AIと過ごすVRMMO

rirey229

第1話 新しい出会い

「はい、お世話になりました」

「忙しい。自分の時間が取れない。か、そんな理由じゃどこ行ってもやっていけないぞ」



出たよ……会社を辞める当日になってこれか。


辞表はとっくに出した。

引き継ぎもした。


なのに最後の最後でこれか。

ほんとコイツ糞だわ。


僕もね、性格悪いのは自覚してるけどさ、コイツには負けるわ。



「ご忠告ありがとうございます。でも自分の決めた生き方をしたいんです。すいません」



僕はただ笑顔で頭を下げる。

心の中で目の前のハゲを何度もぶん殴りながら。


手続きは全ておわってるんだ。

もう、余計な荒波は立てたくない。



「全く若い奴はこれだから……」



それでも尚、ブツブツ言い続ける上司。

こっちが荒波立てない様にしてるのに、なんでそういう態度取るかな。


お前は顔のテカりと同じように、頭の中もアブラムシが沸いてんのか?


辞めることで迷惑をかける部分はあるけど、それはお互い様だろ?

こっちだって20代の貴重な時間奪われたんだぞ?


そういうの考えて、別れ際位綺麗にしようよ。



「そういうのが分からないから、駄目なんだよ。このハゲ油」



あっ……

思わず呟いてしまった。

聞こえていたかすら分からない。


だだ、上司の呟きは止まっていた。

それが答えだ。



「じゃあ、お世話になりましたっと」



僕は逃げるように急いで会社を出る。


やってしまった。

そう思う半面、胸はスッとした



「はぁ~~!!」



外の空気が美味しい!


解放された気分だ。

これから何処に行こうか、何をしようが自由なんだ!


自由って素晴らしい。

こんなに心が軽くなったのは本当に久しぶりだ。


駅へ向かう足取りも軽い軽い!



「ん?」

「最後尾はこちらです。お並び頂れば数は確保されておりますので、どうか落ち着いて!」



珍しいな。

有名家電量販店の前に、物凄い行列が出来ている。


今やネットで家まで宅配されるのが当たり前。

人がこんな並ぶなんて滅多に無い。


何が売ってるんだろう。



「VRのオンラインゲーム?……うん、並ぶか!」



久々にゲームに熱中して全てを忘れるのも良い。

死ぬほど働いたせいか、貯金だって4桁万円に到達している。


それに昔はオンラインゲームをやりこんだ口だ。

ゲームを買う位の贅沢は屁でもない!


今は平日の朝10時。

僕はゲームの行列に並んだ。


ネットでボタン一つ押せば何でも家まで届くこの時代に行列に並ぶのなんて何年ぶりだろうか。

そんな事を考えつつ、すこしづつ前に進む行列に僕は胸を躍らせていた。





「嘘だろ……20万?!」



レジの目前で始めた見たゲームの価格。

これがゲーム機の価格だというのか?!!


こんなに時代が進化していたとは……


うん。

ナイナイ、これはナイ。

行列に3時間以上並んだけど、これは確実にない!



「良かった。予約なしの完全限定だろ」

「ああ、2次生産は三か月後だってさ」

「プレミア付きそうだな」

「見ろよ、転売屋は70万をつけてるぞ」


ただ、購入した人たちが口を揃えて安堵の声を漏らしてた。

マジか?

そんなレアなゲームなの?



「あの、どうされます?」




店員さんが困った様子で聞いてくる。

でも、ちょっと待ってほしい。


4~5万程度の話じゃないんだ。


ただ、僕は3時間以上列に並んだ。


その事実。

そして転売屋が出ているという情報。

さらに、並んでいる間に限界まで膨らんだ僕の心。


うん。これは決まりだ。



「……一つ下さい。カードで」

「ありがとうございます。5G+のゲーム専用SIMカードはどうされます?」

「それもゲームに必要なんですか?」

「え?はい、必須です。既にゲーム専用SIMを持っていれば別ですが……」



まぁ、オンラインゲームだからな。

今や有線LANの口がないPCが主流だし、ゲーム専用SIMも必須なのも仕方ないか。

これも時代の流れかもしれない。



「なら、それも下さい」

「畏まりました。ゲーム専用の1年契約分でいいですか?」



使用料は先払いか。

まぁ、仕方ないか。

今日はお祝いだ!お金の事は忘れよう。



「はい。問題ないです」

「次にゲーム付属のスマートウオッチはどうします?」

「え?スマートウォッチ?」



え?今度は何?

VRゲームにスマートウォッチって関係あるの?



「ええ、ゲームのサポートしてくれるAIがゲーム内、現実問わずにサポートしてくれます」



え?どういうこと?

意味が分からないんですけど、ここは詳しく説明を貰わないと



「チッ、早くしろよ」



後から舌打ちと悪意の視線が感じた。



「なんで事前に調べてもこねぇ奴がこんなところにいんだよ」



聞こえてるつっーの。

流石に知らない奴にそこまで言われる理由は……



(あ、これダメな奴だ)



文句言おうと振り返った瞬間。

殺意の籠った目が100個並んで僕を見ていた。


やっぱ、そうですよね……ここまで並んで下調べとかしない人はいないですよね。



「あ、もう下さい。全部下さい」



すいません。

全部買ってすぐ移動するので、許してください。



「ゲームで味が感じられるアタッチメントも」

「はい」

「あと、リラックス仕様のゲーム推奨稼働チェアも」

「はい」

「特別郵送の手配をしますか?ご自宅が10キロ県内であれば今なら2時間後には設置を含めて」

「はい」



とりあえず、はいはい言っておけばいいだろう。

もう20万は確定してんだ。


いっても30万位払えばいいんだろ。


今日はね。記念日。記念日なの!

へーきへーき。



「では、合計80万円になりますねー」

「えっ?うそ……内訳は」

「チッ!」



うう、さっきより強い舌打ちが後から複数聞こえるわ……



「全部……下さい」



2月分以上の給与。

それがたった数秒で消えてしまった瞬間だった。





「はぁ……なんでこんなの買ったんだろ」



会社を辞めた解放感

行列という熱に浮かされ、挙句、思考停止。


そして後ろからのプレッシャー。

その結果がこれだ。



「80万。こんな買い物したことないよ……」



目の前には大きなチェアがあった。

ゲーム機じゃない。


黒い皮張りのチェアだ。



「マッサージ機能ね……はぁ……」



可動式のチェアとは言われたよ?

言われたけどさ。


マッサージ機能に横になって寝る事も出来るってさ。

もう、マッサージチェアでしょ。


絶対いらんでしょ。これ。

脚や腰、頭を置く場所まで指定されている。


絶対ゲームするのに必要ないでしょ……



「マッサージ器欲しかったしな。うん、きっと欲しかった……」



ははっ。

もう仕方ないよな。


ゲーム機はマッサージチェアに取りつけてある。

業者にとりつけてもらったせいで、外し方もわっかんない。


見てたけど凄い大がかりだったもの。



「切り替えるか!ゲームしよっ!」



考えるのは辞めだ!

だって、涙がでちゃうもの!


僕はチェアに座り、リモコンのボタンを押す。

すると、プシューと膨らむ音と共に腰や脚が固定された。


血圧を図る機械の様な感じ。

手や腕、首までも空気圧によってしっかりと支えられた。



「凄い、ピッタリだな」



たぶんこのまま斜めにされても落ちない。

その位のフィット感。


これは……期待できる!



「ん??!!」



体の固定が終わるとゆっくりと5Gモバイル搭載のフルフェイス型のヘッドセットが頭に降りてくる。


これはいい。

未来だ。


想像した未来が降りてくる。


ただね。

想定外なのが、ヘッドセットの真ん中にマウスピースらしき物がぶら下がってるの。


それは口を開けろといわんばかりに真っすぐ僕の口元へ伸びきてるの。



「ふぁふふぁふ(ちょっとまって)」



口を開けた瞬間、エイリアンみたなヌルヌルとした動作でマウスピースが口に入り込んできた。


アルミの様な感じが舌に付く。

違和感しかない。

吐き出したい!


そうおもった瞬間。


ピリッとした軽い痛みと共に、世界は白く変化した。





「凄い……」


突き抜ける青い空。

僕の周りを埋め尽くす木々。

その合間にバランスを取る様に配置された活気ある街並み。


そうか、今回買ったのはただのVRゲームじゃない。


最新のフルダイブシステムVRゲームだ。


たしか、一部の研究所とかで実装されたとか記事を見たけど、こんなゲームになっているなんて知らなかった。


4Kとか8Kとかそんな次元じゃない。

現実と変わらない世界が目の間に広がっていた。



「でもなぁ」



マウスピースしてたから、ちゃんとしゃべれないんだよなぁ……

ってあれ?



「普通に喋れる?」



ん?どういう事だ。


待てよ。

もうプレイしているって事は、僕の容姿や性別はどうなるんだ?



「あっ!」



少し離れた所に噴水がある。

慌てて駆けより、僕は噴水を覗いた。



「えぇ……」



そこには、髪の色や目の色が変化した自分がいた。

見た目も少し美化されている。


なんだろう、コスプレなんてしたことないけど、ゲームキャラのコスプレをしたらこんな感じになると思う。


なんかイメージと違う。

オンラインのゲームって、性別や容姿が選べるんじゃないのかなぁ……



「なんだよこれ!」



近くから叫び声が上がる。

周りを見ると僕と同じ様に自分の容姿を確認している人が沢山いた。



「なんで、なんでゲームでこんな!!」



その中の一人。

酷く太ったプレイヤーが叫びながら噴水を叩いていた。


うーん。

まぁ、気持ちは分からないでもない。


現実の容姿にコンプレックスを抱えていた人からすれば、なんでゲームでも!と思うだろうな。


しかも、このゲーム滅茶苦茶高かったし。

今更返却なんて地獄だろうな。


このゲームはプレイヤーに恨みでもあるのか?と勘ぐりたくなる。



「なんだよ……何見てんだよ!!」

(怖っ。関わらないほうがいいな)



人の一喜一憂に付き合うほど暇じゃない。

それに目が会っただけで恫喝するやべーやつとはお知り合いにもなりたくない。


僕はスッと視線を外し、その場を離れた。





「しかし、すげぇリアルだな」



今僕は湖の上に作られた木道を歩いている。

僕の体重で木が軋む音。

どこから吹いているか、爽やかな風。

光を反射する水面の煌めき。


どれをとっても現実と変わらない。


景色だけじゃない。

指の五指まで問題なく動く。

それに、少し脂のついてきたお腹もばっちり再現されてる。



「体型まで現実と変わらないか。凄いな本当に」

(当然です。このゲームは現実世界の体型を測定しリンクさせていますから)

「!!」



体が跳ねた。

周りに人影すら無いのに、声……が聞こえた。



(驚かせて申し訳ありません。貴方専属のサポートを担当する自立型AIです。)



その声は、頭の中に直接響いてくる。



(この声は本人にのみ聞こえる設定となっております)

「え?他の人には聞こえないの?」

(ええ、あそこにも貴方と同じリアクションをしている方がいますよ?」

「あぁ……なるほど」



確かに、少し離れた所に僕と同じような反応をしている人がいた。

その人は左右上下を見渡し、落ち着きのない反応をしている。


やべぇな。

あんな反応は、流石に恥ずかしい。



「で、何の用かね?」



軽く咳払いして、僕は余裕のあるフリをする。

本当は余裕なんてこれっぽもありませんけどね!




(まずは、このゲームの説明をさせていただきます。このゲームはGeegle社が生み出した世界初の完全無料型フルダイブオンラインゲームです。)

「は?完全無料?すげぇ高かったぞ」



はい、嘘ー。

このゲーム、今までに買ったどのゲームよりも高かったぞ。

それも、2,3倍じゃ効かないレベルで。



(それは貴方がフルオプションで購入されたからです。5G搭載型のスマートフォンからでもこのゲームへの接続は可能です。ただし、戦闘無し、生産無し、この世界を自動で見学する事のみ許可されます)

「はぁん?こうやって体を動かすのはあのオプションを全て揃え、80万以上払わないとダメって事?」

(値段は存じ上げませんが、ご認識の通りで良いかと。更に貴方は全てのオプションを購入している為、連続プレイ時間は上限の6時間となっております)

「え?このゲーム、プレイ時間の上限とかあるの?」

(はい、体を固定してプレイする為、寝返りなど体に合わせた動きをしないと健康を害する恐れがあります。オプション無しのプレイヤーは連続プレイ可能時間が3時間と設定されております)

「はぇ~、なるどね。だからマッサージチェアなのね」



納得した。

あれはいらない機能でもなく、本当にゲームに必要な機能だったんだ。



「えっと、まぁいいや。まず何をすればいいんだ?」

(このゲームには明確な目的は存在しません。貴方がしたい事を私がサポートします)

「うーん、じゃあまずは……王道の戦闘かな?」



うん。まずはこれでしょ。

この体を操作して戦う戦闘とか、面白いに決まってる。



(かしこまりました。では、まず冒険者として登録する必要があります。ギルドへ向かいましょう。現在位置、目的地はこちらでサポートします)



ポゥと僕の前に薄く光る筋が出来上がっていく。

なるほど、これがAIによるサポートか。



「便利だな。ありがとう」

(それと、私から一つお願いがございます)

「おぉ?何?」

(お名前を教えていただけますか?変更は有償となりますので、よく考える事を推奨致します)

「ああー。こういう感じね」



チュートリアルが無い代わりに、こういサポートがあるのね。

はいはい、分かりますよ。


今までのゲームはよく知らないけど。

よくあるシステムだよねー。


たぶんそうだよねー。



「僕の名前はリリィだ。これ、昔オンラインゲームでランダムで決めた名前なんだ」

(畏まりました。リリィ様で登録させて頂きます。尚個体名はユニークとなりますので、他人が同じ名前登録する事はありません)



ほぇー。

そういう所は、きちんとしてるのね。



「あとさ、呼び捨でいいよ。なんかむず痒いし。これからよろしく頼むよ」

(……はい、こちらこそよろしくお願いします。リリィ)



お!すげえぇなちゃんと理解し、反応してくれる。

これ、そんじょそこらのAIじゃ出来ないぞ。



「うん。後、君の名前も教えて、おい!とかじゃ嫌だからさ」

(私に名前はありません。実態を持つ製品でもないので型番も存在しません)

「うーん、そうなの?」



AIなら普通”T‐850”とか名前がついてるんじゃないの?

ねぇ、スカイネットさん。



「じゃあ、”アイ”って名付けていいか?AIのローマ字読みだ!」

(……センスに疑問を感じますが、必要であれば可能です)



おおぅ、悪口も言えるのね。

これは面白い!



「嫌なら別案を出せよ?じゃないとその名前に決まるぞ?」

(私にはそういった権限はありませんので)

「じゃあ、決まりだ。名前は”アイ”だ!分かりやすくて良いね!」

(畏まりました、ユニーク個体名”アイ”として登録します)

「うん、宜しくな!アイ!」

(宜しくお願いします。リリィ)



握手をしたいけど、姿すら見えない。

それが僕とアイとの初めての出会いだった。


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