第53話 お・ん・せ・ん!

「どっこいしょ。あぁぁ~…………極楽ぅぅ~~~」


 ドラゴニアが肩まで湯に浸かると、おっぱいがプカプカと浮いた。


「アイシャさんとどっちが大きいだろう……」


 着衣状態ではふたりの戦力は拮抗しているように見えたが、いかんせんここは湯気が立ちこめている。五十センチ先が見通せない視界の悪さだった。


「……ここは強行偵察に打って出るか。しかし、命がけだぞ」


 巨乳の美女二人と混浴状態。

 これはもう世間一般で言うところのハーレム状態と同義で(※俺調べ)、それだけで満足すべきではないのか。欲を掻くとしっぺ返しを喰らうぞ。


「ねえ、奴隷。さっきから何をぶつぶつ言っているの? 全部聞こえてるわよ」

「えあっ!? ち、ちがいますよっ、俺別にエッチな事なんて何もっ」

「じー」


 アイシャさんが湯気の向こうから俺をじと目で睨んでいた。

 ドラゴンとハイエルフの聴力を人間並に計算してしまっていた。


「タケル殿、サイテー」


 確かに俺は最低かもしれない。

 だが、幼女と一緒にお風呂に入りたいと堂々と言ってる人にだけは言われたくなかった。


「そこの小娘」

「は、はいっ」


 竜姫に話しかけられて、アイシャさんが湯の中でビシッとかしこまる。


「私に呪いをかけられた時、どうだった? 苦しかった?」

「はい、それはもう生きた心地がしませんでしたっ!」


 あの時、股間を蹴り上げられた俺みたいな苦しみ方をしていたのに、アイシャさんのドラゴニアに向ける眼差しは、まるでアイドルを前にしたファンのようだ。

 永遠の寿命を持つハイエルフにとって、人間や他の種族は皆下等な存在に見えるようだが、ルルイェやドラゴニアは数少ない遙か上位の存在。呪いをかけられようと、敬意はなくならないって事か。


「あなたが苦しんでる間、ルルは出てこようとしなかったわね。どうしてだと思う?」

「……ルルイェ様はドラゴニア様に大変怯えていらっしゃったようなので」

「そうね。びびりまくってたわね。でも、そこの奴隷の時だけは生意気にも刃向かってくるわ。ねえ、どうして?」

「それは……」


 アイシャさんは俺の事を見つめて考える。

 注がれる熱視線に、「実はアイシャさん、俺の事が好き?」と勘違いしそうになる。


「……ルルイェ様はタケル殿と特別仲がおよろしいので」

「そうみたいね。あのコミュ症が、この奴隷とだけは会話ができるの。ねえ、なんで?」

「わかりませんが、ルルイェ様がタケル殿にだけ気を許していらっしゃるのは間違いないです」


 ドラゴニアが俺のあごを掴んで、ぐいっと自分の方へ向かせる。


「特別美しくもない。魔力はゼロ。そこのオーガーのように強いわけでもない。……なんなのかしら、いったい」

「俺が味のあるごはんを作ってやってるからじゃないっすかね」


 ドラゴニアは納得いかない様子で、俺のあごを解放した。


「ルルも私も永遠を生きる種族。あなたたちにとって長い一生でも、私たちにとっては一晩酒を酌み交わした程度の話よ。大事な事は何も共有できない」

「そうですよね! できるとしたらハイエルフの私だけです!」


 アイシャさんがここぞとばかりにアピールする。


「あなたじゃ非力すぎるわ。不老と言っても寿命がないだけ。私がこうするだけで……」


 ドラゴニアがアイシャさんに手のひらを向け、ゆっくりと閉じていった。


「いだだだっ、いでででで、いだいですっドラゴニア様~~~っっ」


 ドラゴニアが手のひらを広げると、アイシャさんは見えない力から解放された。


「虫けらを握り潰すように、簡単に殺せる」


 ぐったりとしながら、アイシャさんが漏らす。


「はぁ、はぁ…………痛いけどクセになりそう…………」


 …………。

 何かとんでもない事を口走ってるが、今は真面目な雰囲気なのでスルーする。


「あの子と一緒に生きられるのは、私だけよ」




 温泉から上がった後、俺は三人を再び見送りに出ていた。


「結局、なんでドラさんはみんなを風呂に入れたんだろうな……」

「ルルイェ様の事を聞きたかったんじゃないでしょうか」


 そういやヒキコモリのルルイェが旅に出た事について、不思議がっていたな。


「……ムゥ」

「どうしたガイオーガ。神妙な顔しちゃって」

「ドラゴニアハアア言ウガ……魔女ハ永遠ノ寿命ヤ強大ナチカラニ固執シテイナイヨウニ見エル」

「なんだよガイちゃん、珍しく難しい事言うじゃん」

「タケル殿、それ普通に悪口ですよ」

「現在の俺はドラさんの奴隷でここを離れられないから、さっき言ったお遣い頼みます」


 ルルイェの部屋からフィギュアを探し出して持ってきてほしいと頼んだ。それでふたりの戦いを止められるかもしれないからと。


「その前に、姫様のところへ行かせてくだされ!」

「ワカッテイル」

「ベルゼルムにはルルイェの仲間だって言えば通るから」

「かたじけない」

「それじゃ、頼みましたよ」


 俺は手を振って、下山していく三人を見送った。



   × × ×



 全身黒づくめの影の男は、雪山に空いた黒い岩肌の傍に立ち、ドラゴニアの元を訪れた者たちの様子を窺っていた。


「……享楽の魔女の計画を邪魔した連中か。そうはさせんぞ」


 意味深につぶやくと、彼もまた山を下りていった。



   × × ×



 俺が洞窟に戻ると、ドラゴニアはお腹を出して寝ていた。


「ぐがー……ぐー……」

「しょうがないドラゴンだな……。こたつで寝ると風邪ひきますよー」


 毛布を探してきてかけてやる。


「……ドラさんも、どう見てもヒキコモリなんだよな。コミュ症じゃないだけで」


 ベルゼルムに結界を張られてしまったのも、


 ――外でなんかやってるのは見えてたんだけど、こたつから出たくないって思ってるうちに張られちゃってたのよね。


 と話していた。

 強大な力を持つがゆえのおごりなのか。それとも、こたつの魔力がそうさせたのか。


「さむっ……俺も入ろ」


 マンガを持ってきて、こたつに足を入れる。

 ドカッ!


「いでっ」


 思いっきり蹴られた。


「むにゃ…………ルルのバーカバーカ」


 美しい顔に似合わない、なんとも可愛い寝言だった。

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