第39話 脱童貞とかそういう次元を遙かに超えた奇跡体験
「……あのぅ、一つ質問いいでしょうか」
「言ってみなさい」
質問しだいではひねり殺すわよ♪
という優美な笑みを浮かべながら、ドラゴニアは許可をくれた。
「なんで俺が漂流者だって分かるんですか?」
やっぱりどっかに書いてあるんじゃないだろうな。例えば紫外線を当てると浮かび上がる特殊な塗料とかで。
「簡単よ。一切の魔力を感じない」
「はぁ。まあ、まだ魔法使いじゃないですからね」
童貞のまま三十歳の誕生日を迎えると魔法使いになれるっていうのは有名な話だ。
童貞なのは間違いないが、三十歳はまだだいぶ先だった。
「……ドラゴンの瞳には魔力が見えるんです。この世界の生き物は、ほんの虫けらでも……魔力を有していますから」
アイシャさんが、床に這いつくばったまま苦しそうに補足説明をしてくれた。
ついでに俺が虫けら以下だというニュアンスを織り交ぜるのも忘れない、差別主義者の
「それで、さっき俺が近づいても気付かずにびっくりしてたんですか」
「タネが分かってしまうとつまらないわね。せっかくの驚きが台無しだわ」
こんな美女に露骨にがっかりされると、俺が悪いわけじゃないのに、「すみません」と謝りそうになる。
「ねえルル。森を出たんなら、ついでに頼みたい事があるんだけれど」
「……なに?」
ルルイェの表情が強張る。
日課となったカツアゲを受けるイジメられっ子の顔だ。
「最近、うちの近所を魔王の手下がうろちょろしているのよ。目障りだから掃除してくれないかしら?」
「……自分ですればいい。ドラちゃんならできるでしょ」
ルルイェが言うと、ドラゴニアは不思議そうな顔をした。
「まさかあなた……この私の頼みを断ったりしないわよね?」
「……」
ルルイェの額から、冷や汗がだらだらと流れる。
「このドラゴニア様が? わざわざ? 頼みに来てあげているのよ? なら、あなたの答えは一つじゃないの?」
「………………」
だらだらだらだら。
冷や汗が滝のようだ。
そろそろ体内の水分が全部出尽くして、干からびるんじゃないだろうかと心配になった頃、ルルイェは絞り出すような声で言った。
「……やだ」
「ふぅん」
拒否され、怒るかと思ったドラゴニアだったが、意外と冷静だ。尻の下に敷いていたガイオーガを放して立ち上がる。
「ねえ、そこの漂流者。こっちへいらっしゃい」
「イエス、マム!」
またしてもドラゴンの魅了効果を受けて、俺は命じられるままドラゴニアの傍へ行く。平たく言うと、美人に逆らえる童貞なんていません。
「お呼びでしょうか、マム!」
「いい子ね」
ドラゴニアは俺を抱きしめ…………胸に顔をうずめさせた!
(や……やわらかいっ!!!!!)
超絶美女の巨乳の谷間に顔をうずめる――
それはもう、一般社会における脱童貞と同等の経験であると言ってもいいんじゃないだろうか?
あぁ、俺ついに童貞を捨てたよ……。
魔法使いにはなれないけれど、悔いは無いさ。だって、魔法使いより非童貞の方が上級職だ。
「むぅ……」
「ふふ、恐い顔しちゃって。あなたのつるぺたじゃ、できないわよねぇ」
ぽよんぽよん。
巨乳が弾む。生きててよかった!
ドラゴニアは俺の顎を持って上を向かせた。目が合う。
「あ、あの……ドラゴニア……さん?」
「お黙りなさい」
「イエス、マム」
俺が命令通り黙ると、ドラゴニアは顔を近づけてきた。
(ま、まさかこれは……まさか……まさ……ま……んんっ!?)
唇と唇が触れ合った。
間違いない、これはキス!!!
巨乳の谷間で溺れた次は、美女とファーストキス。
こここ……これはもう、脱童貞とかそういう次元を遙かに凌駕した奇跡体験アンビリーバ……
「ふふ、いただいたわ。これであなたは私の奴隷よ」
唇を離したドラゴニアは、手に一枚の用紙を持っていた。
「それ、魂の奴隷契約書……」
「契約を書き換えさせてもらったわ。あなたの所有者は、今からこの私、ドラゴニア様よ」
「そんな事ができちゃうんですか!?」
享楽の魔女とかいうヤツでさえ、契約書を直接書き換えるなんて芸当はできなかったが。
「この奴隷契約は呪いの一種。私って得意なのよね…………呪いが」
ペロリ。
舌なめずりをする仕草がとても
そんな俺をドラゴニアは、もう用済みって態度で突き放す。
俺は後ろによろめいて、床に尻餅をついた。
「ふぎゃっ」
そこに倒れていたアイシャさんをうっかり踏んで、死ぬほど苦しいところに追い打ちをかけてしまった。
「契約の内容も少し書き換えたわ。この子が私から離れていられるのは、二週間。それを過ぎたら、契約違反で死ぬわよ」
また死ぬとかそういうあれか!
でも美女の胸に顔を埋めて脱童貞(※と同等であると俺が規定する行為)をし、さらにその上を行く美女とのファーストキスも体験できた。もうとくに思い残す事はない。
「この子が死ぬのが嫌だったら、二週間以内に私のところへいらっしゃい。いいわねル――」
言い終わらぬうちに、ガイオーガの手が背後からドラゴニアの首を掴んでいた。
「…………グォオオオオ!!!!!」
ベキベキッ!
イヤぁ~な音をたてて、ドラゴニアの首がぼとりと落ちた。
床を転がり、まだ倒れたままのアイシャさんと目が合う。
「ひっ!?」
ドラゴニアはまだ生きていた。
「ふふふ、久しぶりにルルとおしゃべりしてて、少し油断してしまったわね。でももう用事は済んだわ」
首だけになってもまだ気品が漂っている。
すげーなエンシェント・ドラゴン!
「いいわね、ルル。ちゃんと来ないと、そこの漂流者は死ぬわよ。……それから、お腹を出して寝ないように。あなたはいつも寝相が悪くて、そのせいで風邪を……」
話の途中からドラゴニアの頭と体が、サラサラとした塵になって崩れていった。
魔法で遠隔操作されていた仮の体だったのだろう。
全て崩れ去った後、静寂が残された。
「……なんか俺、また死ぬかもしれないみたい?」
その状況に慣れつつある自分が嫌だった。
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