41話:2章 ソカリスの街
ラーホンを出てからは特に問題も無く……いえ、バートとかいう野郎の襲来とかはありましたが……まあ、これと言ったトラブル無くソカリスまでやって来れました。
「ふわぁ」
「ユーリ、口を閉じなさい。気持ちはわからなくもないが」
師匠が落ちたわたしの顎を、そっと持ち上げてくれます。
目の前には、それほどの絶景が広がっていたのです。
山間に有る鉱山街、というイメージから、もっと
この大型馬車が、二台余裕で擦れ違えそうな目抜き通り。左右は大きな店舗が軒を連ね、広場には屋台がずらりと並んでいます。
街の外には、巨大な石柱が突き立ったかのような、
その非常識な光景に更に輪を掛けているのが、遠くに見える巨大な世界樹。その頂上は山よりも高く、ここからだと空に霞んで望むことができません。
「これは……すっごいです……」
「この街の名物だからな。ソカール山と世界樹のコラボレーションは」
「街もおっきいですよ!」
「鉱石を運び出さないといけないからな。大口の搬出に備えて街路は広く取られているそうだ」
「賑やかです!」
「あの山は鉱脈の豊富さでいったら、この大陸一番だからな。賑わわないわけがない」
興奮して、馬車の上で跳ね回って驚きを表現します。
師匠は何度か来たことがあるのでしょうか、落ち着いてますね。
「ん、何度か来たことはあるな。鉱山街だけあって色街が充実して――」
「……師匠?」
「あー、ゴホン。なんでもないぞ」
少々ドスを利かしたわたしの声に、咳でごまかそうとする師匠。
まあ、師匠は男性ですから? そういうことも必要なのはわかるわけで。ですが、釈然としない感はあるのですよ、やはり。
「その手の職業の人にならともかく、同行者に手を出すのはダメですからね、師匠?」
「わかってる、わかってるから。そんなに節操無しじゃないから」
ベラさんとか、シーダさんとか……妙齢の人がいるので気になるですよ。
師匠に冷たい視線を注いで慌てふためく顔を眺めるのも、まあこれはこれで楽しいですけど。
でも、やりすぎると嫌われるので、そこそこのところでやめておきましょう。
軽く腕を組んで街を眺める作業に戻ると、師匠があからさまに安堵した気配がしました。
暫く街中を進むと、先頭の馬車が止まりました。目的地に着いたのでしょうか?
師匠も馬車を停め、エルリクさんの所に向かいます。
「あ、ご苦労さまでした、ハスタールさん。ここが私の逗留する宿になります。護衛はここまでで」
「ああ、はい。お疲れさまでした。無事辿り着けてなによりです」
「フォレストベアとワイルドホースの方々もお疲れさまでした。こちらが報酬になります。どうぞお納めください」
「おう、サンキューな。これからも何かあったら贔屓にしてくれ」
「なんか、付いて来ただけだってのに悪いな」
丁寧な師匠とは対照的な、ジャックさんとエイリークさん。
エイリークさん、護衛って何も無いのが最大の成果ですよ?
「ん、少し多いような」
「途中で色々ありましたからね。多少色を付けさせてもらいました。これを機会に、いろいろとご縁があればという下心もありますが。ご笑納ください」
「正直ですね。ですが悪い気はしません。ありがたく頂きます」
一人金貨六枚で十二枚が報酬の予定でしたが、渡された袋には二十枚は入ってます。
エルリクさん、奮発してますね。
「こちらこそ、できれば帰りも護衛をお願いしたいのですが?」
「それは予定次第ですね。こちらへは、どれ位逗留するご予定で?」
「そうですね。商品の搬入と買い付けと……二週間ほどでしょうか。いや、これは申し訳ない、さすがにそこまで待たせるわけには行きませんな」
「すみません、我々は三日の予定なので、残念ですが」
「いえ、無理を言ったのはこちらです。お気になさらず」
早速帰りの護衛を確保しに動いているのは、さすが商人と言うべきでしょうか。
「アニキ、三日しか居ねーの? もうちょっと長居しやしょうぜ」
「いや、宿の券がそれだけしかないから。あそこ一泊で金貨十枚取られるような宿だし」
「うぉ、まさか天上の山彦亭!? ソカリス一の料理が出ると噂の!」
「お、そうなのか? 高級旅館としか書いてなかったから、良く知らないんだ」
「ジャック、いいから早く報酬を分けろ。酒飲みに行けないだろう」
ジャックさんがケールさんに首根っこ掴まれて、引っ張っていかれました。
「じゃ、世話になったな、『風の賢者』。縁がったらまた会おうぜ」
「はい、バーヴさんもベラさんと仲良くするですよ?」
「ばっか、俺らはそんなんじゃねぇし!」
「ま、バーヴじゃハスタールさんの足元にも及ばないけど、これからの教育次第かしらね?」
「今度は仕事抜きで、ゆっくり魔術理論を語り合いたい物だ」
あなたはどこまで魔術オタクですか、オリアスさん。
本当に最後まで賑やかな人たちです。またどこか出会う時もあるのでしょう。
「それでは私共もこれで。良き旅をお祈りしております」
「マールちゃん、名残惜しいけどサヨナラね。またどこかで会いましょう」
レシェさんがマールちゃんを抱きしめて別れを惜しんでいます。
「ユーリさんも。今度は触らせてくれると嬉しいわ」
「わたしは師匠のものなので、そう簡単には触らせませんよ? でも――」
わたしは軽くレシェさんの腰の辺りに抱きつきました。身長差で、どうしてもこの辺になってしまうのです。
「――レシェさんなら特別に許してあげます」
驚きに強張ったレシェさんの顔が、ゆっくりと微笑みに変わり、フワリと抱き返してくれます。
その匂いが、何年も会ってない母さんを思い出しました。こんな風に抱かれたことなんて無かったはずですけど。
「また、会いましょう。必ずね」
「はい、約束です」
師匠がなんだか優しい表情でわたしたちを見つめていました。
こうして、二週間以上も一緒に旅していた人たちと別れたのです。
天上の山彦亭で、師匠がカウンターの人に割引券を提示しています。
はっきり言って、入り口からして豪華極まりないので、入るのにスゴク勇気がいりました。
「四人だが、これで大丈夫かな?」
「三泊ですね。大丈夫です、承りました」
「後、表の大型馬車は預かってもらえるだろうか? 大事な素材を積んでいるのだが」
「宿の裏手に専用の駐車場を設けておりますので大丈夫です。警備も常駐しておりますよ」
「助かる、それで……この子なんだが」
「アギャ!」
師匠の呼びかけに元気に応えるイーグ。
「羽トカゲ、ですか?」
「まあ、そんなようなモノ……かな」
「下の躾けは?」
「それは大丈夫だ」
「では、ご宿泊は大丈夫です。ただ、ペット用の料理をお出しするとなると、追加料金が発生いたしますが」
「かまわない、それで頼む」
チケットには朝晩の料理と三日の宿泊、それと付属の露天風呂が無料と書いてましたね。
イーグの三日分の料理として、銀貨三十枚を追加で払い部屋に案内してもらいました。
用意されたのは二人部屋を二つということでしたので、わたしと師匠、アレクとマールちゃんで部屋を分けます。
師匠が強硬に男女別を主張しましたが、女性陣の反対で押しきりました。アレクの意見? 最初から無視です。
四階に四部屋しかないという特別室に案内されたわたしは、再度顎を落としました。
「この部屋、庵より広いんじゃないですかね?」
「広いな、しかも豪奢だ。この絨毯を売るだけで、うちなら三年は過ごせるぞ。本当に踏んでもいいのか?」
「さすがの師匠も、こういう部屋は初めてですか?」
「むしろ質素な部屋の方が落ち着くんだ。貧乏性なのかな」
足首まで埋まりそうな、毛足の長いフカフカの絨毯。天蓋付きの寝台。絹百パーセントでできたピカピカしたシーツ。
壁には高価そうな絵の額があり、花瓶だって美麗な模様が焼き付けられています。
広々とした部屋の端には、驚くべき事に個室用の風呂まで設置。ここ、四階ですよ?
どうやら、一階の源泉から、ポンプでお湯を汲み上げる方式のようです。
とりあえず入り口で旅装の埃を落とし、部屋履きに履き替えます。
「うわ、ふわふわです」
「お、これはナカナカ……」
ふと思い立って、裸足で絨毯に足を踏み入れると、その感触にうっとりしそうです。
足の裏をくすぐる起毛の感触が快感です。師匠も同様のポーズで感触を堪能してる模様。
「これはダメです、この絨毯は人をダメにします。ああ……寝転びたい……」
「やめておけ、どうせなら寝台で転がるといい」
「もちろん、そっちはそっちで堪能します」
「それより食事はどうする? 宿の料理は朝と夜だから、一階の食堂で別に食べるか、それとも外に食べに行くか?」
「それなら、アレクたちも呼ばないと」
「一応、旅費の半分は渡してあるが……」
ふむ、ならば二人っきりと言うのもありですか……ありですよね!
そういえば、旅装を解いてしまったので、また着替えるのも面倒ですね。となると、宿の食堂になるのでしょうかね?
あれ、そういえば……
「そうだ、イーグはどこ行ったです?」
「ウギュゥ~」
お風呂場の方から、何か蕩けそうな声が聞こえてきました。
覗いてみると、イーグが湯船の中に浸かって、放送禁止なくらい蕩けきった顔しています。
ドラゴンって、温泉好きなんですかね?
「これは放っておいた方がいいか?」
「そーですね。一応、窓は開けておきましょう。出入りできるように」
「盗難……は、大丈夫か。ここは四階だしな」
師匠、自分が飛べること忘れてないですか?
「貴重品は持ち歩きましょうね、師匠。旅の鉄則です」
「そうなのか? といっても高価な物なんて何も持ってないがな」
「今着ているのは何ですか!」
「あ……」
師匠はファブニールの
他にも『精神抵抗の指輪(強)』は普通に金貨百二十枚します。日本円だと百二十万円くらいの価値です。
「本当に師匠はウッカリさんですね。わたしがついていないと、どうなることやら」
「それは確かに失敗だったが。いや、むしろお前の方が心配だから」
「こと経済感覚に関しては、師匠よりわたしの方が上ですよ!」
えへん、と胸を張って自慢します。師匠は経済観念が破綻しているのです。
「はいはい、頼りにしてますよ、『賢者』さま」
「それではアレクに一声掛けてから、お出かけしましょう。イーグ、お留守番頼みますよ? 部屋は荒らしたら
「アギャ~」
締まりの無い返事を聞いて、わたしたちは『二人っきりで』お昼を食べに行きました。
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