第3話 ファンクラブ、ふぅー



 ひょんなことからうっかり異世界転移を果たした私は、前々から好きだったゲームの世界へ。


 乙女ゲーム「ヒロイック・プリンス」の世界で、推しキャラであるウォルド様と一緒に脱獄、その流れて旅をする事に!


 うへへっ、テンションあげあげだぁい!


 けれど、そのウォルド様のイケメン力が強すぎて、私はたびたび興奮してます。


 ウォルド様は、控えめにいってもイケメンだ。

 美男子だ。美青年だ。


 控えめに言わないと、人類の至宝だ。宝物だ。


 こんなイケメンがいたら、やる事は一つしかない。


 私はこのウォルド様を愛でる感情を世の女性達と共有するために、ファンクラブを作る事にした。


 最終的には嫁ポジを目指してるけど、最初からそこを目指すのはハードルが高かったと、三か月くらいしてから気が付いた。初期からイケイケどんどんで接しすぎてせいで、話しかけるとたまに引かれる時がある。


 どんまい私!

 めげない! 強い! あきらめない!


 だから、まずはじっくり仲間として押しのアシストをしていくのだ。


 すると、視線の先でウォルド様がぶるっと身震い。


ウォルド様「何だ? 急に寒気がしてきたな」

私「おんやぁっ、風邪ですかウォルド様。私であたためます?」

ウォルド様「いらね」








ヒュクレーヌ川 ほとり


『都を出たイツハ達は、濡れ衣を着せた人間を探しているようだ。彼らがたどり着いたのは、ヒュクレーヌ川。雨季になると、たびたび氾濫して付近の町々や村々を困らせている川。しかし今は、穏やかに流れ、透き通る水の青さを宿すのみだった。ウォルドは、その川のほとりで倒れている人間に気が付いた』


私「うげげ、死んでますね! この人!」

ウォルド様「の、ようだな」


 私達は、川原でお陀仏してる人を見つけてしまいました。


 ウォルド様を不幸な目に逢わせた人物なんで蹴っ飛ばしたい気持ち満々ですけど、さすがに死人相手にするのは、ためらっちゃうんで。


 だから、ちょうどいい場所に埋める事にしました。


 追われている私達が、どこかに届けるわけにはいきませんし、そもそもこの人に悲しんでくれる人なんていないから、これくらいでちょうど良いかな。


 ここに来るまでにかかったのは数日。


 原作ではもうちょっと時間がかかるけど、私がナビしたから結構早く見つけられました。


 まあ、原作開始時点でもう死んでたから、急いでも間に合わなかったけどね!


 ウォルド様に無駄足踏ませる時間が少なくなっただけ、マシと考えよう。

 うんポジティブは、大事!


 ちょい初見で死体みたからびびったけど、ウォルド様が清涼剤だったから、正気度平均値。


 川のほとりに立つウォルド様、絵になるなぁ。


 ざくりざくり。


 さて、もうちょいでお墓完成かな。


私「よっこいしょ。どっこいせ。ふぃー。やっと終わったー」

ウォルド様「救いようのない悪人だぜ、こんな風にしたって誰も感謝しねぇよ。こいつ自身も」


 埋め埋めしたあと、手についた土をぱんぱんと払っていると、ウォルド様が足跡墓地を見下ろしながら、このようにポツリ。


私「私が気持ち悪いので、弔わせていただきました。えっ、だってあの姿のまま放置してたら夢に出てきそうですもん」

ウォルド様「正直すぎる動機だったな」


 あっけにとられたウォルド様。

 てへっ。

 お茶目な理由でめんごめんご。


 まあ、元の世界で培われた倫理観が理由ってのもありますけどねっ。

 でも、私はそこまで良い人じゃないし、死んだ人見るとひぇぇってなるので、自分のために埋めさしてもらいましたがっ。


 しかし、ゲームで分かっていた事とは言えちょい困った。


 ウォルド様には、迫害されているエルフの友達がいた。

 その友達はある日、この土に埋まっているあんちゃんに、天使への生贄として神殿に連れていかれることになったのだ。


 濡れ衣を着せられたその友人さんをかばう人は、ウォルド様以外にはなかった。


 だからあれよあれよという間に事態は進行。


 で、直談判しにいったウォルド様と、このあんちゃんが諍いになって……。


 こうなった感じですね!


 ウォルド様は手加減してたんですけど、あんちゃんの方がキレちゃったもんだから、色々あって事故で荒れた川に。

 そのあまま行方不明になっちゃった感じっす。


 崖上でもみ合いになって、突き落とし事故、からの川流れ!


 恐ろしいほど、鮮やかな流れでっ。


 でも近くにいた目撃者の証言で、ウォルド様が故意に落としたってことにされて、あれよあれよという間に牢屋ゴー。


 麗しい推しは、知っての通り牢屋にぶちこまれちゃってんですよね。


私「これから大変ですね。無実を証言してくれる人もいませんし、生死不明の人だったのが、死亡確定。ぽっくり死んでましたしねーえ」

ウォルド様「最悪だったな」


 これで、原作通りに逃亡し続けるという流れが出来上がってしまった。

 せめて、亡骸が何か証拠になるようなものを持っていないかと思ったけど、何ももってなかったのが、憎いあんちくしょい。


 すまぬ。推し。力になれなくて。


ウォルド様「ま、過ぎた事はしょーがねーよ。いくぞ。今日中にどっかの村か町によって、寝床を確保しねーとな」

私「はいっ、宿のお部屋は一つですかねっ? その場合は添い寝でもいかがですっ?」

ウォルド様「気にするとこ、そこかよ」








 カヌーラの街


『イツハ達は、浅い湖の上につくられた街へたどり着いた。行きかう人々の交通手段は船だ。彼らは己の手足を動かしように、船をすすめ、水面に波紋を刻んでいる』


 残念な結果を見届けた後、私達は夕方頃に一つの町へたどり着いた。


 立ち寄った町でウォルド様は、用事をこなすために、いったんパーティーを離脱。


 ウォルド様からは「大人しくしてろよ。間違っても人についていこうとするなよ。そんで、道に落ちてる変な物くったりするなよ。露天商に話しかけても無視。あれは詐欺だと思え」とか言われた。ちょい、注意事項多すぎません?


 修学旅行の小学生並みじゃぬい?


 ま、女である私は、期待を裏切りません。


 ウォルド様の言いつけ通りにおとなしくしてますよっと。


 でも、大人しくカカシにかしにでもなってるつもりだったけど、数秒で飽きてしまった。


 なので、へいへいへーい。

 そこのお姉さんちょっと、暇なんで話し相手になってもらえますーう?


 肩をがしりっ!


女性「な、なんですか」

私「お嬢さん、推しについて話をしませんか?」

女性「はい?」

私「さぁて、楽しいお話にしゃれ込もうじゃないか。ちょっとだけだから、頭だけだからつきあってよねーえ」

女性「えっと?」


 おどおどするお姉さん(なんか気弱そうだから、つきあってくれそう)を見つけた私。


 目の前を通りがかったその女性に、ウォルド様の魅力をたっぷり話し聞かせた。


 するとお姉さんは、最初「はぁ」と頷くばかりだったけど、次第に目をキラキラさせて「そっ、それで続きは?」と先を促すようになった。


 さすがウォルド様。


 乙女ゲームプロモーション動画だけで、ファンのハートを数万人掴んだ男なだけはある!


 おうおう、女性さん欲しがるねぇ。

 なら特別ですよ? もうちょっとだけですぜい?


私「というわけなのです! ふふん(鼻高々)」

女性「な、なるほど」


 数分後。

 立派なファンができあがっていた。







 近所のじっちゃんが言ってた。


 商売をやるときは、互いにメリットがある状況を作らなければならない、と。


 ウィンウィンになってこそ、信頼関係が築けるのだ。


 つまり、どちらか一方だけが得をする状況は長続きしないって事だね!


 うんうん。なんとなく分かる。


 皆が幸せになった方がいいもんねっ!


 という事で、商売じゃないけど、ファン第一号さんに粗品を差し上げちゃおう。


私「じゃじゃーん、私の話を最後まで聞いてくれたあなたには、どこでもいつでもウォルド様人形をさしあげちゃいまーす」


 ウォルド様の旅にくっついていく間、人形師に作ってもらったものだ。


 お金はどこで調達したって?

 

 ひ・み・つ?


 この人形、サイズは大した事ないけど、つくりは完璧なのだ。


 魅惑的で蠱惑的で、素敵なウォルド様の魅力がばっちり再現されている。


 あっ、当然私も持ってるよ!


 眠る時とか、抱っこしてる!


 愛でる時とか、ほおずりしてるっ!


女性「あ、ありがとうございます」

私「ばいばーい。またウォルド様について語りましょうねーっ」







 そんな感じで、私はそれからもウォルド様の魅力を伝え続けた。


 けれど、調子に乗って十人目に話しかけていたところで、事件が発生。


 物々しい鎧を着たおっちゃんたちが、やってきた。


 あれ、既視感?


 前にもこんな事あったよね?


 具体的には、この世界にやってきた事とか、脱獄してた頃とか。


 学ばない女。それが私!


 そういえば、ウォルド様ってお尋ねものだった。


 私もお尋ねものだった。


 二人一緒に脱獄してた!?


 つまり、絶賛逃避行中の危険人物(世間の認識)だった。


おっちゃんズ「御用だ!」

私「ひーん、助けてウォルド様~っ!」


 当然、武装したおっちゃんたちに追いかけられる事に。


 だよね、そうなるはずだよね。

 何で気づけなかった私!


 逃げるうちに、どこかの袋小路に行き当たってしまった。


 おっと、詰みです?

 罪びとだけに?

 

 なんて言ってる場合じゃないっ。


 ひぃっ、どうしよう!


 土下座したら見逃してくれますかね?


 なんて冷や汗書いてると。


ウォルド様「ったく、世話かけさせやがって」


 スライディング土下座へのカウントダウンをしていた私を、誰かがひっぱりあげる。


 背後にあった、壁の上に誰かが立っていた。


 おっとこの声は!

 ウォルド様! 参上!

 クールに来ーる。


ウォルド様「そういう事言ってる状況じゃないだろ。あんたはほんと予想がつかないな」


 てへへ、推しの予想を超える女!

 それが私!


 その後、あきれたウィルド様と一緒に、逃げる事になりました。


 宿?

 無理ですよねー。


 はい、野宿決定。


 ごめんなさい。





 てってけてー。


 船の上をとびのったり、塀の上や屋根の上をおっかなびっくり走ったりしながら、逃走!


私「とはいっても追手が多い多い! これ逃げ切れるかな。誰か助けてーい」

ウォルド様「そういって助けが来た試しなんてねーよ」


 引き続いて、最近常時装備になってきてるウォルド様のあきれ顔。

 けれど、その直後、大変ありがたい声が。


女性「こっちです! 抜け道があります!」

私「さっきのお姉さん! ありがとおおおおお」

ウォルド様「ほんとに来たのかよ」


 逃げてる最中に、最初にあったお姉さんがこっそり抜け道を教えてくれました。持つべきものは友! いや、ファンだぜ!


 他にも何人かが、逃走に協力してくれたようでした。


 走り回るおっちゃんズに話しかけたり、嘘の目撃情報を教えたり。


 これは、原作にはなかった事だね。

 うん、私のおかげかな。


 推しへの愛は、理を変える……なんつって。


 なんて調子に乗ってると、走って逃げるウォルド様がポツリ。


ウォルド様「初めてだな、誰かに助けられたのは」


 おろ?


 こんなイケメンなのに、今までファンがいなかったので?


 ゲームでは時々、道端のマダムとかおねーさんとかに、きゃーきゃー言われてたじゃないですか。

 あ、でもそれ変装してた時だった。


 大罪人って分かったら、さすがに誰も話しかけられないのかな?


 えー、もったいなーい。そんな罪状ありあまるくらい恰好いいのにー。


ウォルド様「俺は、この世界で迫害されているエルフを助ける……重罪人だぞ」

私「エルフ。悪魔と手を組み、天使にあだなす害悪。そう言われている種族ですね」


 ウォルド様は、世界の敵ともいわれるエルフの少年と仲が良かった。

 けれど、様々な歴史的な背景があって、エルフは世界中の人たちから疎まれているのだ。


 多くの人は、目の前でエルフが困っていても手を差し伸べたりはしないだろう。

 その友人でも。


 だから、死んでも心が痛まない存在として、ウォルド様の友達が生贄に選ばれてしまった。

 天使にさしだされてしまったのだ(まあ、原作の話は知ってるから、まだ天使に食べられてないんだけどねっ)。


 そんな事情もあって、作品の中のウォルド様は、孤高の存在なのだ。


 いつも、一人っきりで行動してる。


 乙女ゲームだから、攻略対象は複数いるんだけど、他の人物とは全然一緒に行動しないから、見ている側はちょっと寂しい


ウォルド「これでも、俺にくっついてくんのか?」

私「推しを助けるのはファンとして当然のことじゃないですか。他のみんなだってそうです。皆、ウォルド様の事を知って好きになってくれたんですよっ。説明したらわかってくれました。だからこれからもジャンジャン私達を頼ってください」

ウォルド様「そもそも追われるきっかけを作ったのは、あんただろうけどな」


 あはは、そうでした~。

 ファンクラブ作ってたせいですね。

 お見通しでしたか。

 ごめんなさい。


『その後、イツハ達は、無事に町から脱出できた。彼らはその夜、結局野宿になってしまったけれど、悲壮感なんてものは全然感じられなかった。街を遠くに見ながら星を見て語らいあう二人は、楽しげで……。はた目からは、先の見えない逃避行を強いられているようには見えないだろう』


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