背徳症状-禁慾の果実-
アトナナクマ
第1話。大鳳裕秋
その日、
月が雲に隠れる夜。裕秋は妹である大鳳
暗闇の中でも、耳をすませば小さな呼吸音が聞こえてくる。手を伸ばし、柚子の体に触れてみるが目立った反応はなかった。
「はぁ……」
この感情は何かの間違いだと思っていた。
血の繋がった妹に欲情をするなんて絶対にありえない。長い時間、理性という名の枷が欲望を抑えつけていたが、最後に裕秋が導き出した答えは最悪なものとなった。
「んっ……」
既に覚悟を決まっていたせいか、柚子と唇を重ねることに時間はかからなかった。触れた柚子の唇は小さく柔らかい。
裕秋の飢えた心が背徳感で満たされていく。
一度始めたことを止めることは難しい。このまますべてを失ってしまうという、底知れぬ恐怖を僅かに感じながらも弱い意志では止められなかった。
「……っ」
しかし、次の瞬間だった。先程まで繰り返されていた柚子の呼吸に変化が起こったことに裕秋は気づいた。
柚子は寝付きがよく大抵のことでは起きない。けれども、もし、柚子が目を覚ましたなら。今すぐにでも逃げるべきだった。
「……っ!」
悪い予感を的中させるように、暗闇から伸びてきた手に裕秋は腕を掴まれる。咄嗟に腕を振り払うが、その衝撃で柚子が目を覚ますことは確実だった。
すぐに裕秋は部屋から逃げ出そうとするが、何かに足を引っ掛けてて転びそうになる。確認する為に振り返って見ても、暗闇の中では何一つ目にすることは出来なかった。
柚子の部屋から出て、隣にある自分の部屋に逃げ込む。扉に鍵をかけると、地面にへたり込んだ。
「何もかも、終わりだ……」
心臓の鼓動を嫌なほど感じてしまう。裕秋は落ち着きを取り戻そうと、暗闇と静寂の中で呼吸だけを繰り返していた。
冷静になるほど、酷い眠気に襲われる。まともに寝ることが出来なかった数日間。思い返せば、もっと早くから対策をするべきだった。
しかし、裕秋がどれだけ後悔を続けていても、世界が変化を迎えることはなかった。柚子が起きて騒ぎになれば、両親に呼び出されると思っていた裕秋は少しだけ安心していた。
全部、悪い夢だと。
現実から目を背けて、裕秋は眠りについた。
「何やってんだオレは……」
翌朝。裕秋が頭を抱えているのは他でもない。昨夜、勢い任せにやってしまった自らの過ちを思い出し、酷く後悔していた。
妹の柚子に夜這いをした。なんて、常識では考えられないことを実際に行ったのだ。柚子が証言をすれば、遅かれ早かれ両親にもバレてしまう。
もう手遅れだと分かっていても、柚子には謝らないといけない。許されなかったとしても、背負った罪には罰が伴うのは当然のことだ。
裕秋は覚悟を決めて柚子に会うことにした。自分の部屋から廊下に出ると、柚子の部屋に向かって歩き出した。
同時に、物々しい足音が迫ってくる。
「お兄ちゃん、おはよー!」
裕秋の想像を上回る出来事が起きた。元気の良い挨拶と共に背後から飛び込んできたソレに裕秋は突き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。
「……朝から元気だな。柚子」
「私はいつだって元気だよ!」
倒れた裕秋の背中に乗っているのは最愛の妹、柚子であった。柚子は軽く、背負うことだけなら苦にはならない。
「なぁ、柚子……」
柚子の顔が見えない今なら、言い訳をせずに謝罪を伝えられるような気がした。
「昨日は悪かったな……」
「う?なんのこと?」
柚子が鈍感だからか、言葉の意図に気づいていない。だから、改めて、一から説明をしようと裕秋は考えた。
「いや、昨日お前に……」
すべての言葉を口するよりも先に、扉の開かれる音が聞こえた。裕秋が顔を上げれば、開いていたのは柚子の部屋に続く扉だった。
そんな扉の向こう側から、姿を現した人物。柚子と瓜二つな容姿を持ち、裕秋と同じ血が流れている人間。
「あ、時雨。おはよー!」
「お姉。それと、お兄。おはよう」
大鳳
裕秋は時雨の姿を見るなり、背中に乗っている柚子を下ろし、急いで時雨の前に立ち直した。
柚子と時雨を見分けることは裕秋には簡単なことだった。けれども、多くの人間が二人を容姿だけで判別することは困難だと裕秋は理解している。
「お前、なんで柚子の部屋に……」
「お姉が一緒に寝たいって言ったから」
つまり、柚子と時雨は一緒に寝ていたのか。
「あ、お兄ちゃん聞いてよ。時雨ってば、私のことベッドから落として一人で寝てたんだよ」
「それはお姉が勝手に落ちただけでしょ。一回くらいは戻してあげたし」
昨夜。裕秋が忍び込んだ時間にベッドで寝ていたのは一人だけだった。隣に時雨が眠っていたら気づかないはずもなく、考えられる可能性は床に転がっていた方が『柚子』であったということ。
ならば、裕秋が唇を重ねた相手は必然的に判明する。裕秋は取り乱さないように、自分の成すべきことを判断していた。
「柚子、少し。時雨と二人だけにしてくれないか?」
「わかった!」
今は素直な柚子に感謝するべきだろうか。柚子は廊下を走って行くと、一階に続く階段を駆け下りて行った。
残された裕秋と時雨の二人。沈黙が長引くほど空気は重くなり、時雨に何かを期待するのは無理だと分かった。
故に、先に行動を起こしたのは裕秋だった。
裕秋は床に膝を着け、顔を地面に擦り付けた。最大限の謝罪の気持ちを態度で示したつもりだったが、土下座をしても時雨に伝える言葉は変わらない。
「申し訳なかった……」
「やっぱり、お兄だったんだ」
時雨の言葉で確信は得られた。裕秋が夜這いをしたのは柚子ではなく、柚子と一緒に眠っていた時雨の方であったと。
しかし、真実を知ったところで裕秋が態度を変えることはない。唇を重ねた相手が柚子ではなかったものの、大切な家族である時雨を醜い欲望で穢したことに違いはなかった。
裕秋は頭を下げたまま時雨の言葉を待つことしか出来ない。許されようとは考えない。どんな罰でも受け入れるつもりだった。
「お兄。顔を上げてよ」
時雨に言われた通り、裕秋は顔を上げた。
「ボクは気にしてないから」
裕秋の目の前に、時雨がしゃがみこむ。
「時雨……」
不意に裕秋は時雨から強い匂いを感じた。
その時、自らの意思に逆らうように裕秋の視線は時雨の唇に向けられていた。解消されなかった欲望の塊が気持ちの悪い感情と共に溢れ出し、裕秋の体を無慈悲に動かした。
蝶が花に引き寄せられるように、裕秋は自らの唇を時雨の唇と重ね合わせた。離れようとする時雨の体を掴み、裕秋は快楽に身を任せ、何もかもを狂わせた。
「……っ」
柔らかく、脳が溶けそうな感覚。唇の感触と家族である時雨とキスをしているという背徳感が合わさり。二度目の体験は裕秋の脳裏に深く刻まれた。
時雨の弱々しい手が、裕秋の体を押し返してくる。戸惑いや恐怖、ありとあらゆる感情が時雨の中で渦巻いていたのだろうか。
時間にして数分、いや、数秒の出来事だったのかもしれない。醜い心が満たされるほど、裕秋の罪悪感は理性を呼び起こす。正常な思考を取り戻し、裕秋は掴んでいた時雨の体を離した。
「時雨……俺は……」
「お兄。そんなことして楽しい?」
「え、あ……」
時雨の思わぬ問いかけに、裕秋は戸惑ってしまった。
「ボクに『イタズラ』して、楽しい?」
まさか、時雨は自分の身に起きた出来事を理解していないのか。裕秋は驚きが顔に出ないように平然を装って、時雨に対応しようとする。
「いや、そういうわけじゃ……」
「だったら、もうしないで」
「……時雨、怒ってないのか?」
「別に怒ってない。何を怒ればいいかもわならないし」
時雨は思ったことをハッキリと言う。それは昔から変わらないが、嘘をつかないわけじゃない。時雨に何かを隠されれば、見抜ける自信はなかった。
「ああ、でも。お姉にはやめたほうがいいよ」
その言葉で裕秋の緊張感は取り戻された。
時雨は子供だが、行為の意味を理解はしている。
「わかった。柚子にはやらない」
裕秋は時雨に嘘をついた。
誰かの言葉一つで止められることなら、こんな状況に陥ってはいない。既に理性だけでは裕秋の溢れる欲望は抑えられなくなっていた。
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