第58話 それぞれの戦い
「来たわね、ルル……」
タケルが結界を破壊しに向かってすぐ、沈黙の魔女が飛翔魔法でドラゴニアの元へやってきた。
「タケタケは?」
「山を下りてったわ。お節介をしにね」
ルルイェは、キョロキョロと辺りを見る。
雪の上に、タケルがいた痕跡があった。
真っ赤な血が、飛び散っていた。
「……タケタケに何したの?」
「魔王軍の雑魚が群がってきたから、戦わせたのよ。奴隷は主人の命令には逆らえないでしょ?」
「……」
ルルイェは無言でドラゴニアを睨んだ。
幼い面持ちに、鎮火不能なほどの怒りが燃えているのが、ドラゴニアの瞳には見えていた。
(すごい魔力……本気で怒るとこうなるのね、ルル)
対するドラゴニアは、声を出すのがやっとな状態だ。
結界によって力を奪われ、巨体の自重を支える事もままならない。
「……もうごめんなさいしても許さない」
「生意気な口きくじゃないの、チビすけ。泣かすわよ」
ドラゴニアが凄んでも、ルルイェは怯まなかった。
「ドラちゃんをギャフンと言わせるための魔法もできた」
(わざわざ私を倒すための新魔法まで開発したの? 本気もいいところじゃない)
それだけ、あの人間が大切なのだ。
そして、その気持ちがドラゴニアにも少し解りかけていた。
一切の魔力を持たない、この世界で最も弱小な存在のくせに、ハイエルフもオーガーも人間の王族も魔王軍四天王も、魔女も、そしてドラゴンも、特別扱いしない。
それどころか、
(……この私が、人間に守ってもらうなんてね)
今やこの世界で、自分より力のある存在は数えるほどしかいない。その竜姫ドラゴニアの命を、人間が守った。
有史以前から生きてきたエンシェント・ドラゴンが、初めて体験する出来事だった。
「でも、それもここまでよ……。このケンカは私が始めたんだもの。落とし前はきっちりつけるわ」
それが竜姫と呼ばれし者のプライドというものだ。
睨み合う魔女と竜。
数分前から意識を取り戻していたザーマは、息を潜めて二人の隙を窺っていた。
「沈黙の魔女はベルゼルムと結託していた。つまり味方だ。これはチャンス……」
彼は主君と仰ぐ魔人ワイヤードから授かった魔剣を振り上げ、ドラゴニアに襲いかかった。
「死ぬがいい、竜姫!」
必殺の斬撃を叩き込むために跳躍したザーマは、突然何者かによって横殴りにされ、吹っ飛ばされた。
殴ったのは、雪でできたゴーレムだった。
「……邪魔しないで」
ルルイェは、ドラゴニアを見つめたまま言う。
いつの間にか周囲には、雪像のゴーレムが数十体出現して、横たわる銀竜を取り囲んでいた。
神話を再現するかのような魔女と竜の戦いが、とうとう始まった。
× × ×
「あれが結界を形成してる魔方陣か……」
魔法の事はよく分からないが、いくつかの魔方陣を銀竜の山の周囲に設置し、それらをリンクさせる事で強力な結界を発生させる仕組みらしい。
そのうちの一つが目の前にあった。
もちろん、魔王軍の兵士がしっかり警備している。
「……数が多いが、突入して魔方陣をぶっ壊して逃げるだけなら、どうにかなるだろう」
かなりギリギリになるが、しょうがない。
俺は少しでもマル秘ポーションの制限時間を節約するために、飲まずに守備兵の中へ
「ヘイヘイ、暇そうだなおまえら! 給料泥棒はさせねーぜ!」
なんだなんだと、兵士たちが集まってくる。
(一ヵ所に集めて一網打尽に叩けば……あれ?)
ポケットから小瓶を取り出す。
なんか表面が濡れてる。
嫌な予感が……。
「ぬわぁぁ~~~~フタが取れてるぅぅぅぅ~~~~~~!!?」
ザーマと戦ってる最中に、フタが外れたらしい。
「たぶん、ドラさんの鱗に頭ぶつけた時だ……」
こっちの都合などお構いなしに、警備の兵士が槍や剣を手に殺到してくる。
「ちょおっ、待って! タイムタイム!」
もちろん、待ってなどくれない。
俺は、上着のポケットを絞って、まだ染みこんでいるマル秘ポーションをせめて一滴だけでも飲もうと試みる。
しかし、
「凍ってるぅぅぅぅ!!!!」
雪山恐るべし……。
「……お、俺、ベルゼルムの友達でさぁ! ベルちゃんタケちゃんって呼び合う仲なんだけど、知ってる? 俺に何かあったらベルちゃんが黙っちゃいないぞ!」
見苦しいハッタリは当然通じず、俺の心臓めがけ槍が突き込まれた。
あ、死んだ。
槍の穂先が俺に届く寸前、相手の方が後方へ吹っ飛んでいった。
「??」
俺の頭上から、丸太みたいな太い腕が突き出していた。
続けて、ライフル弾のような矢が魔王軍の兵士たちを次々に射貫いていく。
「敵は怯んでおるぞ、今じゃ! 突撃ぃぃぃ!!」
勇ましい姫の声に乗せられ、老騎士が騎乗突撃を敢行する。
「今こそ我が武勇を示す時! ぬぉぉおおおおおおおおお!!!!」
年甲斐もなくハッスルする老人を、オーガーとハイエルフがサポートする。
あっという間に守備兵は蹴散らされ、逃げていった。
オーガーがこちらを振り返る。
「無事カ、師ヨ」
「お、おう……サンキュー、ガイオーガ」
安心してへなへなになる俺を、アイシャさんが横から支えてくれる。
「あまり無事には見えませんよ。腰が抜けてるじゃないですか」
「相変わらず情けないのう、タケルは」
声出す以外何もしてなかったライリスが言う。生意気なおでこにデコピンしてやりたい。
「うははははは、思い知ったか魔王軍め!」
槍を振り回し、ボスコンはまだハッスルしている。
「頼まれていたお遣い、行ってきましたよ」
アイシャさんが言うと、ライリスが持っていた箱を開く。
「おお、これはまさしく、ネットオークションで六十六万円の値が付いたトゥハード2クリスマス限定コマ姉サンタバージョンフィギュア!」
「これを持って銀竜の山に戻ろうとしていたら、タケル殿の姿が見えたので追ってきたんです」
ハイエルフの視力のおかげで、命拾いした。
「師ヨ。ココデ何ヲシテイタ?」
「その魔方陣をぶっ壊しに来たんだ」
「壊セバイイノダナ」
それなら俺大得意、みたいな顔でガイオーガが言った。
「頼んでいいか」
「マカセロ」
無造作に魔方陣を破壊しようとしたガイオーガだったが、その腕から突然血しぶきが上がった。
「ヌゥ……!?」
「そこです!」
アイシャさんが反射的に弓を射ると、何もない空間に矢が突き立って止まった。
よく目を凝らすと、人のようなシルエットがおぼろげに浮かんできた。
「気をつけて、影の中に何者かが潜んでいます!」
「ヒヒヒ……よくぞ見破った。さすがハイエルフは侮れぬ」
不気味な声と共に、空中に突き立っていた矢がぽきりと折られ、地面に落ちた。
「何者ですか!」
アイシャさんが毅然とした声で問う。
いつぶりだろう、こんな凜とした顔のアイシャさん。もうずっと、ただのロリコンか差別主義者か野菜好きの気のいいお姉さんとしか振る舞っていなかった。
「……影として生きる身ゆえ、名乗る名は持たぬ」
「なぜ邪魔をするのです?」
「邪魔をしているのは、おまえたちだ。我らが偉大なる計画のな」
「おまえだな、ドラさんが言ってた影みたいな男って! 魔王やドラさんにウソ情報流してるらしいじゃないか!」
「……魔王と竜姫を争わせるのが我らの計画だったが、そこへ思いがけないゲストが現れてくれたのでな」
ルルイェの事か。
「魔方陣は壊させんぞ……ヒヒヒ」
不気味な笑いを残し、男は影に紛れて姿を消した。
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