第12話 孤独に?させませんよ(下)
宿にしたファンの家を後にして、必要な道具を買い込んでから出発しようとしたとき、その男と出会った。
アズリーレ「まだ、ツレ連れて、うだうだやってるんかよ。甘っちょろいことだな。ガキんちょが」
私は、その人物をきっと睨みつける。
アズリーレ。
この人は、目的を果たすためなら、他のすべてのことは切り捨てる、というタイプの人間だ。
攻略対象の一人で、序盤のヒロインの選択肢によって彼と関わるルートはある。
ヒロインの優しさにふれた彼は、最初は人間性がアレだったものの、次第に変わっていくのだ。
最後までやれば、それほど悪い人間ではなかった事が分かるだろう。
でも、私は彼の事はあまり好きではなかった。
ヒロインと出会わなかったルートの変わらない彼は、自分の行動が正しいと、いつでもそう思っているから。
アズリーレ「何かを得るためには、何かを犠牲にしなくちゃならない」
それで、ウォルド様にもその考えを強要してくる。
だから、なおさら嫌い。
アズリーレ「悪魔を殺すんだ。生半可な気持ちで成せると思うな。そんな足手まといはさっさと捨てちまえ。何の役に立つ。女をはべらせて良い気になってるんじゃねぇだろうな。民間人を巻き込むのはお前の甘えだろうが」
私は即座に、その言葉に反論する。
私「甘えちゃいけないんですか! 人間は一人で何でもかんでもでいるようには、なってないんです。ウォルド様には私達が必要なんです。孤独な英雄になんてさせません」
アズリーレは嘲笑するようにけらけらと嗤う。
アズリーレ「生意気言う小娘だな。俺は無駄な殺人はしない。だが目的のためなら、手段を選ばない。ここで、くし刺しになってみるか?」
次の瞬間に、殺気がぶつけられた。
それはむき出しの悪意だ。
厳しさに中にも優しさがあったウォルド様のものとは、比べ物にならない。
本当に逆らうなら、容赦しないのだろう。
冷徹な空気が辺り一帯を支配した。
ミュセさん「イツハさん」
しかし、アズリーレが剣を向けると、ウォルド様が割って入った。
ウォルド様「やめろ」
私「おうおう、そんな血相変えて割り込むなよ。冗談だっての。いくら何でも人目のあるところでやりゃしねぇよ。人目のあるとこではな」
興がそがれた、といった風のアズリーレは手を振りながらその場を去っていった。
私は原作ストーリーのラストまで知っている。
悪魔を倒し、世界を変えるために頑張ったウォルド様。
大勢の人の未来を変えた英雄、偉人。
けれど、彼の功績は誰も知る事が無い。
彼は、短い命を燃やし尽くして、最後はたった一人で死んでしまう。
誰も知らない英雄。報われない英雄。
ヒロインも友人も悲しませて、死んでしまう。
アズリーレの影響を受けて、ウォルド様がそんな事になるのは絶対さけたかった。
ミュセさん「イツハさんは、時々知らない事を知っているような空気がありますよね」
私「えっ、そう見えます? そんな事ないですってば」
ミュセさん「ウォルドさんが何か悩んでるみたいです。でも、私の言葉はきっと届かないので、イツハさん……お願いします」
私「かいかぶりすぎですよぅ。もちろん全力は出しますけどもっ」
鋭い勘を発揮したミュセさんとそんな会話した後、夜、眠っている間に出ていこうとするウォルド様をつけてみた。
隠れ家から離れて少しの場所で、彼が振り返る。
さすが推し。
素人仕事など、すぐ看破してしまったらしい。
ウォルド様「起こしちまったか?」
私「このまま、どこかに行ったりしませんよね?」
軽口はおいといて直球勝負だ。
すると、ウォルド様はそれについては、何も返事をしなかった。
ウィルド様「俺の行動のせいで他の人間に迷惑がかかっていることは事実だ」
私「私達は望んで手を貸してるんです。危険なのは百も承知ですよ」
ウォルド様「けれど、俺が助けを求めなかったら」
私「違っていた、なんて思いません。忘れたんですか。私は勝手にウォルド様についていったんですし、ファンクラブを作ったのも、私が勝手にやった事です。だって、ウォルド様に聞いたら反対されるって分かってましたし。だから全部私の勝手な行動です。ウォルド様に何か言われたぐらいで、私がひっこむとでも? 思い違いも甚だしいですよ」
そこでウォルド様は、固い表情を崩して、笑みを向けた。
苦笑の笑みだが。
ウォルド様「そうだな。お前はそういうやつだったな。最初に会った時は、何だこいつって思ったけど。いっつも強引に距離詰めてきて、でもそれが俺は、悪くなかった」
最初の頃は、ちょっと距離感があったと思う。
でも最近は少しだけ、信頼してくれてるとうぬぼれても良いと思った。
ウォルド様は、少しだけ私達に甘えてくれるようになったと思う。
本音をこぼしてくれる事もある。
きっと、だから、一人になる事をためらってくれている。
私達といる時間を大切だと感じていてくれている証拠だ。
だから私が頑張れば、未来は買えられるかもしれない。
私はウォルド様の背中にしがみつく。
絶対に離さない。そんな意思を込めて。
私「ウォルド様。ここにいてください」
私は、大好きなウォルド様を、一人きりにさせて辛い目にあわせたくない。
私の推しだったウォルド様は、孤高の存在でも自分の意思を最後までつら抜きとおしていた。
そんな所が大好きだった。
けれど、推しへの愛から始まった出会い。
その出会いを経て、改めて知った目の前の、弱いところのある一人の人間ウォルド様。
私が今好きなのは、きっとこっちのウォルド様だから。
私「私達を危険な目にあわせたくないというウォルド様の我儘は分かりますけど、ウォルド様と一緒にいたい私達だって、とっても我儘なんです」
ウォルド様「我儘って言うなよ。子供みたいだろ」
私「連れてってくれなかったら、勝手に探して勝手に危険な目にあって、勝手に命を落としちゃうかもしれません。だからここに置いてください」
ウォルド様は、それ以上進むことなく、空を見上げていた。
ウォルド様「すげぇ勝手な奴だなお前。俺は、俺も我儘でいいのかよ?」
私「はい。当たり前じゃないですかっ」
こっちを見たウォルド様は少しだけ笑ってくれました。どうやら答えが出たようです。
元の野宿の場所に戻ると、ミュセさんが微笑んで迎えてくれました。
暖かい飲み物まで用意してくれて、気遣いができた人です。
もう、お嫁さんに欲しい。
ウォルド様の嫁になったら、今度はミュセさんを嫁にしよう。
翌日、ウォルド様はアズリーレに決別を伝えました。
この男、わざわざ私達の進路を予測して、待ってたんですよ。
ほんと、そういうとこ嫌いです。
おっと失礼。呪いの影響がまだ残っていたようですね。
あぁん? いけすかねぇやろーだなあんちゃん。
あれ。ちょっと違うかな。
裏路地 『ウォルド』
俺は、決断した。
それはきっと、俺にはイツハ達が必要だと思ったからだ。
ウォルド「悪いな、俺はお前とは一緒にいかねぇ」
アズリーレ「血迷ったのか。後悔することになるぞ」
ウォルド「俺はあんたみたいに強くなれなかったみたいだ。あんたのそこは素直に尊敬するよ。でも、イツハ達にはつっかかんなよ。あいつらに手をだしたら許さねぇ」
アズリーレ「ガキが……」
アズリーレには、短くそれだけを伝えて、歩き出す。
そんなウォルドには、目の前に立ちふさがった幻影があった。
それを見て、ただ笑う。
寂しげなのに、誰も寄せ付けない拒絶をまとわせたその人物を見ながら……。
ウォルドは、自分の姿そっくりのその幻影よりも先へ歩いていった。
ウォルド様「じゃあな。俺は、お前のようにはならねぇよ」
きっとそれで、決別したのだと思う。
過去の自分とも。
ウォルド「いくぞ、イツハ、ミュセ」
イツハ「らじゃーです!」
ミュセ「はい!」
過去の、ありえたかもしれない世界の自分を背中に置き去りにして、前へ進むことにした。
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