第52話 再会

「ねえ、あなたちょっと行って、あいつらブッ殺してきてよ」

「え、無理無理っ…………いってぇ!?」


 拒否したとたん、左手に激痛が走った。


「げっ、反逆カウンターが減ってる!?」


 魂の奴隷契約を結ぶ主人に逆らうとカウントされる『反逆カウンター』が、左手のひらに刻まれている。

 これが0になると俺は死ぬ。


「……そうか。今の主人はドラさんだった」


 命令には逆らえない。


「でも俺じゃ一ミリも勝ち目ないですよ!」

「それもそうね。しょうがない……。ひと吹きしてくるかぁ。あーめんどくさ~……」

「待って待って!」


 俺はドラゴニアがこたつから出ないよう、押しとどめた。

 あの凄まじい威力のブレスを浴びせられたら、ガイオーガでも即死は免れない。


「あによ。やってくれるの?」

「別に倒さなくてもいいじゃないですか。気のいい連中ですよ」

「竜姫ドラゴニアの山に踏み込んだ者には等しく死が与えられる……。そういう伝説を流布しておかないと、こそ泥が集まってきてめんどくさいのよ」

「そこはほら、ドラさんちのセコムは優秀みたいだから! 入ったら呪われて死んじゃうんでしょ?」

「まーね。あいつらも、このままほっときゃ勝手に死ぬかな」


 それはそれでまずい。


「と、とりあえず俺が行ってきます!」

「そう? じゃあよろりんぱ」


 ドラゴニアはぼりぼりとお尻を掻きながら、マンガの続きを読むのだった。




「おーーーーい!」


 俺は頂上から、登ってくる三人の影に呼びかけた。

 最初に気付いたのはアイシャさんだ。ハイエルフの聴力と視力ですぐに俺を見つけると、ガイオーガが二人を抱えて斜面を駆け上ってきた。


「タケル殿、よくぞご無事で!」

「アイシャさんたちこそ」


 アイシャさんとガイオーガとボスコンは、多少薄汚れてはいるものの元気そうだった。


「塔が倒された後、魔王軍の手を逃れて森で隠れていたんですが、ルルイェ様とドラゴニア様が戦ったという噂を耳にし、ここまで登ってきたんです」

「シノノメ様、姫様は……!」

「ライリスなら無事ですよ。今、魔王軍のテントでルルたんと一緒にいるはずです」

「魔王軍に捕らわれておるのですか……!?」


 うーむ。話していいものかどうか迷うが。


「実は、ルルたんが魔王軍と手を結びまして」

「なんですと?」

「四天王のベルゼルムってヤツと組んで、ドラゴニアを倒そうとしてるんです。それで、俺とライリスも客扱いで寝泊まりしてました」

「どうしてタケル殿はここにいるんです?」

「ドラさんに密書を届けに来てました。みんな危なかったっすよ。このままドラさんちに入ってたら、セコムに殺されてた」


 セコム?

 と首を傾げているが、面倒なので説明はしない。


「……では、姫様はご無事なのですな」

「ええ、心細い思いはしてるでしょうが、まあまあ元気です」


 ボスコンもアイシャさんも、他の皆の消息が分かって安堵している。

 俺はガイオーガに呼びかける。


「ふたりの事守ってくれて、ありがとな」

「ドウトイウ事ハナイ。師ノ教エノ通リニシタマデ」


 人を生かすために力を使ったと言いたいのだろう。本人もそれで満足げだ。


「はい、これ食料。みんな、腹減ってんじゃないかと思って」


 俺は、マンガ喫茶のカウンター……じゃなく、ドラゴニアの家から勝手に持ってきた食べ物を渡した。


「……助かります。この数日、ろくなものを食べていなかったので」

「で、せっかく来てもらって申し訳ないんですけど、ルルたんのとこに行ってフィギュアを返すように……」


 俺の声を、羽ばたきの音が掻き消した。

 突風が雪を巻き上げたその向こうに、白銀の鱗をまとったドラゴンの飛翔する姿があった。


「ど、ドラゴニア様っ」


 アイシャさんが悲鳴をどうにか噛み殺す。


「ドラさーん、なんか用ですかー?」

「いつまでやっているの。さっさと片付けなさい」


 ガイオーガが前へ進み出て、俺たちを背に庇った。

 それをドラゴニアは不愉快げに睨む。


「オーガーにしてはいい線いってるようだけど……あなたクサいのよ。ちゃんとお風呂入ってる?」

「ウムゥ…………入ッテイル」

「多くて三日に一度くらいですよね?」


 アイシャさんが付け加える。その情報、今言う必要ないよね?


「つーか、あんたら全員臭うわ。私の山で悪臭をまき散らされちゃたまらないのよ。ねえ、そこの奴隷」

「はいはい、なんでしょう」

「そいつらを山の裏に連れていきなさい」


 竜姫ドラゴニアの命令は絶対。逆らえる者はいなかった。




 湯気がもくもくと立ちこめるその場所で、俺たちは生まれたままの姿になっていた。


「お・ん・せ・ん!!!!」


 この山は雪は被っているが火山だそうで、所々温泉が湧いているらしい。

 その一つに、俺たちは強制連行された。


「はぁ~、生き返りますぅ~」

「……旅の疲れが取れますな」

「……ムゥゥ」


 魔王軍の手を逃れて、森の深い場所をさまよっていたという三人は、温泉に身を浸し心と体を癒やしている。

 そして俺は、


「こんな感じでしょうか」

「もっと強くよ」

「かしこまりましたー」


 ドラゴニアの背中を流していた。

 ……ただし、ドラゴン形態の。


「……俺も裸のアイシャさんと同じ湯に浸かりたいのに」

「不満そうね?」

「いえいえ、めっそうもないです! いやーいい鱗してますねー。銀色でぴっかぴかだ」

「ふふふ、当然よ。私を誰だと思っているの?」


 ドラゴニアにとって鱗は最大のチャームポイントなのか、褒められると嬉しそうだ。


「でもこれ、俺一人で洗うの大変そうなんですが……」


 一応、柄の付いたブラシを使っているけど、上の方まで届かない。


「……しょうがないわね」


 ドラゴニアが人間形態になった。

 もちろん、素っ裸だ。


「よいしょっと。ほら、流しなさい」

「失礼しまーす!!!」


 岩に腰掛けたドラゴニアの背中を歓喜しながら流す。


「はぁ~、そこ気持ちいいわぁ~」

「ここっすね!」


 ふと我に返って、「何やってんだろう俺たち」ってなりつつ。

 この幸せが永遠に続けばいいのにと願わずにいられなかった。

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