヤ様、太后様はそういうタイプではなかったのでしょう?」

「感情は溢れるばかりに持っている女だ」


 やや疲れた表情でダリヤは言った。

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