107話:5章 切り札
◇◆◇◆◇
リッチによって放たれた光矢。
その炎の弾丸は一直線に目標に向かって飛来する……つまり、起動した本人へと。
「なにっ!?」
必殺の威力を込めたそれを、かろうじて躱すリッチ。
うちはそれを見てニヤリと笑みを浮かべた。まあ、ちぃとばかし業腹ではあったけどな。
その隙に左手でポーチを探り、丸薬を手に取る。
「今のは……?」
疑惑を頭に浮かべながらも、隙だらけのウチに攻撃を加えるべく、炎弾や光矢を続けざまに展開。
その術式の一つ一つを神才のギフトが解説してくれる。
対応してウチも術式を起動――成功。
「ぬぉっ!」
リッチの展開した魔術の
これも成功。訓練に付き合ってくれたユーリちゃんに感謝やな。
「これは……貴様の仕業か!」
「せや」
「バカな……展開途中の術式に干渉するなぞ……ありえん!」
「ま、普通はそう思うやろな」
『視線』は外さず、手に取った丸薬を口に放り込む。
この『技』は、一瞬の瞬きも許されへん。
「でもな、それを可能とするのが神才のギフトや」
あらゆる術式を理解し、あらゆる術の適性を保持し、成長すらも魔術の仕様に最適化させるギフト。
これは普通に使うなら、ユーリちゃんのように正統派に使った方が強い。
せやけど、ウチはそのギフトによって育った、魔術の達人を敵に廻す可能性があった。
だからこの、『対魔術師専門』の戦闘法を考案してたんや。
「もっとも使える様になったんは、お前らにコテンパンにやられた後やったけどな?」
「神才だと……そのギフトを持っていてあの稚拙な術式、まさか我を嵌めたと言うのか?」
骸骨の顔やからわからんけど、驚愕の表情ってヤツやろかね?
「いやいや、ウチの魔術が雑なんは本当やで? ただし、ギフトの真っ当な使用法から大きく外れてるだけで」
魔法陣はあらゆる魔術の発動前に展開される。それはいわば、術の設計図や。
込められた魔力、術の属性、使用目的、対象、数、距離、形状、範囲……あらゆる効果が、仕様がそこに載っとる。
そこに干渉して、術式を追記したら?
対象を標的から術者に変えるだけでも、さっきみたいに飛来する方向が変わる。
拡大する数をゼロに変更すれば、顕現すらしない。
そもそも術式を無効化するよう、陣を壊してしまえば、起動すらしない。
元々、魔法陣というのはカスタマイズが可能なものだ。
応用力の無い術者だと、いくつかの改造した陣を丸覚えすることで補ったりしてる。
ウチもそれほど器用な方じゃないけど、神才がそれを補ってくれる。
後は起動するまでに、展開された式を書き換えてしまえばいい。
どこを弄ればいいのか?
どこを書き換えれば壊れるのか?
どう書き換えれば自分の思い通りに操作できるのか?
もっとも展開されるのは一秒にも満たないので、普通はそこまで見切ることは普通はできへん。
しかし、魔術の神才が有れば、それは可能となる。
「有り得ん……有り得ん! 有りえん! ありえん! そのようなこと!? 魔術の神才だぞ! あらゆる魔術の適性を保持する、垂涎のギフト! まさに神の贈物! それを魔術師に対する為だけに使うだと!?」
「魔術師のお前さんにとっては、こんな使い方はムカつくやろなぁ。せやけどそれはこっちも同じやで」
噛み砕いた丸薬――エリクサーの効果が現れ、千切れた右腕が再生される。
瞬きする間に、逆再生の映像でも見るかの様に骨が、肉が、皮膚が生え、再生される。
「うっわ、お肌ツルツルやん」
「ムカつく? そうであろうとも……魔術師であれば誰もが羨み、嫉妬し、狂気にすら陥らせるギフトだからな!」
「ちゃうちゃう、ウチが言うとんのはそんなんちゃうで。この『技』はな? ユーリちゃんに使お思ててん」
対彼女用の切り札として。
魔王については、前から知っとった。通常の魔術では何の役にも立たんことを。
ユーリちゃんについても知っとった。彼女が酷い目に遭って、それでも立ち直って魔術の達人になっとったことを。
その責任の一端は、
魔王には術は通用せぇへん。そして魔術の達人を相手にせなあかんかも知れん。
せやから、この『技』を生み出した。
「これはユーリちゃん用の技や。つまりこれを使わなアカンいうことは、お前を彼女と同等の術者と認めたことになるねん」
せやから、使うことを躊躇っとった。
あれほどの目に遭って、なお歪まなかった、偉大な彼女に。
このサイテーのサイコ野郎に
「肩を並べる? おこがましいわ」
そう言ってハイドラを拾い上げる。
愛剣を手にニヤリと……いや、ニタリと凶暴な笑みを浮かべる。
獲物を狩る、獣の表情や。
「クソ……チクショウが……なんということを、なんという無駄を……我にそのギフトがあれば……許せん!」
「――本性漏れとるで!」
楕円を描くように突進。
直進せぇへんかったんは、途中にある『クトゥグァ』を拾う為や。
地面スレスレを飛行し、視線を外すこと無く、魔剣を回収。
再び双剣になったウチは、一息にリッチの懐に飛び込む。
我を忘れ、怒りに冷静さを失ったリッチは、対応が遅れとる。
「喰らえぇぇ!」
「オノレェェェ!」
飛行と念力の超加速が、武器の威力を大幅に増加させる。
クトゥグァの炎刃はアンデッドのリッチには大きな弱点となる。
その刃を左腕の付け根に叩き込む!
「グオォォォォ!?」
驚いた事に、リッチは左腕を飛ばされながらも、右腕を振り回し、ウチを殴りつけた。
「――魔術師の攻撃法ちゃうやろ!」
まあ、ユーリちゃんもたいがい魔術師離れしてるけどな。
体の軽いウチはその一撃を受け流すことが出来ず、大きく間合いを外す。
「許せん……貴様のような愚物に、なぜ神はその才能を与えたのか……違う……やはり、神は俺が……」
ブツブツとうわ言の様に何事か
「うわ、ドン引きやな」
「ダマレ! やはり今の神を放置するわけには行かん! こうなった以上是が非でも陛下に『神』の階梯を登っていただく!」
「あのアホウが神? それこそありえんわ!」
踏み込む。
展開する。
阻害する。
斬りつける。
続けざまの斬撃と魔術。
距離を取り、距離を詰め、斬りかかり、防ぎ、起動、妨害する。
様々な駆け引きを行い、魔術を使用し、それを防いだ。
「お前こそ、なんであのボケに仕えとるねん!」
「貴様は知るまい、我らが蛮地の者は力こそ全て! そのシンプルな真理を突き詰め、極めた強者こそ陛下なのだ!」
「中身スカスカやろが!」
「それこそが真理だと言った!」
剣と魔術の応酬の合間に、罵倒のような疑問をぶつける。
これほどの術者が、底の浅いあのバカに従う理由が知りたかった。
「貴様の様な愚か者に……神才などという才を与えた神なぞ、信じるに値せんわ!」
「くっ!?」
魔術は通用しない、そう判断したのか闇雲に左腕を振り回し、ウチを攻撃するリッチ。
急激な攻撃法の変化に対応が遅れ、再度魔術の間合いに突き放される。
その時、世界樹が
「く、ははははは! ふははははははは! ついに! ついに陛下が不死になられたか!」
「……わからんで、ウチらの仲間が摘み取ったんかも知れんやろ」
「それこそ有り得んよ。どうやって陛下を止める? あの暴虐の権化を止めることができる!?」
間に合わんかったんやろか?
それにしては……静か過ぎる。
「こうなった以上、我らは神を倒す。世界樹という神樹を倒し、信仰の源を根こそぎ奪い去ってくれるわ!」
「それは別に反対せぇへんねんけどな――」
「その後に不老不死となった陛下を神の座に押し上げ、誤ったこの世界を正してくれる!」
「それがアカン言うとんのや!」
「我に『才』を与えぬ神など、滅べばいい!」
完全に狂っとる……おそらくは術者として、超えられない壁にでもぶち当たった過去があるんやろか。
元々、世界樹というバカでっかい樹は、その治癒力と威容で信仰を集め、今やこの世界の神として祭られている。
世界樹本体が能動的になにかしたわけじゃない。
神として崇められるか? どれだけ信仰を集められるか? それこそが神の第一歩と言える。
「あのアホウを信じるアホウがどこに居るねん!」
「蛮地には腐るほど!」
「腐っとんのはお前の頭だけにせぇ!」
――腐る肉も付いてへんけどな。
再び間合いを詰める。牽制の炎弾の魔術は壊しておく。
懐に入り、ハイドラを使って胴を薙ぎに行く。その一撃は右手によって押さえ込まれた。
息も掛からん程の至近距離で……リッチはその口を大きく開き、ウチに噛み付いて来る。
「魔術師の攻撃ちゃう言うとるやろがっ!」
ウチに魔術が効かん以上、そういう物理的な攻撃に出なアカンのはわからんでもないけど、それはないやろ!
体を捻じって噛み付きを躱す。無理な体勢になって左肩が軋むけど……ここは勝負どころや。
リッチの右側に回りこみ、押さえ込まれたハイドラを、リッチの身体越しにクトゥグァで叩く。
ハイドラの纏う氷を、クトゥグァの熱で、瞬時に蒸発し――
一気に爆発した。
水蒸気爆発。
ユーリちゃんが言うには、そういう現象なんやそうや。
氷剣ハイドラの纏う冷気と氷。それを一気に炎剣クトゥグァが蒸発させることで発生する現象。
本来の魔剣の能力じゃなく、偶発的に発生した物理現象やと言うとった。
リッチともつれ合う様に吹き飛ばされた。
もちろん、爆発のモロに受けたリッチの方がダメージはでかいけど、ウチかってただでは済まんし。
「いっつつつつ……」
霧と靄に包まれた視界がようやく晴れてくる。
体中ズキズキと痛み、火傷だらけや。
「リッチのヤツはどないなった……?」
見渡した先に、ボロ雑巾となった黒い影があった。
手足は千切れ飛び、体の半分は焼け崩れ、すでに人の形すら保持していない。
ウチは痛む身体を引き摺り起こし、トドメを刺すべく、その元へ向かう。
「よう、どないな気分や……?」
「――してやられたわ。二流呼ばわりしたことは詫びよう」
その骸骨の顔も左半分が焼け崩れている。
「頭が冷えた様でなによりやな」
「だが、この勝負は我の勝ちだ。陛下はすでに不死となられた。あの方ならば、いずれ神の座に就くだろう」
「買い被り過ぎやって」
「そうかな? 強大な力、無敵の身体、不死の生命。これを神と呼ばずして、なんと呼ぶ? 後は信仰が集まれば、いくつかの奇跡も起こせよう。この世界樹の様にな」
「……せやな。勝負には負けたわ。やけど、戦には勝たせてもらうで。ユーリちゃんが……あの子が健在な限りは、なにが起きるかわからへん」
悪足掻きかも知れん。
せやけど彼女なら、何とかしてくれるはずや。
なんでか、そう信じられる。
「希望というヤツか? 虫唾が走るな」
「あんたはあの子を知らんからな」
「なんとでも言うがいい。どうせ貴様たちに未来は無い。陛下自らの手で捻り潰されるだろうさ。もしくはクラウディアの手か」
「ウチらは往生際が悪いのが取り得やねん」
「せいぜい、足掻くがいい。先に、涅槃で、待って……おる、ぞ……」
そう言って稀代の術者リッチは灰になった。
ウチは一戦終えて床に腰を下ろす。
そのまま、倒れるように仰向けに寝転がる。もう身体を起こすのも辛いわ。
「エリクサー、
使いどころ、間違ったやろか? でもあそこで使わな到底勝たれへんかったやろし。
上の連中はどうなったやろ? 下に残したハスタールは?
助けに行かなアカン……どっちから? けど、身体がもう動かへん。
次第に下りてくる目蓋を止められず、ウチはそのまま意識を手放した。
◇◆◇◆◇
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