第59話 影との戦い

 雪像のゴーレム軍団を相手に、ドラゴニアは善戦していた。

 結界に抑えられて空は飛べぬ。火も吐けぬ。呪いも使えぬ。

 しかしまだ鋭い爪と、鋼よりも硬い鱗に覆われた尻尾があった。

 だが……


「こいつら砕いても砕いても復活してくる……!」


 元の素材が雪なだけあって、簡単に砕けるものの、すぐにまた人型になって襲ってくる。

 だからといって無意味な事ではない。砕かれたゴーレムが復活する度に、術者は魔力を消耗するからだ。

 そして、ゴーレム一体のコストは、そう安いものではない。

 だから、こうして砕き続ければ、いつかルルイェの魔力は……


(まったく減ってないじゃない……)


 ドラゴンの瞳には魔力が見える。

 いくら雪像のゴーレムを砕いても、ルルイェの魔力は減った気配がない。

 それどころか、増えてさえいるように見えた。


「ハァ、ハァ…………いくらやってもらちがあかない」


 しかし、術者であるルルイェはゴーレムの向こう側。全部砕き尽くさないと、攻撃もできない。

 ゴーレムに気を取られていると、魔法の冷気が上空から襲ってきた。

 かわしようがなく、ドラゴニアは氷結魔法をまともに喰らう。


(さむぅ~~! 私、こんな山に棲んでるけど、寒いの苦手なんだからねっ!)


 雪国に暮らす者が、必ずしも寒いのが得意というわけじゃないのだった。


(……こうなったら、一瞬の隙に賭けるしかない)


 ドラゴニアはゴーレムたちを引きつけると、その場で一回転して尻尾を豪快に振り回した。

 一時的に周囲にゴーレムがいなくなった。

 復活までのわずかなタイムラグの間に、ドラゴニアはルルイェに肉薄する。


「おらぁ~~!!!」

「……」


 真上から振り下ろされた尻尾は、ルルイェをぺしゃんこにした――ように見えたが、違った。


 ドラゴニアが砕いたのは、ただの雪像だった。

 ゴーレムに気を取られている間に、ルルイェが身代わりを置いたのだ。


「しまった――」


 隙が生じたドラゴニアめがけ、氷柱つららの雨が降る。

 身を丸めて鱗で弾き返し、収まるのを待つ。


「……?」


 やっと収まったので様子を窺うと、ゴーレムたちがいなくなっていた。

 不気味に思い顔を上げると、巨大な影が頭上を覆っていた。


「……合体しちゃったか」


 全てのゴーレムが合体し、一体の巨大ゴーレムになっていた。

 ルルイェは、その肩の上にいた。


「ぺしゃんこになっちゃえ」


 ゴーレムの平手が降ってきたが、ドラゴニアにもうかわす力は残っていなかった。



   × × ×



 アイシャとガイオーガは互いに背を預け合い、どこから襲ってくるか分からない影の男の攻撃に備えていた。


「武器にはたぶん毒が塗ってあります。ガイオーガさん、なんともないですか?」

「ウム……」


 ガイオーガは頷くが、毒の効果はあるようだ。

 ただ、普通なら即死のところを調子を崩す程度で済んでいるのは、さすがと言える。


 今ここには、アイシャとガイオーガ、そして影の男の三人しかいない。

 タケルとライリスは、ボスコンの操る馬に乗って先にドラゴニアの元へ戻った。三人とも、この場の戦いでは足手まといにしかならない。


 その時、再びガイオーガの腕から血しぶきが上がった。

 アイシャの目には、かろうじて敵の姿が見える。見えていないガイオーガを狙っているのだ。

 一つ一つの傷は浅いが、毒がじわじわとオーガーの勇者から体力を奪っていく。


(追い払うだけなら方法はある。けれど、ここで仕留めておかないと、この敵は厄介だわ……)


 影に紛れて襲い来る暗殺者。確実に倒さなければ。


「ヒヒヒ……」


 左後方から不気味な笑い声がする。

 しかしあれは、魔法で作り出した幻聴だろう。

 そうやってこちらをかく乱する戦法だ。

 ならば乗ってやろう、その戦法に。


「ガイオーガさん……今から私が一瞬だけこの場を昼間のように明るくします。相手が見えたら……」

「ワカッテイル」


 敵が隙を見せたなら、ガイオーガが逃すはずはない。

 アイシャは信じて、魔法の矢を頭上に放った。


「光よ――!」


 矢が弾け、まばゆく光った。

 一瞬だけ辺りが昼間のように明るくなる。


 ガイオーガが地面を蹴った。

 微かに生じた影の濃度の差に向かって、渾身の攻撃を叩き込む。

 しかし、その影は囮だった。


「ヒヒヒ……かかったなガイオーガ!」


 敵の狙いはガイオーガ。手強いが、隙さえあれば倒しやすい相手でもあった。アイシャの事は、ガイオーガをかたづけてからでよい。

 その思考をアイシャは読んでいた。


「かかったのはあなたよ!」


 アイシャはガイオーガを囮にしたのだ。

 戦闘マシーンのような彼はアイシャの期待通り、敵の影が見えた瞬間に攻撃してくれた。

 そこを狙ってきた敵をアイシャは狙う。


「我を守りし風の精霊よ――かの邪悪なる者を斬り裂け!」


 空気の刃が影の男に襲いかかった。


「ぎゃぁあぁぁああああああああああ~~~~~~~~~っ!!?」


 闇から血が噴き出した。

 ぼとりと、ダガーを握った腕が落ちる。


「ガイオーガさんトドメを!」

「オウ!」


 ガイオーガは反転し、トドメの一撃を叩き込んだ。

 しかし、影の男は再び闇に紛れていた。


「……逃がしてしまいましたか」


 腕一本を残して、影の男の気配は完全に消えた。



   × × ×



「ボスコンさん、もうちょっと安全運転を~~~!!!」

「それでは間に合いませぬぞ!」


 久々に戦場で活躍してハッスルが止まらないボスコンは、馬の腹をノリノリで蹴った。


「ハイヤー!」


 俺とライリスは、馬の首にしがみついて振り落とされないよう必死に堪える。


「ぅぅ……ぎぼちわるい……」

「わー、ライリスガマンしろ! 吐くんじゃないぞっ!」


 大騒ぎしながら、俺は背後を振り返る。

 残してきたガイオーガとアイシャさんは無事だろうか。


「ご心配めされるなシノノメ様。あのお二人ならば大丈夫です」

「……ですよね」

「むしろ心配なのは我らですぞ。この先で、魔女と竜姫が戦っておるのでございましょう」

「……まるで神話の戦いじゃな」


 吐きそうなのを堪えながら、ライリスがつぶやく。

 首尾良くいけば、影の男を片付けた後、ガイオーガが魔方陣を再起不能に壊してくれるはずだ。


 ――そんな事をしたら、私がフルパワーになるわよ?


 ドラゴニアを解放して大丈夫なんだろうか。今更不安になる。


「ボスコンさん、やっぱ急ぎましょう」

「目一杯急いでますぞ!」


 魔王軍から調達した屈強な軍馬は三人を乗せて、雪山を爆走していくのだった。

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