第12話 友人を連れての小将軍の帰宅
「若様!」
やあ、とウリュンは扉を開けた使用人に、やや苦笑する。
「お帰りになるのが判っておりましたら……」
彼の後に続く二人の青年に、使用人は目を走らす。
「友人だ。今夜は泊まる。部屋の用意を」
「はい」
足早に使用人は下がる。奥ではやがてざわざわと声がし始める。
「とりあえず食事と寝るところくらいは提供できると思うよ」
「食事と寝るところって、君」
サハヤは眼鏡の位置を直す。先程から彼の視線は止まるところを知らない。
「いや、でも、こっちの家は狭い方だし」
「だからそれは君の感覚だよウリュン。僕なんかからしたら、この部屋一つ…… いや」
腕を広げる。高い天井を見上げてはあ、とサハヤは息をつく。
「この長椅子一つ取っても、寝台より豪華じゃあないか」
彼等は入ってすぐの間に並べられた椅子に掛けていた。文様の入った、ざっくりとした荒い目の布地が張られた椅子。官舎の、麻縄ががっしりと巻かれたそれより遙かに上等であることは間違いない。
「でも椅子には違いないだろ。副帝都の本宅に来てくれたら、君をずいぶん驚かせることができるだろうな」
「いつかご招待してくれ」
はあ、とサハヤは眉間を押さえた。
将軍の官宅ということで、興味があった。豪華だろう、と予想はある程度していた。
だが結局、予想は予想に過ぎない、ということが彼には実感できた。彼の認識では、これは「家」じゃない。少なくとも、彼の知る「家」とは全く違った「建物」だった。
一方、もう一人の客人は、と言えば。
「そんなに叩いてもほこりが立つだけだぞ、セン」
ぽんぽんと椅子のあちこちをはたく友人に、ウリュンは再び苦笑する。うむ、とセンは表情一つ変えることなくうなづく。
「いい椅子だ」
「君がそういうとは思わなかった!」
「丈夫だ」
低い声でそう言うと、センは黒に近い色によく磨かれた肘掛けを今度は叩いた。
やがて使用人が彼等の前に小振りな卓を運んで来る。その上には茶器と、軽いふわふわとした焼き菓子が置かれる。
ウリュンは淡い黄色のそれを一つつまみ、口の中でふしゅんと溶かす。
「食事の支度はしばらくできないのか?」
「軽いものでしたらすぐにでも用意致しますが」
使用人はさらりと答える。
「皆様だけでしょうか? それでしたら若様のお部屋へお持ち致しますか? それとも」
「父上は?」
言葉を遮ってウリュンは問い掛ける。
不在ということは無いだろう。帰りを暗に示したのは、他ならぬ父自身なのだ。
「はい、お帰りです」
「父上と食事を一緒にできるだろうか? 彼等を紹介したい」
そうですね、と使用人は少し考え込む表情となる。
「少々遅くなりますが。旦那様は只今お客様と」
「判った。話は色々あるのだな。じゃあ頼む。もう少し腹にたまるものをくれないか。これじゃあ、妹達のお茶の時間の様だ…… と、」
顔を上げた。もしや。
「誰か、来ているのか? 母上か?」
彼は慌てて問い掛ける。
「いえ」
即答する。微妙に彼の口の端は上がっていた。
「奥様ではございません。第三様が、お嬢様方としばらく滞在する、とのことで」
「いやまて、マドリョンカはまだ十五じゃなかったか?」
「いえいえ若様」
ぱっ、と使用人の表情が明るくなる。
「マドリョレシナお嬢様は先日、十六のお誕生日をお迎えになりました」
「そ、そうだったか?」
仕方ありませんね、と微妙に笑みを浮かべつつ、使用人は再び下がって行った。
その姿が見えなくなると同時に。
「何だ、君、妹さんの誕生日を忘れていたのか?」
サハヤは横に座る友人に問い掛けた。
「あー…… 五人もいるからな、つい……」
「五人…… それは多いな…… いや、五人だろうが六人だろうが! 姉妹の誕生日を忘れるなんて!」
「サハヤは誕生日をいちいち覚えているのか?」
低い声がウリュンの向こう側から問い掛ける。
「ふっ。君は覚えていないだろうね」
「誕生など、新年に祝えばいい。俺の故郷ではそうだった」
「ツァイ・ツ・リュアイ・リョセン、君の故郷ではそうだったかもしれないがね、僕の故郷でそれをしたら、女達にしばらく相手をされなくなるよ」
「別にされなくても良いじゃないか」
「困る! 困るんだ!」
サハヤは即座に声を張り上げた。
「君は僕等の故郷を知らないからそんなことを言えるんだ」
「知っている。南東海府のテ島だろう。あそこは海草が美味い」
「ああ、だったら俺はいつか行ってみたいな」
ウリュンはやっとそこで口を挟む。この二人の会話に飛び込むのはなかなかに難しいものがある。
「そうだね、いつか来るといい」
「俺の方にも来るといい」
センもまた、真ん中に座るウリュンにさらりと言う。
「何も無い。だが夜の星の数と、乳茶は自慢できる」
「上等」
にやり、とウリュンは笑う。
そう、いつか行ってみたいものだ。南東海府のテ島も、センの故郷の草原の地も―――
いつか。
「お食事の用意ができました」
三人がそう呼ばれたのは、それから半時程してからだった。
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