第36話 エピローグは、ごはんの後で

「ハッ……!? こ、ここは……俺はいったい……」


 飛び起きると同時に、頭に激痛が走った。

 思わず頭を抱えてうずくまろうとした俺の腹の上に、何かが寝ていた。


「すぅ……すぅ……」


 泣き疲れた様子で寝息をたてる、あどけない女の子。

 桃色をしたほっぺが、まだ少し濡れている。


「ルルたん?」


 俺が声をかけると、ルルイェはぼんやりとまぶたを開いた。


「…………」

「何やってんだよ、こんなところで。っていうか、ここどこだ?」


 俺は異世界へ来て、何度「ここはどこだ?」って言えばいいんだろう。

 と思いながら周囲を見る。

 ふかふかのベッドに、奇妙な調度品の数々。ルルイェの塔の四階の、ベッドの上だった。


「ていうか……あれ? 俺死んだんじゃ……」


 ルルイェがしがみつくように俺によじ登り、頭をぺたぺた触る。


「いてっ、いてて……痛いって!」


 どうやら頭に傷があり、手当してもらったらしい。

 しかし、それ以外、とくに外傷もない。


「……タケタケ」

「なんだ?」


 ぎゅっ。


 ルルイェは、俺の胸に顔をうずめてしまった。


「なんだなんだ、どうしたルルたん!」


 ふるふる。首を振る。


「もしかして、俺が生きてて嬉しい?」

「……」


 しばしの間の後、こくんと頷く。

 そのあまりに素直な反応に、俺は戸惑ってしまう。


「おいおい、なんだよルルたん! もしかして、俺になついてる?」

「……」


 今度は否定も肯定もしない。


「いかん!」

「っ……」

「チョロすぎるぞルルたん! そんな、お菓子くれたからいい人、みたいなチョロさじゃ、外の世界に出たら三秒で騙されるぞ!」

「あわあわ……ど、どうすればいいの?」

「いつも通りルルたんらしく、ふてぶてしくしてればいい」

「わ、わかった!」


 そう言って顔をあげたルルイェは、泣いていた。

 涙をぬぐい、俺から離れようとするが、やっぱり嫌だと、甘えん坊みたいにくっついて離れなかった。

 その様子を、下の階の階段からこっそり覗き見して、くすくす笑っているハイエルフがいた。


「聞きましたよ。タケル殿って、ルルイェ様の奴隷だったのですね。実は全然強くなくて、へなちょこで、ご飯作るしか能がないとか……。それで幼女の奴隷とは、いやはや、うらやましいご身分ですなぁ……ニヤニヤ」

「このロリコンの差別主義者! 自分の性癖に合わせて、最低な妄想をするんじゃないっ!」

「ひっ、ひどいですタケル殿っ! 私はロリコンでも差別主義者でもありません! ただ他の種族はハイエルフより下だという事実を受け入れてて、幼女が好きなだけの真っ当な常識人です!」


 だからそれがロリコンで差別主義者なのだが、それ以外はアイシャさんはいい人なので、大目に見よう。

 俺は、頭以外どこも怪我けがしてないようなので、ルルイェをセミみたいにくっつけたまま、ベッドから起き上がった。


「俺、死んだっぽかったんですが、どうやって助かったんですか? ていうか、アイシャさんも一緒に死んでませんでしたっけ? 幼女とお風呂に入りたいとかいう、最低な辞世じせいの句を聴いた記憶があるんですが」


 もしや、またルルイェの常識外れな魔法で蘇ったのだろうか。


「いえ、死んでいませんよ。タケル殿は死にかけてましたが」

「結界が壊れて……その後の事が思い出せないんですけど」


 走馬燈そうまとうみたいなので、中学時代の甘酸っぱい想い出が蘇っていた気がするが、うろ覚えだ。


「ガイオーガが、私たちを守ってくれたんです」


 そういえば、なんとなくそんな事があった気がする。

 結界が壊れる寸前、ガイオーガが俺とアイシャさんを抱きかかえ……。


「ですが、飛んできた石が、たまたま頭に当たって、それでタケル殿だけ死にかかっていたわけです」

「……よかった。そんな死に方しなくて」


 せっかくカッコよく散ろうとしてたのに、石に当たって死にましたじゃダサすぎる。

 ほんとよかった。


「ん? じゃあ、ガイオーガは?」


 まさか、俺たちをかばって死んだとかじゃ。


「生きてますよ。ぴんぴんしてます。さすがオーガー族の勇者ですね。今、食べられる野草をみに行ってくれてます。あの方、ベジタリアンなんですね、気が合いそうです」


 俺はルルイェを抱っこしたまま、下へ降りていった。




 二階のキッチンでは、アイシャさんが食事の用意をしている途中だったようだ。

 食卓には、なんか見覚えのある姫騎士と、その従者の老騎士がいた。


「ライリス! ボスコン! あんたら、まだいたのかっ!?」

「帰るに帰れず、しばらくご厄介になろうかと」

「そなたらが、イルファーレンをむちゃくちゃにしてしまったせいじゃ」

「俺らのせいにするな! あんたらの身内がしでかした事だろう!」


 窓の外を見ると、どうやら塔は、沈黙の森へ帰ってきたらしい。


「魔王軍はどうしたんです? まさか、イルファーレンを制圧したとかじゃ……」

「安心するがよい。魔女の魔法の威力を見て、逃げていったぞ」


 まあ、あんなの見せられればなぁ。

 そこへ、ガイオーガが戻ってきた。


「野草、摘ンデキタ。コノ森、イイ野草ガアル」

「ご苦労様です。もうすぐご飯ができますから。野菜中心のエルフ料理ですよ」

「……そんなマズそうなのやだ。お肉食べたい」


 俺に抱っこされたまま、ルルイェがワガママを言う。


「野菜食べないと大きくなれないぞ?」

「……別にいい」


 さすが千年のヒキコモリ。向上心がまるでない。

 なんだか分からないが、いつの間にやら大所帯になった台所で、にぎやかな食事が始まった。




「そういや、ルルたん。力はどうしたんだ? なくしちまったのか?」

「?」

「あのぼくっ子魔女が言ってただろ、世界の趨勢すうせいに干渉したらうんちゃらって」

「……」


 アイシャさんが作ったサラダをマズそうに食べながら、ルルイェが首をかしげた。


「なにそれ美味しいの、って顔だな……。そのせいでおまえは沈黙の魔女って呼ばれるようになったんだろ?」

「さぁ」

「さぁ、って自分の事だろう!」

「あれは、あの人が言ってただけ」

「え? じゃあ、おまえの禁忌きんきは違うのか?」


 こくん。肯定。


「ニンジンを食べちゃいけない」

「嘘つけ、食った事あるだろ!」

「……ちっ」

「じゃあなんであいつは、あんな勘違いしてたんだよ」

「さぁ」


 もしかすると、ルルイェが千年引きこもっていた理由をあいつなりに分析し、導き出した答えだったんじゃないだろうか。

 だって、普通に考えて、ルルイェほどの力を持っていながら、それを使わず引きこもるなんてありえないだろう。

 それに、勘違いしていたのは、あいつだけじゃない。

 イルファーレンの連中や魔王軍、ハイエルフたちも、ルルイェに対して、似たような勘違いをしているようだった。


「……ルルたんの伝説級のヒキコモリのせいで、世界中が振り回されてたんだなぁ」


 俺はしみじみとつぶやきながら、テーブルに着いたメンツを見渡す。

 ハイエルフ、オーガーの勇者、大国の姫と従者、そして沈黙の魔女。


「考えようによっちゃ、三つの願いが叶ってるんじゃないか、これ」

「なんですか、それ?」


 アイシャさんが無邪気に尋ねる。


「いやね、俺、こっちに来る時、詐欺に引っかかって、願望を三つ書けって言われたんですよ」

「ふむふむ」

「一つ目は、『チート能力』」


 と、俺はルルイェを見る。

 こいつは正真正銘のチート能力の持ち主だ。まるで有効活用できてないが。


「二つ目が、『勇者の肩書き』」


 もしゃもしゃと、野菜を美味そうに食っているベジタリアンのオーガーを見る。

 名実ともに勇者の称号を持つ者だ。


「三つ目はなんですか?」


 もぐもぐとご機嫌にサラダを咀嚼そしゃくしながら、アイシャさんが尋ねる。


「『ハーレム展開』」


 と、俺は無防備にさらされたアイシャさんの胸の谷間を見つめた。


「……」


 アイシャさんが、じろりと俺を睨んだ。

 慌ててオッパイから目を逸らす俺に、アイシャさんが言った。


「実は私、ルルイェ様とタケル殿に、里を救っていただいたお礼の品を届けに来たんですよ」

「ああ、そういやそんな話ありましたね」


 あの時は、挨拶もせずルルイェの出したゲートで帰ってしまったので、受け取ってなかった。


「ルルたんのは本でしたっけ。俺にも何かもらえるんです?」

「ええ、私です」

「はぁ。……え?」

「タケル殿の私を見る目が、尋常じゃなくいやらしいと里で評判になっていまして、それならばと。本来、報酬に若い娘を与えるような野蛮な風習はハイエルフにはありませんが、タケル殿は救世主ですから」

「いいんですか、それで??」

「まあ、エイラたんと逢えなくなるのは寂しいですが、タケル殿の妻になれば、ルルイェ様のお傍にいられますから」


 この人、実は里で厄介者だったんじゃないだろうか。

 主にロリコン的な方面で。

 だから、ていよく追い出されたんじゃ……。


「ですから、ハーレムなんて許しませんよ?」

「……でもアイシャさんは、幼女が好きなんですよね? いいんですか、嫁になっても?」

「幼女は別腹です」


 何言ってるんですか? って顔された。

 俺の嫁とか言って、それ、性癖を隠すためのカモフラージュにする気だろう。


「……すごいパーティですな」


 俺たちのやりとりを、黙って聞いていた老騎士ボスコンが、ぽつりと漏らした。


「ハイエルフにオーガーの勇者、そして沈黙の魔女。大国の軍事力をも凌駕するほどの戦力ですぞ。いっそ、世界征服でも目論んでみてはいかがかな?」


 畏怖いふの念を抱きながらも、ボスコンは冗談としてそれを口にした。

 俺は乗った。


「いいね、それ」


 即座にルルイェが答える。


「? そんな面倒な事、やりたくない」

「いいか、ルルたん。世界中の美味い物を食い尽くすのだって、立派な世界征服なんだぞ。それとも、この先ずっと、アイシャさんの作るマズい葉っぱ料理ばかりでいいのか?」

「……すぐやろう」

「えー、美味しいじゃないですかサラダ。ねー?」

「ウム」


 ハイエルフとオーガーが、仲良く野菜を食っている。

 葉っぱ料理に不満なのは主に、ルルイェとライリス姫のおこちゃま二人だった。


「まずは手始めに、香辛料を手に入れよう。なぜなら、ハンバーグを作るのに必要だからだ!」

「ハンバーグ! ……それ美味しい?」

「挽肉をこねて焼いた料理だ。超美味いぞ」

「お肉!」

「では、南じゃな。香辛料は南からやってくる」


 肉に反応したライリス姫が言う。

 なにやら話がまとまってしまった。


「よし、じゃあ南に進路を取ろう!」


 こくこくこくこく。

 家主であるルルイェの最大同意が得られ、俺たちを乗せた塔は沈黙の森を離れ、南へと歩き出すのだった。




 こうして、千年の沈黙を破り、動きはじめた魔女ルルイェ。

 この先彼女は、世界の趨勢すうせいを決する戦いへと巻き込まれていく事となる。


 世界征服を目論む魔王軍。

 人間世界の最大勢力、リーン王国。

 そして、大きな流れの淀みに身を潜め、密かに計画をくわだてる者たち……。


 魔女と奴隷と、その仲間たち一行は、戦乱のちまたをゆく。

 まだ見ぬ、美味しいごはんを求めて。




   異世界奴隷と千年の魔女 第一部 完

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