第13話 小将軍、父に意見する
「つまり」
将軍は息子に向かって言う。
「―――結局、お前の不満はどちらだ?」
「え」
ウリュンは胸の奥で飛び跳ねるものを感じる。
「アリカを宮中に送り込んだことか、それとも―――」
ざざ、と両肩の毛が逆立つのを感じる。
「サボンを身代わりにしたことか?」
ぐっ、とウリュンは唇を噛んだ。
*
「なあ」
「何だ」
「遅いよな、ウリュンの奴」
「ああ」
「僕等には楽にしていてくれ、と言ったけど、なあ……」
客人用の部屋。その寝台の一つの上で、サハヤはぐるりと辺りを見渡す。
「……お前 ……楽にしすぎ」
「何がだ」
センは言いながらサハヤに視線を移す。その両手には、手近にあった椅子。
「幾ら客人として呼ばれたとは言え、一日の鍛錬を欠かすのは以ての外」
「いやそれはいいんだが」
せめて椅子はよせ、とサハヤは内心つぶやく。だがこの友人に言っても詮無いことも、彼は良く知っていた。
手にした椅子は決して軽くは無い。目の詰んだ硬い木材を使い、どっしりとした安定感のある肘掛け椅子だ。
それを片手に一つづつ持っては、センは膝の屈伸を何十回と繰り返す。
「どうした?」
センはその体勢のまま問い掛ける。
「長いな、と思ってね」
「仕方なかろう」
「まあ確かにね」
サハヤは思う。あの友人から休暇後に「父に会った」という話を聞いたことは滅多に無い。話してくれるのは大概、うるさい母親と、可愛い妹達の話ばかりだ。
「確かウリュンの母君は第一夫人だったよなあ」
「そうだったか?」
「お前に聞いても仕方ないな。だった、と思うよ。で、確か、今度宮中に入ったという妹さんが第二夫人腹で、第三夫人腹で四人の妹さん達が居るってことだけど…」
その第三夫人が現在同じ屋根の下に居る。
「マドリョンカ――― マドリョレシナ、って言ってたな、奴。その子が一番年下かな。今年十六ってことは。あ、でも確か宮中に入ったって子もそのくらいじゃ」
「そうだったか?」
「だからそこで律儀に返さなくてもいいって」
*
「ええ、その通りです。俺は、俺の知らぬ間にアリカが宮中に入ってしまったことを怒ってるんじゃない。サボンが身代わりになっていることを―――」
目を伏せる。
「怒っているのでは、無いのです」
「では何だ」
将軍は静かに問い掛ける。
ゆらゆらと、卓に乗せられた燈火が揺れる。
「判りません。怒っていると言えば怒っている…… けどもう、過ぎてしまったことに、どうこう感じても仕方が無い。でも―――」
「お前は」
将軍は息子の言葉を遮った。
「結局はサボンが欲しかっただけなのだ」
「そうかもしれません」
そう。ウリュンはかつて自分が軍務に就くために帝都に向かう際、サボンを付けて欲しい、と父親に願ったのだ。
その時父親は言った。女のことを気にしている暇があるのか、と。
彼は父の言葉にその時は納得した。確かにまだ早い、と。だがいつかは、と期待していた。
ウリュンはサボンを気に入っていた。小さい頃からだ。彼等が十になるかならずかの頃から、三人で転げ回って遊んだものだった。
第一夫人であるウリュンの母は、同じ屋根の下に暮らす第三夫人のことは明らかに厭っていた。
将軍家に対し相応の家柄の出身の彼女は、市井の酌妓の出である第三夫人の存在自体をできる限り無視している。しようとしている。その娘達にしても同様である。
だがアリカに対しては違った。
アリカの母親である第二夫人は、最初から政略結婚だった第一夫人と違い、将軍と何らかの恋愛感情が先に立っている。
ただ身体が決して強くはなかった第二夫人は、将軍が止めるのも聞かず、第三夫人の末娘とそう変わらない時期に、アリカを産んだ。そして彼女は命を落とした。
結果、将軍はこの娘を他の子供達よりも可愛がることとなるが、さすがにそれに対し、第一夫人は文句をつけることはできなかった。
いや、文句をつける程のことも無いと思ったのかもしれない。第二夫人の出は決して悪くは無い。だが後ろ盾になる程でも無い。
父親の庇護無しでは何もできない、とるに足らない子供。それが第一夫人にとってのアリカだった。
それ故に彼女はアリカが息子の遊び相手であることに対し、表立っての反対はしなかった。
ただ彼女にとって誤算だったのは、アリカでなく、そのお付きであるサボンだった。
アリカが彼にとって一番近しい妹である以上、サボンとも接する機会は多い。華やかな美女ではないが、妹よりずっと賢いこの少女を、彼は面白いと思っていた。
やがてその「面白い」が育つにつれ「好き」に変わった。欲しくなった。自分のものにしておきたくなった。
彼は父将軍に頼んだ。答えは「否」だった。
「だから怒っているのでは無いのです。ただ、はっきりさせたいのです。父上」
「はっきり。どんなことだ」
「アリカは自分達が勝手に言いだしたことだ、と言ってました。ですがそれは本当ですか?」
「本人がそう言ったのなら、そうなのだろう」
「そうではなく」
苛立たしげにウリュンは両手を広げた。
「あの二人が自分から入れ替わることを、父上は初めから予想されていたのではありませんか?」
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