第11話 孤独に?させませんよ(上)



『私は彼女達の旅路を見守っている。それしかできない。この世界にやってきたイツハを活動させるためには、私がこの体で動くわけにはいかない。もし私とイツハが魂を正面衝突させる事になったら、どちらかが消滅してしまうだろう。私は避けたかった』





『死ぬのが怖いというわけではない。そんな心はとっくの昔に消えた。私が彼女を消してしまうのが怖い。生き延びるべきは彼女だと思うから』











 それは前の世界にいた頃の記憶だ。


 最後の時からさかのぼって、一週間前くらいの記憶だろうか。


 数歩で完結してしまう小さな世界、勉強机があって、文房具や教科書をしまう棚があって、服をつるしているクローゼットがあって、ベッドがある。それだけの私の私室。


 私はそこから動けない。

 でも、ゲーム機を通して、知らない場所に行く事ができた。


 偶然手に入れたそれは、私の日々に様々なものをもたらしてくれた。


 けれど、たくさんの幸せを運んできてくれたそれは、同じ数だけたくさんの悲しみも運んでくる。


 エンディングを迎えた私は、画面の向こうで倒れた彼を見つめて、涙を流した。


 なぜ、彼が犠牲にならなければならなかったのだろう。

 なぜ、彼を手助けしてくれる人がいなかったのだろう。


 なぜ、彼を孤独にしてしまったのだろう。

 なぜ、彼が悪人ではないと誰も気づいてくれなかったのだろう。


 その時の私は、きっと思った。


 もし、機会が訪れるのなら、彼を助けたいと。







 ハーモナイザの村


 祠を壊してから、三日目の昼だ。


 ムニベアのところでうけた呪いは未だ続いているようだ。

 単に影響が薄まるのが遅いだけなのか、超常の存在が意地悪しているのか。

 後者だとしたら、大変へんくつな存在だと思う。


ミュセさん「イツハさん、おいしいご飯でも食べてみませんか」

私「ありがとうございます。ミュセさん」

ウォルド様「ちょうど出店があるしな。うし、買って帰るか」


 かくまってくれているファンの人たちがいるので、その人の家に向かう最中。

 町の人々の噂が耳に入る。


 天使を崇める人々。

 大罪人を呪う人々。

 エルフを嫌う人々。


 何も知らない彼らの言葉を聞くと、苛立ちがおさえきれなくなりそうだった。


ウォルド様「ほれ、食ってみ」

私「はむっ、らにふるんれふか」

ウォルド様「うまいだろ」


 考え事をしていたら、串焼きを口につっこまれた。

 断りもなく乙女の口に、食べ物をつっこむのは、いかがなものかと思います。

 美味しいですけど。


ウォルド様「眉間にしわよせてんじゃねーよ。いつもみたいに能天気にしてりゃいいんだあんたは」


 どうやら気遣われてしまったようですね。


 心に深く反省の意を刻み込みます。






 この世界には、様々な不条理が満ちている。


 それらは気づかずに、功名に蜘蛛の糸のようにはりめぐらされている。


 それでも時には、世界の真実に気づいた人間が出る。


 しかしそんな者達は、排除され。誰にも知られることなく闇に葬りさられてしまうのだ。


 それらの物語は、作中作である……

 富裕層の少年と貧民街育ちの少女が手を取り合う「フィセロットの悲劇」や、主君のために愛する人を手にかけなければならない「ダイダロスの決断」などにも描かれている。


 公に出回る事のない希少本だが、この世のどこかにいる人間が真実を語り継がなければならないと思い、筆をとっているのだろう。


ミュセさん『こうしたお話しを聞くと、胸が熱くなる想いです。彼らの想いに応えられるようにしたいですね』

私『ぜひ頑張りましょう。よっしゃー、がんばるどぉぉぉ』

ウォルド様『おーい、静かにしとけ。衛兵に見つかるだろ。今、追われてる状況なの、忘れたのか? 減点な』







 食べ歩きで推しから、口に物をつこまれる(意味深)!


 そんなこんなな一幕があった後、私達はファンクラブさんのおうちにお邪魔します。


 ようやく調子が戻ってきたみたいですね。私の。


 この様子なら、私復活の日は近そうです。


ファン「これがウォルド様。はうっ、素敵」

私「ですよね。ですよね。分かりますとも!」

ファン「お飲み物もってきますね」

私「おかまいなく」


 うむ、毎回毎回すまぬ、ファン達。


 へへぇ、頭が上がらねぇよ!


 後で、ウォルド様の今週の活躍を、記事にしておきますんで!


 こういう時、ファンクラブシステムが便利です。


 その際にミュセさんは、かねてから思っていた事をウォルド様に尋ねた。


ミュセ「ウォルドさん達は、どこまで把握していたんですか?」


 私達の逃避行に巻き込まれるべくして巻き込まれた女性。

 ミュセさん。


 いつも通りには見えるけれど。

 天使と悪魔が入れ替わっているなんていうびっくり歴史を聞かされてとまどっているのだろう。


 ここに来てあらためて、成り行きを聞きたいと述べた。


ウォルド様「事の始まりは、俺のダチが因縁つけられて貴族に連れてかれちまった事だな。エルフだったから天使、いや悪魔の野郎への生贄としてちょうど良かったんだ」


 それで、ウォルド様はお友達を助けようとしたんですけどもっ、うまくいかずに逆に牢屋送り!


 貴族を殺めたとか言う理不尽な濡れ衣を着せれて、大罪人認定されてしまったのだ!


ウォルド様「こいつとは、そこの牢屋でなつかれてそのまま、って感じだな。で、因縁のお貴族様はぽっくり逝っちまってたもんだから、俺の濡れ衣はずっとこのまま。ダチを助けるためにあっちこっち行って周って……ってわけだ」


 そうそう、その後ミュセさんを巻き込んじゃってんだよね。


ミュセさん「となると、やはり天使の正体についてはまったくご存じなかったと」

ウォルド様「そうなるな。俺もおどろいた。遺跡であったおっさん、アズリーレが教えてくれなきゃ、たぶんずっと勘違いしたままだったろうぜ」

ミュセさん「他の人に説明したら信じていただけないのでしょうか」

ウォルド様「無理だろうな。まともな人間が言うならまだしも、俺達は大罪人だ。たわごととして受け取られんのが目に見えてる」


 ううむ。なかなか難しい状況です。

 あっでも、ファンの人たちが信じてますよ!


 全員ウォルド様がそんなひどい事する人じゃないって、私がみっちりかっちり教えておきましたから!


 それにしても。


 本当に、四面楚歌風なんだよねーえ。


 私やミュセさん、ファンのみんながいるからまだいいけど。


 ゲームのウォルド様の孤独感はきっと半端なかっただろうな。


 だからこそゲームでは、同じ吊り橋を渡るヒロインとの恋も目いっぱい盛り上がるわけだけどもっ。


 リグレットちゃん。この世界では何やってるんだろう。


 私がウォルド様と出会ったばっかりに、変な目にあってないといいけど。


 二人目の攻略対象であるのルーチェ君とかと行動してたりするのかな。



 


 


 あらためて現状確認して数時間後。


 その日の?


 夜ぅぅぅぅっっ!


 来ました。でへへ。


 夜イベントですっ。うひっ。


 ゲームでは、攻略対象の好感度を上げるために、会話するシーンがあったんですよね。


 私夜早い派なんで、なぜか気が付いたら寝てますけどっ。


 今日は起きてますよ!


 ファンの人に用意してもらったお部屋で、三人そろって雑魚寝!


 えへへへっ。


 好きな人と、同室になるとテンションあげあげするよね!


 えっ、誰が好き?


 もちろんウォルド様!


ウォルド様「にやけてねーで、さっさと寝ろ。ミュセはもう寝てんぞ」

私「はーい」


 おっとと、いけない。

 推しに見せられる顔じゃなかった。


 軌道修正。


 キリッ。


私「この先大変な事がまだ続くと思いますけど頑張りましょう!」

ウォルド様「今さら深刻面されてもな」


 ごめんちゃい!


 でも、私いつでも言ってる事は本気なんですよ?


 本当にねっ。


 私は未来を知っている。


 この物語が良く作顛末を。


 だって、ウォルド様はゲームでは、過酷な戦いのせいで、友人を助け出した後に死んでしまう運命にある。


 私はどうしても、そんな運命を変えたい。


私「遺跡で他に何か分かった事とかあります?」

ウォルド様「さっき言った事と同じだ。悪魔が裏で糸を引いてる。だから俺達は悪魔を倒す必要がある。そんくらいだな」

私「でも、別行動していた時がありましたよね。その時に何か言われたんじゃないですか? たとえばいけすかないおっさんとかに」

ウォルド様「おっさんねぇ。アズリーレの事か。何が聞きたいんだよ。本当に、別に大した事はなかったぜ。お前の方は天使と話して加護をもらったんだっけか」

私「はい、特殊な力を。ファンクラブシステムでっす」


 おおいに助かってるあれですねっ。


私「……天使を助けて、協力してもらう事はできないんですよね」

ウォルド様「難しいな。あの場所に来たあんただけに力を渡したってことは、自分が動けないって事だろうよ」

私「そうですよね」


 この世界では、天使になりかわっている悪魔が、すべて動かしている。


 すべてが悪魔に都合が良いように決められている。


 功名な手口で、人々をだまし、欺き、無用な争いを強制しているのだ。


 その例の一つが迫害。

 邪悪な種族という情報を流して、人間たちにエルフを迫害させている点だ。


『エルフなんて、どうなったっていいだろうがっ』

『そんなもんをかばう奴も、邪悪な人間だ!』


 世の中の人たちは、その迫害が仕組まれたものだという事に気がついていない。


 だって、それは。幼いころからすりこまれてきた、常識。ルールなのだから。


 強固なそのルールは、生半可な事ではひっくり返せないだろう。


 おかしさに気が付くのは、ウォルド様のように直接エルフと触れ合った人間だけだ。


 見てもいないものを悪と決めつける。

 触れ合ってもいない人間を、邪悪と罵る。


 それがどれだけ不自然で歪な事なのか、大勢の人達は分からないまま生活している。


 私は、この世界に転移した事が分かった時、そんなウォルド様と旅をして、決めたのだ。


 前世で押しキャラとして応援していた彼を、不器用な優しさを秘めていつも孤独に戦っていた彼を、何が何でも助けようと。









 けれど、


 つい最近。危険な兆候があった。


 ウォルド様が遺跡で出会った男、アズリーレ。


 あの男は危険だ。


 きっと、毒されてしまう。


 原作ではヒロインが寄り添ってくれた。

 けれど、ここにはそんな人間はいないから。


 だから、私が何とかしなくては。


 あくびをするウォルド様を見つめる。


ウォルド様「なんだ? そんな顔しても、添い寝はなしな」


 いいえ、真面目な方です。


私「ウォルド様、一人にならないでください。ウォルド様だけが、戦うなんて私は反対ですから」


 ウォルド様は驚く。


「どうして分かった?」、なんて顔をしている。


 分かる。

 分かるに決まっている。


 私がどれだけ画面越しにこの人を見つめていたか。


 ウォルド様は、どんなに頼もしい人達がたくさんいても、傷つけたくないという一心で一人でいる事を決心してしまう。


 その時が来たら、きっと私達を置いていってしまう。


 確かに私には戦う力はない。

 けれど、原作の知識があるので、彼の役に立てるはずだ。


私「何があっても、一人にならないでください」


 ゲームのシナリオでは、たった一人で戦ったウォルド様は死んでしまった。

 私は、彼に死んでほしくない。


 ミュセさんやファンの皆さんだってそんな事望んでないはずだ。


ウォルド様「誰かがやらなきゃいけないなら、それは俺がやる。俺がそういう人間だってことは、これまでの付き合いで、分かってるだろ」


 ウォルド様は、首を横には振ってはくれない。

 否定してほしかったのに。


私「答えになってないです。ウォルド様はどうして自分から、そんなに強がって貧乏くじを引いてしまうんですか」


 優しい彼ならどうするか分かっていた。

 けれども、だからといってその意見をのみこむわけにはいかない。


 私の意見はウォルド様と真向からぶつかって平行線だった。


『イツハの心が揺らいでいる。だから元の彼女に戻るのが遅れているようだ。それは良い事なのか、悪い事なのか。私には判断がつかない』









 今日の私は、いつにもまして柄にもなくシリアスだった。


 ウォルド様の前ではつねに明るい私でいたいのだから不本意だ。


 こんな会話をするきっかけになったのはある、出会いが原因だった。


 逃走を続ける旅の中、ウォルド様はアズリーレという人物と話した。


 悪魔に恨みがある人間。

 それでいて。

 ウォルド様がゲームの中で、一人で悪魔打倒を行う、そのきっかけをつくった人間だ。


 アズリーレは神殿(遺跡)の中で、私と分断されている時に、ウォルド様に真実を教えた人間……。


 私はあの男が嫌いだ。


 だから、できるだけ距離を取りたいし、金輪際出会いたくない。


 けれど、そううまくはいかないようだ。





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