22話:2章 夕食会議

 さて、今日はアレクも来る事ですし、ご飯を多めに作りましょう。

 とはいえどれ位作ったらいいか。アレクは育ち盛りですから、加減がわかりません。

 そんな時にはやはりコレ、『鍋』です!

 好きなモノを好きな量だけ食べてオッケー。足りなかったら雑炊なり麺を逐次追加投入すればヨシ。


 今日はポトフの予定でしたが、この食材の調理の方向性を変えてしまいましょう。

 土鍋に水を張り、熱球の魔術で沸騰させておきます。

 皮を剥いて、一口大に切ったニンジン、ジャガイモ、タマネギ、白菜、セロリを先に投入しておき、よく火を通しておく。

 豚肉の脂の部分も、細かく刻んで、出汁代わりに投入しておきます。

 脂が溶けるまでに、畑から取ってきたトマトをヘタを取って4つに切り、皮を剥いて荒く潰して、鍋に投入。

 塩、胡椒で味を整え、豚肉を入れて、灰汁を取りながらゆっくり煮込んで待つだけ!


 ……コンソメスープとか欲しいですね。調味料不足は深刻です。


 あとは出す前に溶き卵を上から垂らして絡めれば、トマトスープ風寄せ鍋の完成です。




 食事ができるまで、師匠は居間のソファで歴史書なんかを眺めながら、のんびり過ごしています。

 そういえばわたしが住み着いてから、好きだったパイプは控えてるような気がしますね。

 やはり副流煙とか、気を使われていたのでしょうか。

 わたしは師匠横に座り、時折鍋の様子を気に掛けながら、一緒に本を読んでいます。


 ――いいですねぇ、このゆったりと時間の流れる感覚。


 師匠の腕に頭を預け、いささか行儀の悪い格好で寛ぎます。

 師匠もそんなわたしには視線を向けず、でも軽く頭を二、三度撫でて読書を続けます。

 ああ、なんだか眠く……眠……く――くぅ。




 ドン、ドン、ドン!


「ふぁ!?」


 ハッ! 寝てました、わたし?

 しかも今、師匠の膝の上で目を覚ましませんでしたか!? 膝枕ですか! なんで寝てたです、堪能しろ、わたし! じゃなくて!


「アレクが来たみたいだな」


 飛び起きたわたしの頭を一撫でしてから、師匠が出迎えに行きました。

 

「こんばんわっす、相変わらず出迎えは師匠なんすね。ユーリ姉、サボりすぎじゃない?」

「お、おじゃましますっ」

「ん、マールちゃんも一緒に来たのかい」

「ハイ、アレク様が『どうせユーリ姉の事だから、みんなで食べられるような大雑把な料理が出るはず』と仰ったので……ご迷惑でしたか?」

「とんでもない、賑やかなのは歓迎だな」

「彼女同伴とか、何様です。妬ましい……」


 わたしは、マールちゃんの外套を受け取り、外套掛けへ吊るします。アレクの分? 自分でやるがいいのです。


「ユーリ姉に招待されたはずなんだけどなぁ……」

「彼女持ちの男は敵です」

「わわわ、わたしはそんな……あの、えっと……」

「料理の準備も出来ているそうだから、席に着くといい。さっきからいい匂いがして、腹が空いてたまらん」

「すぐに準備するです、サー!」


 慌ててテーブルの上にメインのトマト鍋と、パンとサラダを並べます。

 師匠には蒸留酒を。アレクが物欲しそうに見ていましたが、未成年なので却下です。

 その代わり、ブドウの果汁に砂糖を混ぜたジュースを振舞います。


「さて……どうぞ、召し上がれです!」



「ぶぁっはっはっはははは!」

「くふっ、それは……ユーリさん、ありえないです」

「……………………」


 爆笑するアレクに、笑いを殺しきれないマールちゃん。

 師匠、痙攣するほどおかしいですか?


 ――わたしが二等商品、すなわちアレクの肖像画を当てた事が!


「有名画家の作らしいので高額で売れるっぽいですがね?」

「それにしても、よりによってアレクの絵か」

「まー、ちょっと派手な事しましたからね。その上、俺、片腕だってので有名でしたし」

「『隻腕の重剣士』の噂はマレバまで届いていたぞ。がんばったな」


 師匠の賛辞に、アレクが珍しく照れてます。

 まあ、それはそれとして……


「この肖像画は、マールちゃんにさしあげます。わたしが持っていると魔術の的にしてしまいそうなので」

「え、いいんですか! あ、いえ、こんな高価なものって意味で」


 一瞬で喜色に染まる表情が素直でよろしいです。


「かまいません。金貨十枚程度の価値と言ってましたし。アレクの仕送り代一か月分ですね」


 アレクはこの庵を出てからも、半年ほど修行に通っていました。

 その際指輪の削り出しを担当してもらい、その代金として、月に金貨十枚の給料を支払っていました。

 人が一人暮らす金額としてはかなり少ないですが、アレクの場合、日のほとんどを庵で暮らしていた為、夕飯と光熱費くらいしか掛からなかったのでそれでも余るくらいだったのです。


 尚、金銭感覚が壊れた師匠は、アレクに月に金貨百枚を渡そうとしていましたが、必死で止めました。

 大金持ってしまうと、逆によからぬ人が寄ってきますからね?

 ちなみに現在はその収入の大半はわたしに流れ込んでます。

 師匠がアイデア費として二割、わたしが八割です。もっとも使う当てがありませんが。


「それよりこっちですねぇ、どうします、コレ?」


 そういってペラペラ振り回したのは、三等の高級旅館宿泊券。ただし、隣国。

 しかも交通費は自費。なんでしょうね、これ。


「フォルネリウスのソカリスにある宿か……ここからだと、大体二週間は掛かるな」

「宿泊できるのは三泊だけ、一応ご家族四名さままでって書いてはいますが」

「往復四週間、ひと月ですか。さすがに遠すぎですね。処分するです?」

「あ、ソカリスって……温泉で有名な所ですよね?」


 ――ピクリ。


 マールちゃんの一言に処分で傾いてたわたしの意識が、一気に反転します。

 温泉ですよ。露天とか有ったりするんでしょうか? 混浴だと尚良し! いや、今のわたしはエキサイティングな暴れん棒がありませんが。


「師匠、行きましょう」

「いきなりだな。まあ、暇だから別にかまわんが」

「後二人泊まれるですね。アレクも来なさい」

「え、命令形!?」


 フフフ、かつて挫折した夢、『家族でお風呂』を叶える日が来たようです。


「俺、一応宮仕えなんで、休みがそんなに取れな……」

「わたしの護衛と言うことで、申請してみてください。師匠も行くといえばきっと通ります」


 元々、派遣官の居なかったマレバに駐屯する事になったのは、師匠の取り込みのためですからね。

 それに師匠だけでなく、最近はわたしにも士官の申し入れが来てますし。

 無駄な権力、ここで使わずして何時使う。


「ユーリ、あまり無理を言うのも悪いだろう。アレクももう私達からは独立して……」

「行きます! 無理でも通して見せます!」


 寂しそうにわたしを窘める師匠に、アレクが超反応で返します。魔術に座学、剣術の師がそんな表情を見せるのは、彼にも耐えられなかったようです。

 おっと、一人忘れていました。


「マールちゃんも一緒にどうですか?」

「わ、わたしもいいんですか!?」

「あ、でも保護者がいないと問題がありますか……」

「まあ、ご両親次第だな。話をして『行ってよい』と許可してくれたら、かまわんだろう」


 そういえば、わたし賢者でしたね。それにアレクも騎士位を取ってますし、下手な保護者より安全でしょう。


「でも、本当にご一緒していいんですか……?」

「マールちゃん、ちょっとこっちへ」


 まだ遠慮が見えるマールちゃんを少し離れた場所へ連れて行きます。

 彼女はまだ十歳ですが、アレクの鈍感さ加減を考えたら、今から押していった方がいいでしょうし?


「いいですか、温泉ですよ、つまりアレクと一緒にお風呂も夢では無いのです」

「そそそそそんな!」

「いい具合にラップ調になってますが……この二年、あなたの好意に気付かないあの朴念仁を堕とすには、それくらい押していかないと」

「大丈夫ですか、その、破廉恥なとか思われません?」

「わたし、堕とすのには一家言ありますよ?」


 なにせ五年前は冒険者を一人、一瞬で堕としましたから。


「わ、わかりました。わたしガンバリます!」

「うむ、貴君の奮闘を期待する」


 小さくガッツポーズするマールちゃん。

 うむ、やはり弟分の恋路に手を貸すのは姉の役目ですしね!

 後はご両親の許可ですが……こっそりアレクを狙っているハルトさんなら、きっと大丈夫でしょう。


「という訳で、マールちゃんも参加表明するそうです」

「なんで悪巧みっぽい雰囲気を出しているんだ、お前は?」

「ユーリ姉だから、きっと企んでも失敗するよ、師匠」

「だまらっしゃい」


 ――ポイ。


 失敬な事を口にしたアレクは、ズボンの中に熱々野菜を放り込んで黙らせます。


「ぬあぁぁぁあああぁぁぁぁ!?」

「ユーリ、食べ物を粗末にしてはいけないぞ」

「ハイ師匠」

「あわわわ、あの急いで取らないと、でもでも」


 手を突っ込んで取ってあげてもいいんですよ? マールちゃん

 慌てる彼女を、ニヤニヤした表情で温かく見守ってあげます。


「では明日、私がご両親に許可を貰いに行って、それから旅支度をして……そうだな、一週間後に出発としようか」

「了解です、師匠」

「わかりました」

「いいから早く取ってくれー!?」


 そんな訳で、家族旅行に行く事になりました。

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