10話:1章 心の傷

 前回は師匠の外見について話しましたから、今回は私の外見について語りましょう。


 ステータス見れば判る様に、髪は銀髪、目は紅瞳。

 背は同じ年頃(十歳児)に比較しても低く、手足も華奢です。

 ツルンとした胸とポッコリしたお腹はプニプニで、肌は雪のように白い。

 今は黄金比の魅了を封じていますが、我ながら、天使の様な愛らしさだと自慢できます。黒縁メガネが邪魔ですが、これは外せません。

 髪の長さは背中の中ほどまであり、起きている時はゆるく三つ編みにして纏めています。きつくすると引っ張られる感じがして痛いのです。ワルキューレ的なアの髪型ですね。

 瞳は深い紅で、紅玉の様に透き通り、吸い込まれるような深みがあります。


 服装は主にメイド服っぽい衣装です。というか、村に行けないわたしは、師匠の買ってくる服を粛々と受け入れてますが……

 今じゃすっかりスカートも馴染み……馴染……うわぁぁぁん!?


 それと、師匠はなぜか丈の短いドレスやら、フリフリのワンピースやら、コスプレのようなローブやらと、偏った衣装ばかり買ってきます。

 ズボンの類は全く無く、寝巻き代わりのホットパンツと、修行用のスパッツ以外は持っていません。

 夏にタンクトップとホットパンツのみで歩き回ってたら、ゲンコツ落とされました。



 さて、あれからさらに季節も巡り……冬です!

 この地域は雨があまり降らない代わりに、雪がたくさん降ります。

 それはもう、どっさりと……もっさりと。


「と言うわけで今日は雪かきなのです!」


 すでに玄関は腐海(雪)に沈みました。


「ここもじきに腐海に沈む……」

「ここってどこだ?」

「今、師匠が顔を出している所です」


 今、庵の唯一の出入り口は、屋根裏にあるわたしの部屋の丸窓です。

 師匠曰く、「子供の部屋といったら屋根裏部屋だろう?」だそうです。

 その屋根裏部屋の丸窓から師匠が顔を出してます。ハト時計のようで少しかわいいです。


「非力なわたしに『雪かきなんて出来るのか?』と疑問をお持ちの視聴者諸君」

「視聴者って誰だよ」

「師匠です」

 

 窓から見物してる師匠に、ビシッと指差し指摘します。


「見物するなら手伝ってくださいよ?」

「こういう雑事も、本来なら弟子の仕事だ。ユーリは色々とサボり過ぎてる気がする」

「身体弱いんですから、しかたないです」


 プイと視線を逸らすわたし。

 人間には向き不向きがあるんですよ?


「それに私の身体では窓から出れん」

「太りましたか? 師匠」

「なら今日からダイエットだな。弟子のユーリにも付き合ってもらうとしよう」

「師匠は痩せてます。大丈夫だ、問題ない、です」


 食事まで減らされたら、さらに虚弱になってしまいます!?


「さて、昔の故人は言いました。『魔術師なら、出来ない事は魔術で代用しろ』と」

「それ、私がこないだ言った言葉だよな? 勝手に殺すな!?」

「ここに取り出だしましたる、スノコ一枚! これに念力を掛けて遠隔操作です!」

「おお、小狡い事を考えたな」

「小狡くないです。高度な応用力の発露です」


 失敬なことを言う師匠ですね!

 スノコはワッシワッシと屋根の雪を順調に掻き下ろしています。どうやら成功ですね。

 念力の魔術の力は、魔力に対応してるので、わたしの念力は有り得ないほどの剛力を発揮するのです。


「フハハハハ、来た! ついにわたしの時代が来ましたよ! ハハハハ、フゥーハハハハハ!」


 どさっ


「きゅう」



「よく雪下ろしの最中に足を滑らせて、屋根から落ちると言う事故が起こるが」

「ガクガクガクガクガクガクガク」

「自分の掻いた雪に埋もれたヤツは初めて見たかも知れん」

「ブルブルブルブルブルブルブル」

「とりあえず、これでも飲んどけ?」


 毛布に包まり震えるわたしに、ハチミツ入りホットミルクを手渡す師匠。

 ああ、体の芯から温まります。


「おウチの中、アッタカイナリィ」

「気持ち悪い言葉使いは禁止だといったろう」


 結局あの後、師匠がわたしを念力で救出し、玄関の雪を退けてから、屋根の雪下ろしをしました。


「しかし、ウチでこれだと、マレバ村の方が少し気にかかるな……?」


 マレバ村と言うのは山の麓にある開拓村です。

 世帯数は十二、三と少な目。

 道具屋のグスターさんもこの村に店を構えています。

 小さな村ですが、師匠がベストセラー魔道具を卸しているので、人の出入りは激しく、経済は意外と潤っています。


「畜舎とかが壊れる程度だといいんですけどねー」

「ちょっと様子を見に行ってみるか」


 ――ピクリ。


「ユーリも一緒に……」

「いえ、わたしはここで留守番しておきます」


 師匠が言い終わる前に、答えを返します。

 村というと人がやはり沢山居るのでしょう。

 ヒキコモリ一直線のわたしが、いきなりそんな数の人に会うのは、さすがに尻込みしてしまいます。


「……そうか」


 師匠は、何か言いたそうにしていましたが、それ以上は何も言わず、外出の準備を整えます。


「では、私は村を見てくるので留守は頼む。帰るのは夕方くらいになるだろう」

「はい、いってらっしゃいです」

「留守中は、雪かきの続きをしておくように」

「了解です。サー!」


 『風』の称号を持つ師匠は、その魔術で空を飛ぶことが出来ます。このチート野郎め!

 本人曰く、『空に空気を固めて足場を作り、それを蹴って飛んだ後は追い風と上昇気流を集めて加速するので、飛ぶより駆けると言った方が正しい』だそうです。

 ちなみにわたしも試してみましたが、風力の調節が難しかったです。

 いきなり高度一万メートルまで跳ね上がった後に、急激に高山病を発病し、気圧差で鼻と耳から血を吹いて気絶しました。

 落下の途中で師匠に抱きとめられ、死亡は避けられたみたいですが。

 気付いたのは、師匠にお姫様抱っこされて、庵に帰る途中でした。

 美少女を抱き上げる騎士のように絵になるシーンでしたが、わたしは鼻血と耳血でベトベトでした。そこは空気読んで、拭いててくださいよ!?



 さて、雪かきを頼まれたので、チャッチャと済ましてしまいましょう。

 今度は下敷きにならないように屋根に上がり、念力とスノコでザッシザッシと掻き下ろしていきます。


 下ろして……下ろして……また降って……積もって……


「キリがありません! もう飽きたのでご飯です!」


 断続的に雪が降り積もるので、何時までたっても雪かきが終わりません。

 室内に戻り、お昼ご飯を食べながら、今後の方針を思案します。


「むぅ、これは根本的な解決が必要になりますね」


 パンにチーズとハム(ケラトス産)を挟んで、ミルクと一緒に流し込みます。

 ケラトス肉は、慣れれば癖がなくて美味しいです。

 臭みが無いので、加工しやすいんですね。


「周囲の雪を一気に溶かすなら熱球で……いえ、ダメです。師匠に負けず劣らずウッカリなわたしなら、きっと庵が水没する位の事故はありえますね」


 自分のウッカリ振りにも最近自覚が出てきたので、慎重に対応しましょう。


「ここはやはり、蒸発させるレベルで……いや、自分が蒸し焼きになる未来が見えます」


 うーん……もぐもぐ。


「そうだ、分解ならどうでしょう? 現代社会に生きるわたしの知識だからこそできる解決法!」


 雪といっても、しょせん水。強い電流を流して分解してしまえば、無害でクリアなエネルギーに!

 自分に電流が流れないよう、しっかりアースしておけば、発生するのは酸素と水素だけです。害はありません。

 水素は軽いので上空に逃げるので、爆発の危険もありませんし?


「そうと決まれば早速やってみましょう。確か、電気を流す魔法陣の構築は……」



 再び屋根に登ったわたしは、早速電気分解を試してみます。

 電流の魔法陣を調べだし、アースの魔術を構築するのに時間が掛かり、すでにオヤツな時間が迫っています。


「よし、では……『雷よ、我が意に従い、駆けよ』!」


 アースも完璧。周囲の雪が見る見る融け分解されていきます。

 あっという間に屋根の雪を分解し、家の周囲の雪に取り掛かります。


「完璧完璧、これなら一時間もしないで終わるでしょう」


 ふと、何かを忘れてるような気分になりました。


「はて? 術式の準備は万端だったはずなんですが?」


 自分の身体をパンパン叩いて、忘れ物が無いのか確認。次に周囲を見回して、煙突から煙が出ているのを見つけてしまいました。


「しまっ――!? 火元!」


 そう、酸素は燃焼加速剤です。

 そして水素は燃焼剤です。水は分解すると、単体で燃えてしまえるのです。

 さらに、室内の暖炉には部屋を暖める為の薪が……他にも室内は燃えるものがたくさんあります。


 慌てて術を解除し、風で酸素を散らそうと魔力を練り始めた時、庵が一気に燃焼して爆発し――


 わたしの身体は、意識ごと吹っ飛ばされました。



「ん……んぅ……?」


 目を覚ますと、見覚えのある石の天井。どうやら、ここは庵の地下室ですね。

 師匠の庵には、地下に四つの部屋が設置されています。

 一つは食料保存用の冷蔵室。一つは長期保存の為の冷凍室。一つは書物や素材を保存する保管庫。最後の一つは空き部屋です。


「ここは……地下の空き部屋、ですか?」

「どうやら目が覚めたか?」


 よく見るとわたしの身体は師匠に抱きかかえられる様に、毛布に包まってました。


「う? ふわぁあぁぁ!?」

「暴れるな、おちつけ。凍死寸前になってたんだからな」


 反射的に押し退け様と、暴れましたがあっさり取り押さえられてしまいます。

 そういえば体中がムズムズと痒いような……しもやけ?


「まったく……庵に帰ってみれば、建物が根こそぎ吹き飛んでるし、お前は雪に埋もれて死に掛けてるしで、驚いたぞ。何があった?」

「何が? そういえばわたしは――」


 自分がなにを仕出かしたのか、ようやく思い出しました。

 師匠の家を……わたしの住処を……


 そうです、この世界でわたしが眠ることができる、唯一の安住の地。

 師匠の家で、心から安堵できる場所。

 誰からも、イヤな思いをされず、痛い思いをされず、怖い思いもされない場所。そこを……


「あ、あぁ……師、匠……ご、めん、なさ、い……」


 仕出かした事態の大きさに、カタカタと体が震えだします。

 恐怖で師匠の顔が見れません。

 ボロボロと涙が溢れ、視界がゆがみます。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ゴメンなさい! ゴメンなさい! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ……」

 

 跳ねる様に飛びのき、土下座し、額をつめたい石畳に擦り付けます。


「わたし、師匠の家を……こわし……お願いです、なんでもします、おいださ、ない、で、ください!」


 凍える身体で、鼻水と涙でぐしゃぐしゃになって許しを乞います。

 恐怖で、喉を詰まらせながら、情けを乞います。


「ここを追い出されだら、わだじ……いやでず!」

「お、おい……」

「お願いします。なんでもします、靴を舐めろと言うなら舐めます、股をくぐれと言うならくぐります、奴隷になれと言うなら喜んで尽くします、だから……」

「落ち着け、とにかく落ち着けって」


 必死に土下座して許しを乞います。

 ――土下座? いえ違います。単に腰が抜けて立てないだけです。

 額を床に擦り付けているのだって、師匠の顔を見るのが怖いからです。

 いつものウッカリで済むミスじゃありません。自分の家を吹き飛ばされて、『仕方ない』で済ます人なんて居ないです。

 いつ『出て行け』と言われるか……その一言はわたしにとって、破滅と同じ意味を持ちます。

 ここを出て、普通に生活するなんて出来ません。

 また三年前と同じ目に遭うなんて耐えられない。

 男に襲われることも、殺されて埋められることも、土の中で生と死を繰り返すことも、二度とゴメンです。

 

「おねがいです、ひっく……おいださないで……えぐっ……ここにおいてください……」

「――言うわけ無いだろう?」

「……ぇ?」


 ありえない言葉。

 求めていた、だけど、信じがたい一言。


「ユーリに雪かきしておけと言ったのは私だ。それに世間では、事故で家を焼く者だって居ないわけじゃない。今日のことは『その程度』だったんだろう?」

「ぅ……」


 そう言って、わたしの頭を優しく撫でる師匠。

 相変わらず体が硬直します。が、許しを与えるその手は、いつもより暖かく……


「さすがに何度も壊されるのは困るが、まあ、大事なものは地下にしまってあったしな。ユーリに大怪我が無くてよかった。いやすぐ治るんだったか?」

「……うぅ……」


 顔を上げた先には、師匠の困ったような優しい顔。


「まあ、今後は気をつけるように。な?」

「……ぅ……うわあぁぁぁぁああぁっぁあぁぁぁぁぁん!」


 受け入れてくれたその言葉に……歓喜と狂喜と、わけのわからない感情の激動に流され、わたしは師匠の胸に取り縋って、泣いたのです。

 この世界で三年と半年。初めて――自分から人に触れ、声を出して泣いたのでした。

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