占いを、やってみました
早起ハヤネ
第1話 占い
試験が終わった日の夜、久しぶりに
その帰り、高窓は偶然街頭に占い師を見かけ、興味を持った。占い師は彼に生年月日等をたずねるとタロットカードを並べ、カードをめくった。
いろんなデザインのカードがあったが、そのカードにどんな意味があるのか、たとえば同じカードで正位置と逆位置では意味が違うとか、二人とも程度の知識しかなかった。
「我慢の年になります。ゲームのやりすぎには注意が必要です。あなたにとってゲームは不幸を呼びます。逆にゲームを我慢していれば、新しく挑戦すべきことに出会えるでしょう。そしてそれはあなたにとって一生の宝物になりますが中途半端にしていてはそのことが不幸を呼び寄せます。一生懸命やって下さい。全般的には良いも悪いもなく、ただハメを外さないには注意して下さい。あなたには少しはしゃぎすぎて幸運を逃してしまう傾向があるようです。我慢していれば十一月にはいい出会いがあるでしょう」
高窓の占い結果だった。彼はニヤけた。「十一月にいい出会いだって。十一月といえばクリスマス間近。まさか俺にカノジョができたりして…」
「それです。あなたはそれがいけません。調子に乗りすぎるとせっかくの運気が逃げて行ってしまいます。十一月の出会いは恋人とは限りません」
「おい天野。オマエも占ってもらったら?」
「オレはいいよ。占いしてもらってもいい結果なんか出ないし」
「モノは試しだって」
「おおッ」
占い師がいきなり大声を発した。客の申し出も聞かずにすでに一人でタロットカードを展開している。
「そこのお友達もやってみましょう。久しぶりに見ました。悪い結果にはならないと思います」
「本当ですか?」
七曲は不審に思っている。だいたいこの手のいわくありげなもので良い結果だったことやツキに恵まれたことが人生で一度もなかった。高窓がしつこいので仕方なく生年月日を告げてやってみることにした。
「やはり…おおお」
占い師はタロットを広げるやいなや大げさな驚き方をした。
どうせこの世でこんな人がいるのかというほど不運すぎてびっくりしているのだろう。
「久しぶりに見ました。このような幸運な持ち主。あなたから後光が見えます。あなたはツイています。あなたの身の回りにいる人々、そういった方々にも幸運を分けてあげられるほどに。もしくはあなたのそばにいるだけで幸運になる人続出です。これは十八年に一度の絶頂期です。このチャンスを逃してはいけません。学業、スポーツ、何事にも積極的にチャレンジして、さらに幸運を呼び込みましょう。呼び込めた幸運は次の年にもつながっていきます。ただし、幸運は不運の裏返しです。あまり浮かれたり感情的になったりすると幸運は幸運の持ち主に対して厳しい評価を下すものですから、そこはご注意下さい。とくに負の感情はコントロールするようにしましょう。喜びは体現してもけっこうです。むしろ爆発させるくらい大げさな方がさらに喜びを呼び込めることでしょう」
「マジ…?」
疑わしげに高窓を見た。
「おい、やってよかったなあ」
「信じられない…」
占いをしてもらってからというもの、天野はスマゲーでガチャをやるとそのほとんどでレアカードを引き当て、友達からもガチャを引く時だけオマエがやってくれと頼まれるほどになった。ネットで抽選に応募したら、金券一万円分が当たった。高窓に頼まれて一緒に人気アイドルグループ『カレードスコープ』のライブに行ってサイリウムを力強く振っていたら、天城イオナちゃんという二列目右端の子と目が合った。カレードスコープというのは、万華鏡のように一人一人が違った個性で輝くという意味があるらしい。目が合った話をしたら高窓にうらやましがられた。彼の推しメンなのである。
しかも、そのライブ後、隣のクラスの
「アイドルのどういうところが好きなの?」彼女に聞かれた。
「う〜ん、オトナの事情に翻弄されて涙を流されながらもたくましく成長していく姿かな」
「オトナの事情に翻弄されて…どんなところが?」
「アイドルってフツーの女の子が成長していく姿に胸を打たれるものでしょ?」
「そうだね」
「でも結局、そういう姿もオトナの事情ですでにレールを敷かれているものなんだよ多分。過程もシナリオになってる。涙も織り込み済み。ていうか泣かせようとしている。そして行き着く先はすでに決まってる。だけど彼女たちはみんなで協力しあって盛り上げて一生懸命やってるんだよね。その姿には胸を打たれるよね」
「へえ、そこまで考えたこともなかった。スゴイね!」
学校で隣のクラスの女子と親しげに話していたら冷やかされると思ったので、下校後や休日にちょくちょく会うようになった。今年は受験生なので頻繁に会うことはできないが、同じ大学をめざしていることもわかり、合格したらもっとデートしようねという話になった。
これまでの人生で天野はおみくじで一度も吉の類を引いたことがなかったし、近所の福引のガラガラでも外れしか当たったことがなかった。
小学生の時、何人もの友人とぞろぞろ歩いている時に、自分だけカラスにフンをひっかけられたこともあるし、買ったばかりの服を着て歩いていたら自動車に水を浴びせられたこともある。買ったばかりといえば、初めてスマホを手にしたその日に電源がつかないという不良品に当たったこともある。サイフを落としたこともあるし、小学生の時にはみんなで万引きしたのにマヌケにも自分だけ捕まったこともあったし、もっとも最新の不幸だと模試の時に氏名を書き忘れて0点だった。
不幸だの不運だのツイてないなど挙げれば枚挙にいとまがない。ラッキーと思ったことは一度も経験がない。ラッキーとはどういう感情なのか。幸せとはなんなのか。
だから今でも占い師に言われ、実際にこうしてツイている状況になったことが信じられなかった。天野は運気を上げるものならなんでも挑戦した。両親に不審に思われながらも玄関に塩をまき、ドライフラワーを撤去し、掃除整理し、右側に八角形の鏡を置き、玄関マットを新調し、観葉植物も置き、自分の部屋にも盛り塩をしたし、神社には一週間に一度必ず参拝に出かけた。
初めてのファーストキスをした時は舞い上がった。別の人間と入れ替わったとしか思えなかった。ラッキーとか幸せの手応えを感じた。幸せとか喜びとはもっと形のあるはっきりした感覚なのだと思っていたのだが、手が震え全身が緊張し震撼するほどのむしろ恐ろしい刺激的な感覚だった。恋愛中に起こるすべてのことは初めて尽くしのイベントだった。占い師は自分に近い人々にも幸せを分けてあげられる後光のようなものが見えると言っていたので、彼女も幸せにちがいない。逆にイケ好かないヤツは遠ざけた。近づかないようにした。近づいてきたら磁石から逃げる砂鉄のようにそそくさとその場を離れた。
受験生ともなると模試がたくさんあった。最新の模試ではさすがに氏名を書き忘れるイージーミスはおかさなかったものの、第一志望の大学の結果は、C判定だった。これには天野は落ち込んだ。ついにオレのツキも期限切れか、と。早かったなぁ。ファーストキスで浮かれたのがまずかったのかもしれない。
「そのことはツキとはカンケーねーだろ」高窓が言った。「そいつはオマエの勉強不足というか勉強不足というか勉強不足だろ。勉強不足の三乗。隣のクラスの子と付き合ってるらしいな」
「勉強はちゃんとしてるつもりだよ」
「そしたらやり方がワリィんだな」
「世界史Bが足を引っ張ってるんだ。全然カタカナが覚えられない」
「歴史はただ丸暗記すりゃいいってもんじゃねーんだ。流れだよ。歴史は流れが大事なんだ。バラバラに固有名詞を覚えても忘れていくだけだろ。歴史の流れをちゃんと覚えて、事件と関連付けられるようにしなきゃな」
「マジメに答えてくれてありがとう」
昼休み図書室で勉強していたら、幹さんがやってきた。
「あれ、天野くんも勉強してたの?」
「ああこんにちは」
「そっか。私も勉強しようと思ってんだ。隣いい?」
「いいよ」
「ところで模試の結果、感動したわ。A判定だったの!」
「おめでとう」天野は棒読みに祝福した。
「天野くんはどうだった?」
「オレはCだよ。C判定」
「え、そうなの?」
「そうだよ。君はA判定でよかったね」
天野はふきげんになった。彼女は無神経すぎるし、はしゃぎすぎた。自分が良かったからといって相手の結果も知らずにA判定と喜ぶのは配慮や節度に欠けるのではないか。
「でも大丈夫だよ。まだ模試はあるし。今もこうやって勉強しているし。なにか苦手な科目とかある? もしなんだったら、私が教えてあげても…」
「うるさい」天野は小声で鋭く告げた。「オレと君とでは勉強の仕方が違うんだ。他人のやり方を教えてもらってもオレに合うとは限らないし、何より屈辱だ」
「屈辱…?」
幹はまゆにしわが寄り、目からは輝きが消え、明らかに傷ついた顔をしていたが、天野には彼女への罵倒が止められなかった。
「それに、オレに勉強なんか教えていたらせっかくのA判定が消えちゃうかもしれないよ。なにせオレは中間、期末テストではそれなりにいい得点を取れるけど模試になった途端に得点の落ちる応用の効かない頭ザル野郎なんだからなあ」
「なんでそういう自分を卑下するようなこと言うの?」
「卑下するに値する人間だからだ」
天野はもう破れかぶれになっていた。
幹は涙目になり図書室から出て行った。
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