第56話 雪山の攻防

 雪に埋もれて這いつくばるドラゴニアめがけて、魔王軍のリザードマン部隊が殺到した。

 その行く手に、俺は立ち塞がる。


「なんだあの人間は……。まあいい、殺せ」


 三匹の屈強なリザードマンが速度を上げて、俺に襲いかかってきた。


「まずは武器を調達だ」


 俺は雪を蹴り上げて敵の視界を隠すと、三匹の左側に回り込んだ。端の一匹の腕を捻りあげ、剣だけ奪って投げ飛ばす。

 すぐさまその剣を使って、残り二匹を倒した。

 やはり斬り殺す事には抵抗があるので、剣の平らな面で殴る。

 マル秘ポーションで強くなった今の俺なら、それでも充分なダメージだった。


「何者だ貴様!」


 指揮官らしい、角の生えた赤い鱗のリザードマンが叫んだ。


「シノノメ・タケル。かつて異世界から来た救世主としてガイオーガと闘ってハイエルフの里を守り、沈黙の魔女と共にクリスタルドラゴンを倒し、今は竜姫ドラゴニアの奴隷をやってる男だ!」


 精一杯肩書きを連ねて強そうに見せたが、奴隷ってのは言わない方がよかったかもしれない。


「あのガイオーガを……」


 リザードマン共がうろたえる。

 魔王軍内でガイオーガは相当名前が知れ渡っているのだろう。

 ちなみに俺は「ガイオーガと闘った」とは言ったが、勝ったとは一言も言っていない。


「ガイオーガごときがなんだというのだ。貴様はこのザーマ様が相手してやる」


 赤鱗のリザードマンが俺に攻撃を仕掛けてきた。

 鋭い斬撃。素早く、そして狡猾こうかつな攻めだ。


「くっ……こいつ、強い!」


 マル秘ポーションで強化されるのは肉体だけだ。

 ザーマと名乗るリザードマンの剣筋は変則的で、反射神経だけでしのぎきれない。

 俺がザーマに手を焼いているうちに、他のリザードマンがドラゴニアを攻撃する。


「トカゲごときが、気安く触るな!」


 ドラゴニアが尻尾を振り回して、リザードマンを払いのける。

 だが、その程度の抵抗しかできないのだと分かると、余計に敵が勢いづいた。


「ドラさん!」

「貴様の相手はこっちだ!」

「くっ!?」


 俺はなんとかザーマを引き離し、ドラゴニアの元へ走る。

 群がる雑魚を蹴散らすが、その隙に再びザーマが襲いかかってくる。


「こいつ……俺がやられたら嫌な事ばかりしてきやがる!」


 心理を読もうにも、トカゲの顔は表情がなく、思考も読みづらい。

 俺はザーマの剣を受け止め、鍔迫つばぜり合いしながら睨み合った。


「ベルゼルムが命令したのか!」

「閣下は気を失っておられる。だから独断だ。まあ、あのような軟弱な将に従うほど愚かではないがな」


 俺はベルゼルムの差し金じゃないと分かり、ほっとすると同時に、あいつの悪口を言われてなぜだかムカついていた。


「ある者からの情報提供で、ベルゼルムの謀反むほんが発覚した。そこにいるドラゴニアと手を結ぶつもりだそうだな」

「それを邪魔するために、来たのか」

「その通り。ドラゴニアを殺せとの魔王様のご命令だ!」


 ガキン!


 剣と剣で弾きあい、後ろに跳んで間合いを取る。

 俺のすぐ後ろに、ドラゴニアの頭があった。


「たぶんあいつね……」

「あいつって?」

「影みたいな男よ。そいつが魔王にウソの情報を流したんだわ」

「知ってるんですか?」

「ええ……。最初、ベルゼルムが私を討伐に来るという情報を持ってきた。何か魂胆こんたんがあるのは分かっていたけど、興味がないから知らん顔してたのよ」


 だがしかし、ベルゼルムの目的は討伐ではなく、ドラゴニアを自分のものにする事だった。

 いずれにせよベルゼルムが来る事を知っていながら、ろくに準備もしてなかったのは、自分の力にそれだけ自信があったって事だろう。

 そのおごりが今の窮地につながっている。


「まさかルルがあいつらと手を組むとは思ってなかったわ……」

「素直に頼めばよかったんですよ。あんな風にじゃなく」

「あのチビすけに? そんな事するくらいなら、自分で戦うわよ」

「じゃあ、なんで最初からそうしなかったんです? その気になれば、ベルゼルムたちを撃退できたはず」

「それは……」


 ドラゴニアが気弱になる。結界で弱らされているせいだろうか。


「ドラさん……もしかして、ルルたんと仲直りするきっかけがほしかったんじゃないですか?」


 言った瞬間、うなじの辺りがチリチリと熱くなった。


「うわぁあっちぃ~!? ちょっ、火ぃ吹かないでくださいよっ! うなじのとこ焦げちゃったじゃん!?」

「私のコンディションが万全なら、消し炭になってたところよ」

「やっぱドラゴンこえー……」


 話しているうちに、敵の増援が来ていた。

 今やリザードマン部隊は千人規模になっている。


「チッ……次から次へと湧いてくる。これだから、雑魚はキライなのよ」

「その雑魚に倒される気分はどうですかな、竜姫?」


 ザーマが斬りかかってきた。

 俺はドラゴニアを庇って防ぎ、斬撃を返す。

 しかし、


「ぐあっ!?」


 ザーマの剣が俺の足を斬り裂いた。真っ赤な鮮血が、白い雪の上に飛び散る。


「いってぇ……ちくしょう、あのヤロウ」


 真っ直ぐ向かってくる相手ならともかく、あいつは自分がリスクを背負わないように戦っている。実にずる賢い立ち回りだ。


「そろそろ五分過ぎる……」


 俺は効果が切れる前に、もう一本、マル秘ポーションをあおった。


「残り十分で、あいつら全員の相手するのか……厳しいぞ」


 さすがに逃げたくなってきた。

 俺の背後には、白銀の鱗をまとった巨大なドラゴン。それを、ちっぽけなただの人間が守って戦っている事に滑稽こっけいささえ感じる。

 だが、恐るべき力を持つドラゴンが、ああして身動きもできずにいる。その姿に、俺は可愛いとさえ思ってしまうのだ。


「……これがギャップ萌えってやつか!」


 俺は剣を握り、ザーマに斬りかかった。

 あいつさえ仕留める事ができれば、どうにかなる!


「ははは、焦ったな!」

「ぐっ!?」


 焦って前へ飛び出した俺は、再びザーマの斬撃を受ける。

 こっち来るまでは、血が出るような怪我けがといったら、転んでひざを擦りむくか、包丁で指を切るくらいだった。

 それが、ガイオーガにぶっ飛ばされて内蔵でろ~ん(笑)ってなったり、剣でざくざく斬られたり。ファンタジー世界は過酷だ。


「ハァ、ハァ、ハァ…………なんか意識が朦朧としてきたぞ」


 血を流しすぎたんだろう。

 今意識を手放しては、自分も、そしてドラゴニアも守れなくなる。どうにか、あの赤トカゲヤロウを倒すまでは……。


 眼前に迫り来る、千の敵兵。


(無理っぽいな……ははは)


 もう笑うしかなかった。

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