破戒眼のユーリ ~最強師弟の不思議な関係~
鏑木ハルカ
序章:異世界での出来事
01話:序章① 転生から助けられるまで
「あぅ……ぁ?」
ぼんやりとした視界が像を結ぶ。
――気絶、していた?
確か俺は、リリスという街で……
「どうやら、目が覚めたかな?」
急にかけられた声に、身体が硬直して跳ねる。
ベッドの隅まで一気に後ずさりし、無意識に胸を抱いて、ガクガクと震えだす。
何時の間にいたのか、部屋の隅には、壮年の男性。ロマンスグレーってのがピッタリはまる感じだ。
指には仄かに光る指輪。前にも見たことがある、『抵抗の指輪』だ。
「ひ、ひぃ!?」
思い出した――俺は少女になってて、リリスの町で……
確か、殺されて、埋められて?
人が、人が――怖い!?
「あのような目に遭ったのだから仕方ないが……私も詳しくはわからなくてね。できれば君の口から事件のあらましを話してくれないか?」
「あ、ご、ゴメン、なさ、い。俺は……」
「ああ、そうだね。まずは自己紹介しないと。私としたことが、少々
そして、懐からパイプを取り出す。
「吸っても良いかな? どうもコレが無いと、舌が滑らかに回らなくてね」
「かまいません。どうぞ……」
俺を安心させるように軽くウィンクして、パイプを一吹かしする男性。
「私の名はハスタール。魔道器の開発を行っている魔術師だね。得意ジャンルは風属性」
「あ、わたしは……ユーリ、です」
「ユーリ君ね、よろしく。私はリリスの街が滅んだと聞いてね。向かってみたらあの有り様だ」
「滅、んだ?」
ビクリ、と体を震わす。リリスは小高い丘の上にある大きな街だった。それが、滅ぶ?
「状況を把握していないのか? あの街は飛来した魔竜ファブニールに襲われてね。住人はほぼ全てこんがり焼かれてディナーになっていたよ。君は数少ない生き残りというわけだ。事情がありそうなので、私が保護させてもらった」
「ありがと、う、ございます」
生まれて初めて、心の底から感謝の言葉を出した。
彼があの地獄から救ってくれたのか。
俺は、記憶を辿り……これまでの出来事を彼に話し始めた。もちろん、話せない部分は伏せたが。
その頃、俺はダメな男だった。
就職に失敗し(同じ身分のヤツは結構いたが)気持ちの折れた俺は、毎日ブラブラと遊び歩く毎日。
それが起きたのは、ゲーセンで暇を潰し自宅へと戻る途中の駅でのことだった。
駅のホームで、何気なく入ってきた電車を眺めていると、隣のオッサンが線路へと飛び込むのを目撃してしまったのである。
「お、おい!?」
反射的に手を伸ばし、オッサンを捕まえようとした俺の腕が、逆に絡む。
オッサンの腕時計に俺のブレスレット(ゲーセンの戦利品)が引っかかったからだ。
避けようもなく、もつれる様に線路に落ちる俺たち。
そこへ突っ込む電車。
驚愕する運転手の顔すら、はっきりと見えた。
手足が千切れ、首が飛び、内臓が飛び出し、骨が砕け……合い挽き肉のように、オッサンのソレと混ざる。
そんな光景を、首だけになりながら眺め、そして頭も鉄輪に――
そして気がつけば、床も天井も真っ白な部屋にいた。
全てが白すぎて、床と壁の境目すらはっきりと判らない。
目の前には書類満載のデスクと、やつれたような中年。飛び込んだオッサンとは違うみたいだ。
「君には残念な知らせがある」
そう切り出したのは自称『神』。彼は俺の反応に構わず、事態の説明を始めた。
新人死神の不手際に巻き込まれた俺は、本来死ぬ予定ではなかったらしい。
そして、「元の世界は肉体が無くて無理だが、異世界なら転生させられる」と、ベタな展開を提案してきた。
「望みの世界はあるかね? 後、こちらの不手際だ。今ならなるべく便宜も
自身のショッキングな死を経験したせいで妙なハイテンションになっていた俺は、しばし黙考した末、こう答えた。
「じゃあ、どんな状況にも挫けない無敵の身体と、不老で不死な生命力。最強な感じの魔法の才能と……若さと、ハーレムが勝手にできるレベルの超美形」
今考えると、とんでもない要求だった。その要求に『神』はしばし顎を落とし……
「なるべく要求に沿えるよう、善処したいと考慮します」
日本人の典型のような玉虫色の返答をした。
「いや、できるの? 半分冗談で言ったんだけどね」
「何度も言うがこちらの不手際だ。この程度のペナルティは覚悟しよう。ただし、全部叶うと思わないように」
「一つでも叶えば良いと思って言ったんだけどさ。そう言ってくれると、未来に希望が持てるね」
「前向きで何より。そのノリで向こうでも生きてくれたまえ。私も人の世には迂闊に手を出せん」
神様にも管轄とかあるのか。世知辛ぇなぁ。
「では良い旅を。君の生に幸あれ」
そんなやり取りを経て、俺はこの世界へと降り立った。
◇◆◇◆◇
一人の男が異世界に送り込まれた後、『神』の前に新たな人影が現れていた。
やや細身の女性は、『神』に向けてぞんざいな口調で言い放つ。
「ええのん? 予定になかった魂やろ?」
「構わん。あの魂は湖面に投じられた一石……いや、磁石になるかな?」
「磁石?」
「うむ。あの魂によって多くの運命が変革を余儀なくされる。結果、動かぬ男が動き、死すべき男女が生き、交わらぬ運命が交わる。それらを引き寄せる磁石だ」
重々しく告げる『神』の言葉に、女性は対照的に軽薄な仕草で肩を竦めた。
「そんな大袈裟な」
「そう思うかね?」
「普通の男やん?」
「この際外見や性格など些末な問題に過ぎん。重要なのは魂が持つ運命を巻き込む力だ」
「そのためにわざわざ、死ぬ予定のなかった魂を死なせてまで、転生させたんか」
「彼には悪いと思うがね。この先の世界には必要な人材なのだ」
「ふぅん……?」
疑わしげな視線を向ける女性に、今度は『神』の方から問い掛ける。
「貴様こそいいのか? 立場で言えば私とほぼ同格であるというのに」
「かまへんて。どうせうちを信仰する人間なんてもうほとんどおらんし。うちはすでに枯れた神や。なら他の神の下についても、問題あらへんやろ」
「気軽に言ってくれる。では後で一仕事頼むとしようか」
「後で? 別に今からでもええで」
「今はまだ準備が整っておらぬ。時が来れば、改めて請願しよう」
「大仰なことやな、創世神ユグドラシル様は」
「貴様も似たようなものだろう?」
珍しく苛立ちを隠さず神は立ち上がり、そして姿を消す。
残されたのは女性と、書類が山積みになった机だけ。
「なぁ、この書類、ひょっとしてうちが決裁するん……?」
そして今になってようやく、ユグドラシルは仕事から逃げ出したと気付いたのだった。
◇◆◇◆◇
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