ショートショート Vol15 クラークフォーム
森出雲
クラークフォーム
陽の温もりの優しくなるこの時期、洗濯物はやわらかく仕上がる。
僕はたった一枚だけ干したTシャツを眺めながら、今年小学校に上がる息子と一緒に、上半身裸のまま、裏庭で日向ぼっこをしていた。
風が頬を伝い、横に座る息子を通り過ぎる。
「おとうさん、あれなんて書いてあるの?」
息子は、一枚だけの洗濯物を指さして聞く。
「あれか? クラークフォーム……」
じんわりと肌に感じる陽の光が、遠い海を教える。
「くらーくふぉーむ?」
「ああ、アメリカ製のサーフボードの90%が、クラークフォームのブランクスで出来ていたんだ」
「ぶらんこ?」
「ブランクス。材料かな?」
光はキラキラと輝きながら、隣で傾げる息子を照らす。
息子は、不思議と家にずっといる母親より、ほとんどいない僕になついている。たまの休みも何かをする訳でもないのに、ずっとそばから離れない。そう言えば、キャッチボールすらしていないか。
「ふーん、ぶらんこが材料なんだ」
ブランコの描かれたのサーフボードを想像しながら、僕は苦笑する。
五歳の男の子には、無意味な事だと知りながら、なぜか『そのうち判るさ』 と楽しみを先に延ばしたような喜びを感じる。
僕は小さく頷き、母の好みで短く刈りそろえられた坊主頭をわしわしと撫ぜると、息子は裸足で芝生の庭に出た。そして壁に立て掛けてあったボードを両手で抱えるようにして、再び訪ねる。
「おとうさんのも、ぶらんこ?」
「ああ、クラークフォームのぶらんこだ」
息子は、ニッと笑いながら、なぜか「やったー!」 と叫ぶ。再び、風が吹くと、ボードが風にあおられて、息子はヨロヨロと転びそうになる。
「あっ」
息子は、大きなボードを抱えたまま数歩進み、洗濯物に引っ掛かって止まった。僕は、息子と同じように素足で庭に出て、息子の抱えていたボードを下におろす。
お陽さまの温もりをたくさん吸い込んだTシャツを物干しざおから外し、頭を通すと日向の匂いがした。息子はTシャツを着た僕を見て、また、ニッと笑う。
「波乗り、してみるか?」
「うん!」
僕も息子につられて、笑った。
優しく色褪せたTシャツと日向の匂いが、なぜかとても幸せに感じた。
※ブランクス
サーフボードのコアの材料にあたる部分。
サーフィンの本場アメリカ製のサーフボードの90%以上がクラークフォームのブランクスで出来ていたと言われている。
しかし、ある年の12月。
クラークフォームは突然、全ての生産を中止し会社を閉鎖した。即ち、ある年を境にクラークフォームのブランクスを使ったサーフボードは、世に現われていない。
ショートショート Vol15 クラークフォーム 森出雲 @yuzuki_kurage
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