時計仕掛け

崇拝者

第1話 片山 ミカ

 4月12日午前10時24分。宮市町在住の御年74歳になる米山 幸三が自身の携帯から110番通報があった。米山は酷く混乱した様子でたどたどしくも事態を告げる「片山古時計の店主が殺された」

 通報を受け、町の警官が現場に到着したのが通報から3分後。県警から刑事が到着したのは更に遅れて20分後のことであった。現場の片山古時計は既に警官達により保護され、黄色い保護テープと警官による境界線に沿って周辺住民による野次馬の人垣が形成されていた。黒い覆面パトカーから降りてきた二人の刑事のうち、白髪の混ざった強面に額の痣が特徴的な初老の男性が、大きくため息を吐いた後人垣を押し分け境界線へと進む。その所作から慣れのようなものが見て取れるに、熟練の刑事なのだと分かるだろう。少し遅れるように初老の刑事の後を追うのは、まだ歳の頃20代前半だろう、整った顔立ちに緊張感が張り付いた青年。新米刑事を絵に描いたようだが、その眼は今回の事件の犯人を許さないという決意が見て取れた。

「県警捜査一課、町田 源吉巡査長だ。」

「同じく、久留米 真人巡査です!」

 人垣を抑えている警官に警察手帳を見せつつ、二人が自己紹介をすると警官は敬礼で答え、「こちらです」と住宅街にひっそりと建つ、西洋風の凝った外観が歴史を感じさせる片山古時計店内へと案内される。現場は酷く荒らされており、強盗が入ったように物が到るところに散乱していた。その奥で、店主の片山 はじめ被害者が倒れている。二人は合唱すると片山被害者をじっくりと観察し始める。まず口を開いたのは町田である。

「ただの強盗殺人じゃねえな…。」

「頭部にある銃痕。これが死因でしょうか?」

「分からんが、少なくともチャカなんぞ持っているような輩が起こした事件となると、随分と物騒な話だ。…しかも見てみろ。仏さんには他に大した傷がない……狙って当てたんだろうよ。」

 警察として、拳銃を持つ久留米にもその難度は語るに及ばず。止まった的に当てる訓練でも四苦八苦する警官が何人もいるのだ、動く人間に当てるなど並大抵のことじゃない。

「被害者を拘束してから、口止めとして殺害した可能性はないんでしょうか?」

「よく見てみぃ、拘束されてたんなら跡があるはずだが…あるのは腕の青く腫れた打撲痕だけ。おそらくだが、犯人と争った際に出来たものだろう。それにこの荒れようを見るに、犯人は何かを探していた。何を探していたかまでは分からんが、もし仏さんが犯人、もしくはその一味に拘束されていたんだとしたら、尋問でもして目当ての物の場所を聞き出して現場をここまで荒らさずに退散していたハズだ。金銭目的という訳でも無さそうだ、レジは荒らされてないし、今お前の足元に転がっている懐中時計、俺の記憶が正しければ時価40万の代物だ。」

「!?ほ、本当ですか!」

 驚き右足を挙げた久留米の額には、冷や汗がたらりと零れる。町田は少し溜め息を溢しつつ、更に続ける。

「金銭目的の犯行なら、レジやそういった価値のある物を適当に盗っていくだろう?が、レジやそういった物には手を付けてない。さて、なら何が目的だったのか…。久留米、お前ならどう調べる?」

「まずは、第一発見者である米山さんから事情聴取するべきだと考えます。同時に、近隣施設や民家に設置してある防犯カメラ映像を提供してもらうよう交渉しつつ、聞き込みを行うべきだと考えます。」

 ふむと、額の痣をポリポリと掻きつつ町田は、倒れたままの片山から視線を外して久留米の眼を真っ直ぐ見つめる。

「そうだな、やれるところからやって行こう。」

 久留米の肩を軽く叩いた町田は、新人ながらも彼の直向きな姿勢を評価していた。今の若者にしては珍しい、斜に構えるでもない馬鹿真面目な性格。そんな彼を、町田はいたく気に入っている。

 なればこそ、自らで判断し彼自身の勘を鍛えたいのだ。

「遅れました!鑑識です!」

 二人が、さて店の外に出て捜査を始めようかとしたとき、青い制服と左腕の腕章、童顔に青縁メガネ、顔のわりにガタイの良い大きな体が特徴の青年がやって来る。

「ん、宮田一人か?飯沼はどうした?」

 左胸に掛けられたネームプレートには、宮田 幸紀という名前。鑑識課の若手である彼に、怪訝とした顔で町田が訊ねる。

「ここにいるよ。あーあーあー…随分と荒らされてまぁ、こりゃ骨が折れるなぁ。」

 宮田の後ろからひょっこりと顔を覗かせる中年の男性。ネームプレートに飯沼 勝臣と記された小太りな男性は、物の散乱した店内を見て辟易とした顔を見せる。

「飯沼さん、宮田さんお疲れ様です!」

 二人の登場に、久留米は敬礼で答えるのを、二人も敬礼して返す。

「で、マルガイ(被害者)は……おいおい、銃殺かいな?」

 店内に入った飯沼の言葉に宮田がギョッとしたのを尻目に、他の鑑識官がゾロゾロと侵入するよりも先に、店の外へと出る二人。

 さて、と口を開いたのは町田の方である。

「俺は野次馬の人達から情報を集める。お前に第一発見者の事情聴取を頼みたい。できるな?」

「はい!任せてください!」

 即答と真っ直ぐ視線を返す久留米に、町田はニヤリと笑うと、彼の胸に自身の右拳を軽くぶつけ

「おう、頼んだ。」

 そう短く激励すれば、彼はリードの外れた犬のように走り出す。近くにいた警察官の元に直行し、米山をどこで保護しているのか訊ねる。すると近くに停まっていた一台の救急車へと案内される。酷く混乱しているらしい米山を落ち着かせる為に、中で駆けつけた救急隊と休んでいるらしい。

 車外で待機している一人の救急隊に久留米は声を掛けると、簡単にだが米山の状態を説明してくれた。

「突発的なストレス障害に近い症状を見せています。被害者の方とはご友人であったらしく、そのショックを呑み込み切れていないご様子で、過度なストレスや刺激は良くないと思われます。」

「分かりました。少しお話しすることも難しいでしょうか?」

「いえ、むしろ自分で話す行為が、米山さん自身の情報の整理にもなるでしょうし短い時間でした大丈夫なハズです。無理と判断したら我々の方から待ったを掛けますので。」

「感謝します。」

 短い会話を終えて、久留米はいざ車内へと案内される。奥に救急隊が一人と手前に老人が座り込んでいた。意気消沈を絵に書いたような項垂れ方を見せる白髪の老人こそが、米山 幸三である。

「米山さん、お辛いところ失礼いたします。県警捜査一課の久留米 真人と申します、少しの時間、お話を伺えないでしょうか?」

 ピクリと反応した米山は、ゆっくりと目線を上げる。

「ワシらのな……ワシらの歳になるとな。」

 ポツポツと語り出す彼は、すがるような眼を久留米に向けていた。

「友人が先立つなんて多いもんだ。ワシも片山も、そりゃ沢山の葬式に出て焼香を挙げてきた。病気や事故で皆居なくなっちまった。……でもなぁ、アイツはついこの間まで元気にしておったんだ。毎年毎年点検に出しておった、ワシがじい様の代から形見として受け継いだ懐中電灯が仕上がったって電話貰って、朝の開店と同時に出向こうとしたら戸が閉まっておって、開けたらあの有り様だ……。アイツは良いやつだった。誠実で、真面目で、仕事馬鹿な面もあったが、決して殺されて良い人間なんかじゃなかった……!」

 米山の噛み締めるような言葉、哀愁と怒りが入り交じった悲痛な物だった。握りしめている懐中時計が、米山が言っていた形見の時計なのだろう。図らずしも、友の形見にもなってしまった彼の心境など、推して量れるものではないだろう。

 悲痛な彼を前にして、正義感の強い久留米が燃え上がらない訳がない。だが同時に、冷静な自分が暴走しそうになる自らを押さえ付ける。情報を聞き逃さないように、不審点を見落とさないようにあくまで平静に聴取をするのだ。

 久留米は、懐中時計を握り締めた米山の左手に、自身の右手を重ねる。

「任せてください米山さん。私達が必ず、必ず犯人を見つけ出します。だから教えて下さい。片山さんの話を少しずつでも良いので。」

 平静は保ったまま、心の奥でメラメラと燃え上がる炎に薪をくべる彼は、片山の無念を、米山の辛さを晴らすためにその決意を決める。意志は瞳を通して米山にまで届いたのもしれない。ハッキリとした口取りで彼は久留米の質問に答えていく。一つ一つ思い出を解していくように、彼は片山のことを語っていった。




───────────




「特に、争いがあったなんて話はないか…。」

 二冊のメモ帳を覗きつつ、互いに聞き込みした情報を照らし合わせる町田は、ポリポリと痣を掻く。

「米山さんが42の頃に宮市町にやって来て、片山古時計を開業。元々時計が好きだった米山さんは片山さんの店に立ち寄った頃からの付き合いだそうですが、それ以前の事は詳しくは分からないそうです。家族構成も、娘がいる『らしい』ということしか分からず仕舞いでしたね。」

 自身のデスクに向き合い、二軒の住宅から提供してもらった防犯カメラ映像を調べている久留米も答える。聞き込みをして分かったことは、片山という人物は、自分自身のことを多く語る類いではなかったということだ。そもそも、片山の下の名前を知る人物も米山以外に居なかった。人付き合いは良いが、秘密にしていることも多い人物。というのが久留米と町田の見解である。そしてこれは、怪しい人物、何か後ろめたいことがある人物にもよくある特徴なのだと、二人は気がついている。

「あ、これですね。」

 不意に久留米が、ディスプレイで早回ししていた画面を止める。町田もその言葉に反応して彼の画面を覗き込むと、黒いハイエースが片山古時計の前に停まっていた。カメラは丁度、事件現場の左向かいの住宅であったため、映像も比較的見易い。街頭が少ないため映像に粗があるが十分に区別できるレベルである。

「……ナンバーは判別できるな。照合は?」

「………ダメですね、未登録のナンバーです。交通局に送って周辺のカメラに同じ車が映ってないか確認してもらいます。」

 また、痣を掻く町田。考えるときの彼の癖だ。何か、焦臭いモノを覚えているのだ。

「あ。」

「どうした?」

 不意に、久留米が何かに気が付いたように動きが停まる。その表情には明確な焦りが見えた。

「娘… マルヒ(被疑者)達の目的が、金品でなく何か1つの物で、事件現場で見つかっていないのだとしたら……奴等はマルガイの娘を狙うんじゃ?」

「……そうだな。だが、その娘ってのは実在するのか?」

 町田の言葉に、彼は黙り混む。

 娘がいる。その情報は大きく、いの一番に、町役場に片山の住民票から近親者の照会をしてもらったが、不思議なことに近親者の欄は空欄となっていた。つまり、書類上は娘は存在していないことになる。

「そもそも、コイツの経歴がわからねぇ32年よりも前はどこで何をしていたんだ?何処から越してきたのかも、なんの仕事をしていたのかも分からねぇ。んで、米山の証言によれば初めて会ったときは、おかしな訛り方をしてたらしいな。」

「はい、どこか片言で違和感があったからよく覚えていたそうです。」

「……怪しいなぁ…。おい、一回現場戻るぞ。そろそろ鑑識の奴等も仕事は終わってるだろ。」

「え!今からだと日が暮れますよ!?それよりも娘さんの保護の方が…。」

「馬鹿野郎、それはもう他の奴等が必死に調べてるだろうが。信頼して役割分担するのもデカの腕だ、行くぞ!」

「はっ、ハイ!」

 久留米は慌ててデスクトップを閉じ、町田を追いかけるも、彼は既に部屋を出ている。遅くとも日暮れまでには設置されるだろう、ならばこそ二人も、それまでに出来る限りの情報を集めるべくひた走るのだ。

「でも、一体何を調べに行くんですか?現場の遺留品なんかは飯沼さんたちがもう回収してると思うんですが。」

 廊下を足早に通る町田の背中を、駆け足で追い付いた彼の問い掛けに、チラリと横目で視線を合わせながら答える。

「なんだ……俺の勘が今、現場に戻るべきだって言ってやがるんだ……前時代的で馬鹿馬鹿しいって思うか?」

 ふっ、と自嘲を含んだ笑いを溢す。だが久留米は、そんな町田を真っ直ぐと見つめ、迷うことなく即答する。

「いえ!町田さんの勘なら、俺は付き合います!」

 町田の忠犬。そう揶揄されることもある久留米だが、それは彼が心の底から町田を信頼している証でもある。危なっかしくも思う反面、やはりそこまでの信頼を預けられるというのは、町田としても嬉しく感じてしまうものだ。そんなことを悟られまいと、眉間にシワを寄せ難しい顔を作ると、

「お前自身でも考えて判断しろよ?」

「ハイ!」

 相変わらず、真っ直ぐに答えやがる。

 口を出そうになった言葉を呑み込み、急ぐぞと歩調を早める。久留米はそれを同じ歩調で並んで歩くのだ。





─────────




「お待ちしてましたよ、お二人とも?」

 日が傾き始め、夕暮れに染まり掛けた宮市町の片山古時計店内は、先程の荒れ様はなく、整理された店内にカチカチと歯車仕掛けの大時計が時を刻んでいる。

 それはまるで、先日までの平穏だった片山古時計の店内であった。レジ机の上に腰掛けた齢17、8といった頃の少女が、唖然とした二人に声を投げ掛ける。金色の長髪は腰まで伸びて、彼女左目を隠している。髪の隙間から黒い眼帯が見え隠れして左目を覆っているようだ。ピンセットで止められた右側からは、白い肌と藍色の瞳が際立つ可愛らしさの残る顔が、歳に似合わない不適な笑みを浮かべている。服装は白の中袖シャツに、上から赤いブランケットコートを袖を通さず羽織っている・下は深いスリットの入った黒いロングスカートとホットパンツを合体させたような、特徴的なパンツを着こなした正に若者といった服装をしていた。

「初めまして、私は片山 ミカ。片山時計塔の店主、片山 はじめいいえ、トーマス・フレミングの一人娘よ」

 大時計が16時を指し示すなか、少女は怪しげに広角を上げた。



『時計仕掛け《クロッカー・ゲーム》』

第一話 片山 ミカ      つづく

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