40話:2章 過保護な師匠
意識を取り戻し、一通りの説明を終えると、師匠が過保護になっていました。
具体的にいうと。
「師匠、ちょっとお花を摘みに行ってきます」
「花? そんな物に興味があったのか?」
「ハスタールさん、お手洗いのことですよ。察してあげてください」
「ああ、なら私が傍で……」
「どんなプレイですかっ! ダメですよっ!」
――とか。
「それじゃ、マールちゃん行きましょうか」
「はい」
「どこへ行く? わたしも一緒に……」
「水浴びです! わたしはともかく、マールちゃんもいるんですから、遠慮してください」
「そ、そうか? なら近くで見張っておくから……」
「師匠はわたし以外の裸を見ちゃダメなので、お断りさせてもらいます」
「なんだその理屈は?」
――とか、あったり。
特におトイレは、レシェさんのサポートが無ければ、お漏らしプレイになるところでした。
思い返せば、出会った早々その経験は済ましてました。懐かしい思い出です。
他にも、食事の際も横にピタリと張り付いたり、結構ウザカワイイ状態です。
「イーグのお仕事が取られてしまいましたねぇ」
「ウギュ~」
「ユーリは危機感が足りないからな。正体不明の上に、お前を超える再生能力を持った相手に付け狙われているんだぞ?」
「敵じゃないって言ってましたよ、師匠」
「それを信じるから人が良いと言うのだ」
呆れたように溜め息を吐く師匠。ちょっとムッと来ましたよ?
「でも、殺す気なら師匠が来る前にやられてましたよ? それくらいの実力差は感じたのです」
「お前だって死なないだろう。相手もそれを知っていたそうだし、昨日は様子見だった可能性があるじゃないか」
「むぅ、わかりました。警戒は怠りませんから、せめて師匠はデリカシーを学んでください」
「なにを今更」
「レディへの対応が成ってないですよ?」
「ぐぬ、確かに無骨な戦場暮らしが長かったが……」
翌日、そんな会話を馬車で繰り広げていました。ソカリスまであと一日です。
今日は一台目の馬車の護衛にアレクとワイルドホースを、二台目の馬車にフォレストベアを配置し、三台目にはわたしと師匠とイーグが乗っています。
彼がもしこの死骸を狙ってきたのなら、最大戦力で対応できるように、との配慮です。
ふ、二人っきりですが、緊張とかしてませんよ!
――ひ、膝の上に乗ったりするのはダメでしょうかね?
何の理由も無く膝に乗るのは、やはり変でしょうか? ベラさんを牽制する時とかは、特に意識せずに行けたんですが。
前もって聞いてみるのとしましょう。
「し、師匠。あの、膝の上に行っても、いいですか?」
「膝? ああ、今はイーグが居座ってるな」
「……おのれ、イーグぅぅぅぅ!? そこはわたしの席だ、どけ!」
「シャギャー!」
「トカゲと同レベルでケンカするな」
結局、師匠の膝の上にわたしが座り、わたしの膝の上にイーグが座るという構図に収まりました。
「………………」
――もぞもぞ。ごそごそ。
「ユーリ、少し大人しくしてくれないか?」
「いえ、ちょっと座りが悪いというか、むしろピンポイントにジャストフィットして落ち着かないというか……」
馬車の振動でちょっと……こう、ねぇ? 当たるじゃないですか、イロイロと。
わたしがごそごそするのが気に入らなかったのでしょう。イーグは結局頭の上に移動して行きました。
「イーグ、前が見えないから、そこをどいてくれないか?」
「ウギュ~」
うーん、これはイケマセンね。先日からどうも思考が『そっち』方面に流れがちです。
思春期というヤツでしょうか? すでに過ぎたと思っていたのですが。
「欲求不満なのでしょうか?」
「誰がだ」
「わたしが」
無言でわたしを膝から降ろすのやめてください!
「冗談、冗談ですから!」
「お前は冗談がエスカレートするから、油断できん」
「清拭のことですか? もうあんな真似はしませんよ。って、本気だったらいいです?」
「……その冗談も笑えないな」
顔が少し赤いですよ、師匠。
その表情にホンワカした気分になったわたしは、コロンと膝の上に頭を乗っけました。膝枕の体勢ですね。
御者台は狭いのですが、わたしは身体が小さいので問題ありません。
「お、おい」
「イーグ、おいで」
「シャギャ!」
イーグを抱き枕のように抱え、膝枕でひと休みです。なんて至福の一時でしょう。
師匠は仕方ないと言わんばかりの仕草で、頭を撫でてくれます。
「はぁ、
「わたしの口はそんなに締まり悪くないです」
「どうだか」
ポカポカのお日様の下、ゴトゴト揺れる馬車の振動。
ホカホカの師匠の膝に、ヒンヤリとしたイーグの抱き心地。
これはナカナカ……いい具合で……ぐぅ。
お昼になっていました。なんだか半日損したみたいです。
あ、師匠は今着替えています。特にズボンが……わ、わたしの涎のせいじゃないですよ?
それにしても、また寝落ちですか! むしろ、寝堕ちです。師匠の膝は安眠枕か何かですか。
「師匠の膝は、人をダメにする膝枕なのです」
「……シリアスな顔で論評しても、誤魔化されないからな」
言い合いながらも、何か幸せそうなわたしたちを見て、遠くでベラさんが肩を竦めたりしています。
バーヴさん、ほらチャンスですよ! ベラさんは彼と二、三言話して、酒の入った水袋を二人で
慌ててバーヴさんも付いていきます。どうやら、あちらも一歩前進でしょうか?
「師匠、なんでズボンの股間が粘々した液体で……」
「いや、これはユーリが――」
「ユーリさんが『ヤ』ったんですか!」
「ああ、盛大に垂れ流してくれた」
「きゃー!」
「マールちゃん、なんか意味違くね?」
耳まで真っ赤になって顔を押えて悶えるマールちゃんと、冷や汗を流すアレク。
彼女はなんだか危ない方向に突っ走ってる気がするので、ちゃんと手綱握っててくださいよ?
「き、きっとイーグがオネショしたんですよ」
「お前がガッシリ抱き込んでいただろう。ペットのせいにするな」
「じゃあ、きっとイーグの涎ですよ! あの子は首が長いですか――いたた、噛まないでください!?」
「シャギャー!」
責任転嫁しようとしたら、イーグの反撃に遭ってしまいました。
おのれ、飼い主をかばおうという心意気は無いのですかっ!
「や、ちょっ、やめてください! あなたの牙は尖ってて痛いんです」
「自業自得だ」
「師匠、謝りますから止めてください」
「謝るべきはイーグに、だろう?」
「イーグ、ゴメンなさいです! やめて、頭が唾液でドロドロになっちゃうです。禿げるぅ」
唾液って酸性で頭皮には悪かったはずなのです。わたしは禿げないですけど、気分的に良くは無いのです。
結局お昼を一品譲る事で、勘弁してもらいました。
「うう、イーグ。あなたは少し食い意地が張りすぎですよ?」
「シャー!」
顔面ドロドロの有り様になったので、流水の魔術を使って洗い流します。
火系と違って水系は物理的な物質を呼び出すので、魔術としての難易度が高かったりします。これを覚えるまでは、毎日井戸と水瓶を往復していました。
今日のお昼は乾燥麦を戻したリゾット風のオートミールと果物ですが、それだけだと物足りなく感じますね。
「よし、イーグ。狩りにいきますよ」
「昨日の今日で、あまり出歩くのは感心しないぞ」
「なら師匠も一緒に行きませんか?」
「む、うーん……まあ、いいだろう」
師匠は食い意地が張っているので……というかわたしの周りの人は皆そうですね……とにかく、物足りないとは思っていたのでしょう。
結局、狩りに付いて来てくれることになりました。
高空をイーグが飛び、獲物を見つけて急降下を掛けます。その方角に向かってわたしは遠視を掛け待機。
獲物の大蛇がイーグに襲われ、飛び出してきた所を弓で狙撃……って蛇ですかっ!?
しかも、でっかいです!
「おお、なかなかの大物だな」
「大物ってレベルじゃないですよ、五メートルくらい有りますし!」
「あ、イーグが巻きつかれた」
「いやあぁ! 見てないで助けてあげて! イーグ、今行きますよ!」
イーグはまだ五十センチにもならない子供ですので、丸呑みされる可能性があります。
身体強化を駆けて一気にダッシュ。巻き込むといけないので、近距離で引き剥がさないといけません。
近距離用の武器は持ってないので、サードアイを引き抜いてブッ叩きます。これ、元は黒水晶な上に頑強付きなので、とても頑丈なのです。
「この! ウチの子を離しなさい!」
ベシ、というかペシ、という音を立てて、大上段から叩き降ろしたけど、あまり効きませんでした。素の筋力ならこんなモノなのです。
しかも、昨日大魔術を使ったので、増槽用のマントは空っけつなのです。
いきなり飛び込んできたわたしも敵と認識したのか、今度はわたしが巻き付かれました。
「あ、こら……いたたた、締まる締まる、やめて、なんか出るからやめなさい! 中身が出りゅううう!?」
ナニか実が出そうな位ぎゅうぎゅう締め付けられたので、慌てて念力で引き剥がします。
押さえ込んだところを、イーグのブレスでトドメを刺しました。
「さ、最初からこうすれば良かったです」
「相変わらず頭に血が上りやすいな」
「見てないで、助けてくださいよぉ」
「なに、これくらい軽く始末してもらわんとなぁ。それに本当に危なくなったら、助けるつもりだったさ」
その右手にはしっかり風刃の魔術がセットされていました。師匠の制御力なら、わたしやイーグを傷つけることなく撃ち抜けるでしょう。
魔術を解除し、黒コゲの蛇の頭の皮をちょっと剥いで一齧りしてます。
「あ、師匠、ツマミ食いはいけませんよ」
「やはり味付けは要るな……ま、キャンプまで運ぶんだから、これくらいは大目に見てもいいだろう?」
「アギャ!」
「ほれ」
ブレスで焼けた肉を一つまみ剥ぎ取って、イーグに与えてます。
そのままヒョイと抱え上げて、歩き出しました。かなりの重量があるんですけど、まったく負担になってるように見えません。
「重くないですか?」
「大丈夫だ、『竜の血』の影響だろうな。この程度なら片手でもいけるぞ」
「五十キロは有りそうなんですけどねぇ……きゃ!」
師匠は、片手に蛇を吊るし、もう片方の手でわたしを抱き上げました。
抱き上げられたわたしの顔が、師匠の顔の傍に……
「な、余裕だろう?」
「わ、わかりましたから、降ろして、ください」
「遠慮するな、このまま運んでやろう。何せ狩りの功労者だからな」
「え、あ……そ、それじゃ……お願い、します」
きゅ、と首元に抱きつくようにして、運ばれました。
ドキドキしてるのとかバレてませんかね? こっそり髪に顔を
この日のわたしは、すこぶる上機嫌だったそうです。
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