104話:5章 リッチ

 ズズン……


 迷宮その物を揺るがすような、大きな衝撃が上階にまで届いてきました。

 ハスタールの戦闘の余波でしょう。


「ハスタール……」


 彼の身を案じ、後方を振り返り闇に包まれた階段を見つめます。

 不死である彼なら、万が一負けたとしても死ぬことは無いはずですが、それでも彼の蘇生は六時間も掛かります。

 その間、無防備な遺体に何をされるかと考えたら、気が気ではありません。


「ユーリ姉、前!」


 そして、後方に気を取られた瞬間、アレクの警戒の声が飛びました。

 慌てて前方に視線を戻すと、そこには中空に浮かぶ魔法陣が――


 ――あれは炎弾、それも複数!?


 展開された炎弾の数は六つ。陣に注ぎこまれた魔力量が、半端無いです。生半可な障壁では突き破られる。

 わたしは咄嗟に氷剣の魔術を展開し、迎撃させます。


 ゴン! ガン! と氷剣を衝突し、中空で炸裂する炎弾。

 一つの火球が爆発し、周囲の炎弾と氷剣を巻き込み爆発。

 その爆発の衝撃を、マリエールさんの水壁が防ぎます。


「ほう……この私の攻撃を後出しの魔術で中和するか? 良い腕だ」


 闇から滲み出すように現れた、宙に浮かぶ影。

 リッチです。五年前、魔王の横に立ち、よりにもよってこの魔術でわたしを敗北させた、アンデッド。


「陣営にくだるならば生かしておいてやってもいいが……まあ、どっちにしろこの先には行かせんがな」

「あなたですか。悪いですが降る気も留まるつもりもありません。そこを通してもらいます」

「お前は――なるほど、この階層まで追いかけてくる強者とは何者かと思ってはいたが、納得だな」


 相手もわたしのことは覚えていたようです。ここに一人しか居ないということは……


「あなたほどの術者を捨て駒ですか?」

「まさか、陛下は我を信頼するが故に、ここで足止めを命じられたのよ」

「物は言いようですね」


 いかに魔術の達人といえど、術式展開と精度、強度において、わたしにはかないません。

 この五年、ひたすらそれを磨き抜いてきたのですから。

 後出しで炎弾を防ぎきったのが、その証左となります。


「術者一人で、わたしたちを防ぎきれるわけが無いじゃないですか。あなたこそ我々に降ったらどうです?」


 だからといって背中を向けて、気軽に離脱できる相手でもないのです。

 ジリジリと円を描くように間合いを計りながら、上層の階段へと近付きます。


「それはできん。それに……行かせんと言ったはずだ!」


 その気配を感じ、再び【炎弾】を展開するリッチ。

 その魔術が起動する直前に――


「ぅりゃあぁぁぁ!」

「レヴィさん!?」


 レヴィさんがリッチの懐に飛びかかりました。

 横薙ぎの一撃が魔法陣を撃ち砕き発動を妨害。リッチは飛び退すさって間合いを取り直します。

 そこへ追いすがるように、再度斬りかかる彼女。

 この速さは、身体能力をひたすら鍛えぬいた彼女だからこそできる芸当でしょう。


「先に行きぃ! コイツがここにおるいうことは、魔王はもう最後の層の番人も倒したってことやで!」

「チッ!?」


 会話をして時間を稼いでいたのは、あっちの方ということですか!

 確かに魔王の腹心とも呼べるリッチが、最後の番人を魔王一人に任せるとは思えません。

 魔王は確かに最強で無敵ではあります。ですがその力はあくまで物理一辺倒。

 しかも本人はその力に驕り、技量を鍛えるということをしていませんでした。

 上の敵が何が出るかわからないのに、魔術系の切り札のリッチをここに配置するわけが無かったのです。


「でも、レヴィさん!」

「強い言うても術者一人や。懐に入れば何とかなる。押し切ってみせるで」


 その会話の間にも、凄まじい速さでリッチに斬りかかり、間合いを取り、魔術を放ち、避け、追い縋る。

 そんな、目も追えない様な攻防が繰り広げられています。


「ユーリ、行きますわよ。彼女に任せましょう」

「マリィ! ダメだよ、誰かサポートしなきゃ」

「いえ、あの相手は魔法剣士の彼女が最適でしょう。任せます、レヴィさん!」


 猶予はすでにゼロに等しい。

 彼女が少しでも稼いでくれた時間を、無駄にするわけにはいきません。

 それに彼女の用意した『切り札』は、あの相手には最適でしょう。


「ユーリさん! じゃあ、わたしも残って――」

「マールちゃんはあの速度に付いていけますか?」

「う……」


 魔剣『クトゥグァ』と『ハイドラ』の効果で【光矢】や【炎弾】を切り払い、懐に潜っては斬撃を加える。

 その速度はもはや、人間の限界を超えつつあります。

 彼女が魔術でサポートを行っているからこそ、維持できる速度。

 そこに成長したとはいえ、一般人の彼女が割り込むことなんてできません。


「物理一辺倒のアレクでは、リッチであるあの敵には有効打を与えられません。わたしとマリエールさんは、この先魔王の相手をしなければならない。あなたではあの速さについていけない。だから、彼女一人の方がいいんです」


 冷たいかもしれませんが、彼女にレヴィさんを一人置いていく理由を説明します。

 炎と氷の付与を行える魔剣を持つ彼女なら、リッチに有効打を与えることができます。


「行こう、マールちゃん。残るは魔王だけだ。さっさとカタを付けて戻ってくればいいんだよ」

「アレクさん……」


 マールちゃんの肩に手を置き、見つめあう二人。


「あのー、はよ行ってぇな。せっかくカッコつけて、足止めしてるんやから」

「ご、ごめんなさい!?」


 こうしてまた一人、仲間を置いて、わたし達は上層へ向かいました。



  ◇◆◇◆◇



「ふぅ、やっと行ってくれたかぁ」


 ウチはトップスピードまで上げた足を緩め、一息吐く。

 もちろん、その隙はリッチ相手には危険なんだけど、いくらなんでも全速をいつまでも維持できるはずも無い。


「ほう、足を止めるとは……諦めたか?」

「まさか。ちぃっと一息入れただけやで」


 一時的とはいえ圧倒したところ見せな、優しいあの子たちは絶対先に行ってくれんかったやろしな。

 それに、戦術を切り替えるタイミングも必要やん?


「ま、こんなオオゴトに巻き込んでもうたんや。これくらいの尻拭いはせんとなぁ」


 そう言いつつ飛行と念力を起動。

 ユーリちゃんほどやないけど、ウチかって並列起動はやれんことは無い。

 むしろ念力を使った高速機動はウチが発案したモンや。

 ユーリちゃんの方が適性は高かったけど、あの子はほんまバケモンやで。自覚があれへんけど。


「私としては、あの銀の少女と術比べを行いたかったのだがな」

「うわ、ユーリちゃんモテモテやな。まあ、ウチかてそこそこ術は使えるねん。付き合ったってぇな」

「その式の精度を見ればわかる。貴様は術者としては二流以下だ」


 いかな魔術の神才といえど、その効果をオフにして成長を続けたウチは、術者としては未熟極まりない。

 神才の主な効果は、成長の最適化と、使用者の適性補助。

 真っ当な術者なら、その方向性で真っ直ぐ伸ばせば超一流の魔術師になれる。ユーリちゃんのように。


「そりゃまあ……術者としては、そやねんけどな」


 だけど、ウチはそれじゃ足りないことは、前から

 せやから、この戦闘スタイルを確立したんや。

 術で無く速さで翻弄する今の戦闘法を。

 あらゆる魔術を使用できる適性を利用して、術を身体強化のサポートに使う、今のウチを。


「ほな……行くで!」


 宙に浮くことで地面との摩擦が無くなったウチは、念力の効果と飛行の効果を合わせて、さっき以上の速さでリッチに肉薄する。

 五年前、ウチがライカンスロープを倒しきれんかったんは、ウチの攻撃が軽かったから。

 かといって威力を求めれば、その分速度が落ちる。それはウチの売りを無くすことに繋がった。

 だからこの方式を考え出した。速度を更に上げることによって、威力を上昇させるという、この戦い方を。


「やあぁぁぁぁぁぁ!」


 炎を纏ったクトゥグァの斬撃が、まるで流星のようにリッチに襲い掛かる。

 相手も懐に入れまいと、迎撃の炎弾をばら撒いてくる。

 ウチは迎撃の炎弾をハイドラで更に迎撃。

 懐に潜りこんだ瞬間、目の前に水壁が立ち塞がった。あの炎弾の数を放ちながら、別の魔法を混ぜ込んでいた!?


「くっ!」


 このまま突入したら視界を奪われる。

 その上、全身が濡れた状態で、マリエールちゃんの様に粘化でも掛けられたら、その瞬間に戦闘が終わりかねない。

 最悪の状況を予測して、瞬時に右へ方向転換。高速で縦横に宙を翔ける様は、まるで戦闘機のようや。

 ウチは水壁を回り込む様にリッチを視界に捉え――


「おらん!?」

「こっちだ」


 声と共に上方から降り注ぐ光矢。

 反射的に全速力で加速し、攻撃範囲から逃れる。


「さすがに――戦い慣れとるわ!」


 炎弾の式の中に、しれっと水壁を混ぜ込むセンス。

 ウチが回り込むと予測して、水壁という障壁をあっさり捨ててしまえる度胸。

 右に避けると予測した上で攻撃位置に移動し、間髪容れず攻撃してくる経験。

 力任せの戦闘の経験が多かったウチにとって、嫌らしいことこの上ない。


「なかなかのモンや」


 そう言って、右腕を見た。

 クトゥグァを握ったまま……いる、自分の右腕を。


「ぐっ……あ……」


 噴水のように吹き出し始めた血を止める為、左腕一本で右腕の根元を縛る。

 幸い余計な風圧を避けるため、身体の各所を縛るタイプの服装だったから、止血は片腕でも問題なくできた。

 この隙に攻撃して来ないのは、勝利を確信した余裕か。


「勝負はあったな。いささか変わった趣向ではあったが、それなりに楽しめたとだけは言っておこう」

「そりゃよかったわ。感謝の気持ちに、この怪我、治そとか……思わん?」

「ふむ、ならば我が同族に堕ちて見るか? その怪我も治るぞ」

「それ、治った言わへんやん……」

「嫌なら別に構いはせん。貴様の死体をゾンビにでも使用するだけだ」


 こんにゃろう……乙女の遺体に対して、なんつーことする言うんや。

 せやけど、この状況で一々会話するなんて……飼い主に良う似とる。


「先ほどの高速機動が貴様の『切り札』か。フム、愉快な使い方を教えてもらった」

「感謝せぇや」

「感謝など、死すべき者には必要なかろう?」


 中二病をこじらせたようなセリフ吐きおってからに。


「ではな、魔剣士。良き死合いであった」


 そう言ってヤツは、トドメの光矢を展開した。

 そこにこめられた魔力は、ユーリちゃんのそれと比べても引けをとらないほど。

 神才がその魔法陣の内容を、ご丁寧にも解析して教えてくれる。

 たった一発。そこに最大限の魔力を込めて、一直線に。


 リッチに有効なダメージを与える火のクトゥグァは右腕と一緒に地面に転がっている。

 左に持っていたハイドラは止血の時に地面に落とした。拾ってる余裕は無い。

 そして……術が起動された。



  ◇◆◇◆◇

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