第38話 竜姫

 偽らざる本心を言おう。俺はもう死にたくない。


 とすると、取れる行動は一つ。

 俺は汲くんできたばかりの水を床にぶちまけた。

 すると――床に散らばっていた灰から、突如、人喰い鬼オーガーが出現する!


 グォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!


 灰から再生すると同時に、ガイオーガが雄叫びをあげて美女に襲いかかった。

 不意打ちを受け、美女は座ったまま一歩も動けずガイオーガの強烈な一撃を――素手で受け止めた。


「グムゥッ!?」

「ふふふ、ありがとう。また驚かせてくれて。日に二度もびっくりするなんて、この五百年で一度もなかった事よ」


 涼しい顔でオーガーの爪を受け止めていた美女は、そのままガイオーガを床に叩きつけて組み伏せてしまう。

 衝撃で、キッチンの床板が抜けるかと思った。

 美女は、床に突っ伏するガイオーガを椅子がわりにして腰掛けると、俺に尋ねた。


「ねえ、そこの漂流者。今のはどういう魔法なのかしら?」

「えっと……一度燃やして灰にした後、水を掛けると元に戻る……というタネのない手品みたいな魔法です」


 オーガー族は高い魔法耐性を持つ。

 中でもガイオーガはずば抜けている。ハイエルフの魔法ですら無効化するほどだ。

 そのガイオーガにどのくらい魔法がかかりにくいのか、ルルイェは日々試してみていた。哀れガイオーガは、魔法の実験台にされているわけだ。


 今のもそれで、俺も昔一度実験された事のある魔法だ。

 灰にされたガイオーガを戻そうとしたが、貯水槽が空っぽだったため、俺とアイシャさんは水を汲みに外へ出ていたのだ。


「その魔法に、なんの意味があるの?」

「さぁ……」


 そんなの、作ったヤツに聞いてほしい。

 とりあえず分かった事は、この美女はアイシャさんの魔法が通じず、素手でガイオーガをあっさり組み伏せるバケモノだって事だ。

 もし今、マル秘ポーションがあっても、まったく歯が立たないだろう。


 マジで何者なんだよ、このお姉さん!?


 すると、俺の心の叫びが聞こえたのか、苦しみ喘ぎながらアイシャさんが口を開いた。


「あ……あなたはもしや……竜姫ドラゴニア様……」


 マジでっ!? あの!?


 と驚きたいところだが、こっちの事情に精通していないので驚けない。

 俺がいつも疎外感を感じる瞬間だった。


「最後のエンシェント・ドラゴン……銀竜……ドラゴニア様が、どうしてこんなところに……」


 やっと気付いてもらえて、美女は嬉しそうに微笑んだ。


「古い友人に逢いにきたのよ。隠れてないで出てらっしゃいな、ルル」


 ドラゴニアが呼ぶと、だぶだぶのローブとトンガリ帽子のちんちくりん魔女が、階段から降りて――


「誰だおまえっ!?」


 思わず全力でつっこんでいた。

 バブル時代のボディコンを思わせるぱっつんぱっつんのローブ姿で、ドラゴニアに負けないくらい豊満な肉体を揺らしながら、超エロい美人が降りてきたからだ。


 だが顔に面影がある。あの無表情は……。


「……ルルたんなのか!?」


 二十年後のオトナになったルルイェ。

 って感じの美女だった。


 ルルイェ・オトナバージョンは、キッチンまで降りてくると、緊張気味に言った。


「う…………うっふん」


 あ、やっぱりルルイェだ、間違いない。

 なんていうか、すごいセクシー美女になっているのに残念さがまるで変わってない。

 セクシー表現が「うっふん」な時点でお察しだ。

 ドラゴニアは、じー、とセクシールルを見つめた。


「それ、なんのつもり?」

「セクシー……ダイナマイツ」


 ドラゴニアは真顔でルルイェを睨んだ。

 すると、ルルイェの姿がもわもわとあやふやになって、霧散するように消えていく。

 後に残ったのは、いつものちんちくりん魔女だった。


「ドラゴンの瞳に幻術は通じないわ。忘れたの?」

「……」


 覚えていた。それでも見栄を張りたかった。

 ルルイェの気持ちを代弁するならそんなところか。

 ドラゴニアは、本来の姿に戻ったルルイェを眺める。


「あなた……千年前から身長が一ミリも伸びていないのねプークスクス」

「……ぐぬぬ」


 すごく悔しい。今すぐ愛用の杖で、あの憎たらしいバカにした笑い顔を殴ってやりたい!

 ルルイェの気持ちを代弁するならブォンッ!

 杖が空を切った。

 俺が気持ちを代弁する前にそれを実行に移した形だが、ガイオーガの攻撃が通じない相手に、杖で殴りかかったところでかわされるだけだった。


「うふふ、あはははは、目に涙浮かべちゃって、泣いちゃうくらい悔しいの? ねえ今どんな気持ち? どんな気持ち~?」


 ブォンッ! ブォンッ!


 ルルイェは杖をフルスイングするが、かすりもしない。

 そのうち息が上がってきた。


「はぁ、はぁ、ドラちゃん……なにしにきたの?」

「あら、来ちゃ悪い? 私たち友達じゃないの」

「ルルたんに友達なんていたのか!?」


 驚愕のあまり口を挟んでしまった。


「幼なじみなのよね~」


 ドラゴニアが嬉しそうに言うが、ルルイェの様子を見る限りそんな親しげな関係には見えない。まだブンブン杖を振り回しているし。


「ねえルル、どうして森を出たの? ヒキコモリのくせに」

「ハンバーグが……食べたいから」

「なぁに、それ?」

「ごはん。タケタケが作れるって」

「ふぅん……」


 ドラゴニアが俺に流し目を送る。

 その目にわずかな険がこもっているように感じるのは、俺がびびっているせいだろうか。

 正直言って、いつオシッコちびっても不思議じゃない状況だが、胸の谷間がマーベラスで視線を逸らす事ができない。

 これは、ドラゴンの持つ魅了効果に違いない。

 そんな俺の熱視線を気にも留めず、ドラゴニアはつぶやいた。


「やっぱりこの漂流者がそうなのね」


 その声には、今度こそはっきりと敵意のような感情が込められていた。

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