第1話 ひゃっはー、異世界転移だ!



『イツハ。彼女の魂は、次元を超えてこの世界にやってきたようだ。私はその魂を受け入れた。これからは、彼女を見守る事にしよう。彼女がどんな軌跡を見せてくれるのか、私はもうこの世界で生きる事に飽きてしまった』


『そこはこの国の中心部、リングラート。何十万もの人達が住む、巨大な都だ。私の体に宿ったイツハは、キョロキョロと辺りを見回した』






リングラート 大都 大通り


「ほわっ、ここって異世界!」


 何となくやってしまった事が思わぬ結果を生んでしまう。

 そんな事はありません?


 私は、華も恥じらう乙女……五葉はあります。

 ちょー、あります。


 というか、まみれてまっす。


 軽い気持ちで試みた事なんですが、なぜか予想を裏切った効果を発揮。


 とんでもない結果になってしまった……なんて事が多いんですよねぇ。


 友達のいっちゃんなんかには、「あんたもーちょい考えて行動しな」と、毎回言われる始末で、たはは。


 いっちゃん、またやっちまったよ。


 おきにのゲームが落ちて、それをとろうとして、橋の上からだいぶしちまったよ。てへぺろ。


 んんっ。

 おっほん。

 えほっえほっ。


 異世界の向こうにいるいっちゃんにごめんなさい。ぺこり。

 

 お見苦しい絵を失礼。


 いやー、しかしほんとにここって異世界なんですねー。


 魔法……使ってる人はいないけど、見上げると月が五つくらいあるもん。


 空を見上げて異世界をさとる、これぞまさしくテンプレ。


 でもいやー、まさか前世でプレイしてた乙女ゲームの世界に行っちゃうとは、さすがの私も予想できませんって。


 ねぇ、おっちゃん!


 肩をばしばしばし。


『イツハはかなり高揚しているようだ。先ほどから落ち着きがない。彼女はものおじせずに、露店でアクセサリを売っている男性に話しかけていた。異世界に来たばかりだというのに。これには私も目を丸くする他ない』


私「というわけで、異世界に来たんです! おっちゃん」


 私は、適当に話しかけたおっちゃんに身の上話を語った後、目を潤ませて問いかける。


私「ねぇっ、可哀想ですよね! 今の私、なんて可哀想っ!」


 で、話し相手になってもらっていた、道端の露天商に詰め寄る詰め寄る。おっちゃん、のけぞるのけぞる。


 異世界に行って、見知らぬ道の真ん中で途方にくれる私!


 知り合いがいないので、頼れる人もいない!


 だから仕方ないので、話し相手になってくれそうな暇な人を探してみたっ!


 そしたら、そしたら?


 ついちょっとだけ。

 ハッスルしちゃった。


 てへぺろっ。


おっちゃん「異世界ねぇ。物語の主人公気取りかい? お嬢ちゃん、嘘を吐くならもっと頭使って言わないと」


 けど、おっちゃんは呆れた様子でため息。

 頭をがりがり。

 どうしようもないいたずらっ子に向ける視線を向けてきた。


 その視線っはなはだ遺憾でやんすっ。


私「嘘じゃなーいっ! 全部本当のことっ! 私異世人! 未知の世界人! ここに知り合いいないの! 誰か助けてーいっ!」

おっちゃん「こらっ! 店先で騒がないでくれよ! 客がこなくなっちまうだろ」


 混乱のままに、ひたすらSOSを放つ私。

 気分は沈没船に乗った状態!

 もうちょっとで大海原に沈んじゃう!


 あたりを見回しても陸地も何もあったもんじゃないから、やばいよ長期間漂流コースだよ!


 だから、異世界に来てもたくましい私は、信じてもらえるまで何でもするのだっ!


 むしりむしり。


おっちゃん「うわっ、やめろ、残り少ない髪をむしるなっ。ひげを掴むなっ!」


 がるるるるっ。


おっちゃん「誰か助けてくれーっ、おかしな嬢ちゃんに絡まれてるんだっ!」








 騒いでたら鎧を着たごつい男の人が来ちゃった。

 たぶん、衛兵みたいな職業の人だ。

 こわもてひげひげの、とっつぁん。


 ん?

 とっつぁんって、こういう使い方でおK?


 で、おっちゃんに突き出された私は、その男の人にとっつかまって、牢屋にレッツ連行。


 犯罪者のお仲間入りを果たしてしまったのでしたっ!


 にげようとじたばたしてみたけど、その道の人には敵わなかったよ。残念無念。


 牢屋に連れてかれます。


私「えぇー、そりゃないでしょー。いつ逃げる? 今でしょ!?」

衛兵?「うるさい嬢ちゃんだな。でも、何言ってるのか、ほとんど分かんねぇ。取り調べが始まるまでここで静かにいろよ、いいな」

私「やだー」

衛兵?「だだっ子かっ!?」


 おお、ナイス突っ込み。

 なんて感心している間に牢屋に押し込められて、がちゃん。

 おう、扉閉められた。


 私の人生、詰んだっ!


私「あああっ、なんて不幸な私! きっとこのままあらぬ罪を着せられて、他国のスパイとか、重犯罪者とかに疑われてしまうのねっ! そして、言葉にするのもはばかられるような目に遭わされのよっ!」


 暇だったので私は、天井を見上げて悲劇のヒロインごっこを始めた。


 脳内の私はイケメンに囲まれて、「見せられないよ!」って書かれた看板に隠れてしまっている。


 いやん。ばかん。


 そしたら、隣の牢屋から男の人の声が聞こえてきた。


イケメン?「そう言ってるなら、もうちょっと不幸そうな顔できねぇのか?」


 おんやぁ?

 なんか聞き覚えのある声。


 鉄格子に向かって吠えたてていた私は、その鉄格子を掴んで隣の様子を精いっぱい見ようと努力。

 でも、無理、腕も通らない牢屋の鉄格子だったから。

イケメン?「こんなところに来たんなら、普通はもっと嘆くもんだろうよ」


 けれど、聞き間違えなんかじゃない。


 私が好きだった乙女ゲーム「ヒロイック・プリンス」のキャラクターだ。主人公だ。


 黒髪長髪の、20代くらいの人。

 そして、神秘的な宝石みたいな青の瞳。


 どことなくエロさ漂う腰つき、足つき、胴回り!


 まさしく夢にまで見た、ウォルド・ディム・バロックファントム(設定資料集参考)様じゃないっすか!


 ここであったが百年目!

 ひゃっほぉぉぉーぅいっ!!


 なんか表現が違う気がするけど、細かいことはどうでも良い、ひゃっはーぁっ!


 夢にまで見た私の推しキャラ、大好きイケメンだぁぁぁぁっ!


 乙女ゲームで何度恋焦がれたか!


ウォルド様「ずいぶんはっちゃけた嬢ちゃんだな。その元気どっから出てきたんだ?」


 ちょっとそこの推し、推しよ!

 話し相手になってくれんかね?

 私の不幸を癒しておくれっ!


『イツハは、あの時の男性に出会ったようだ。彼がこんなところにいるなんて知らなかった。牢屋にいるという事は、結局捕まってしまったのだろうか』


 ここに主人公がいるって事は。

 ウォルド様、捕まってるんですね。

 という事は、ここは物語序盤のシーン。

 無実の罪で捕まったウォルド様が、脱走して世界に解き放たれるっ!

 ……っていう前のシーン!


 なら、これから胸ときめく冒険が?

 始まっちゃう?

 それって、いつ?

 いつ始まっちゃう?

 今でしょ!(マイブーム)


 脱獄するならつきあいますよ旦那。


 げっへっへ。


 こんな事もあろうかと、鍵開けの技術を習得しといたんでさぁ。

 親友のよっちゃんに自慢したら、ガン引きされたけど。

 大丈夫でぃ。


 人様の迷惑になるようなことには使ってないからっ!


 カチャカチャ。


 ほい、すいすいっと。

 脱獄脱獄ぅっ!


私「しゃばの空気たんのうぅ!」


 しゃば、が何か良く知らないけど。


 私は隣の牢屋を覗き込む。

 やっぱり思った通りのイケメンがそこにいた。


 イケメンは面食らった顔をしていた。


ウォルド様「あんた、変わった人間だな」


 おや、刺激強すぎました?


 えへへ、どうも。


ウォルド様「褒めてねぇよ」

私「えへへへへ」

ウォルド様「聞いちゃいねぇ」


 インパクトよし、出会いよし。

 これはかなり好調なすべりだし!


 すぐに忘れられるような人間じゃ、思い返してもらえないですからねっ。


 すると、人の気配が近づいてきた。


 ウォルド様はキョロキョロ。


ウォルド様「おっと、巡回だ。隠れるぞ」


 おや?


 これはあれですかな?


 狭い所に入って、人の目をやり過ごすと言うイベント?

 むふふな展開ですかな?

 おうふ、妄想したら鼻血が出てきそうに。

 さすがにやばい、ちょっと自重しよ。


 さてさて隠れるところはあるかなっ?


 おやおや、こんな所に掃除道具入れが。

 でも、一つだけですねー。

 他にないですよねー。


 これは仕方ない。

 はなはだ不本意ですが、ここ以外に隠れる場所がないんでしたら。

 ええ、仕方がない。


 おや、ウォルド様。

 どうしたんでぃ?

 どこ見てるですか?

 一緒に入りましょうよぅ?

 

 もれなく乙女と密着できますよぅ?

 ぐふふふふ。


私「ウォルド様ここにちょうど良いスペースが。さあっ、隠れましょう!」

ウォルド様「なんで俺の名前……。つーか、普通にそこに柱の影でいいじゃねぇか」


 ちっ、失敗。






 見張りの眼をかいくぐった後、ひたすら(気分が)前のめりに前進。

 数十分かけながら移動して、建物の外に出た。


 ふぅっ、つかれた!


 息をついていると、前を歩いていたウォルド様が私めに話しかけてきましたっ。

 えっ、それご褒美やん。


 まあ、ここまで来る前に何度かありましたけどっ。


ウォルド様「おい、あんた。いつまで俺についてくるんだ?」


 推しが顔をしかめながら話しかけてくる。

 すごい、イケメン。

 眉をひしめて訝しがるそんな顔も、素敵。

 絵になってる。

 マジイケメン力、ぱねぇっす。


私「いつまでもついて行きますよ!」


 期限はもちろん。

 推しキャラから愛してると言われるその日まで。


 好感度をあげて将来を誓い合うまでに決まってるじゃないですか。

 赤い屋根の大きなお家で~、子供は最低でも三人は欲しいっすね~っ。

 あ、ペットにワンチャンも欲しいなぁー。


私「うふ、んふふふ、ぐふふふふっ!!」


 うへへへへ。


ウォルド様「おーい、女がしちゃいけない顔になってるぞ」

私「はっ、いけないいけない。私とした事がっ」


 推しの前で、見苦しい真似をするなんて。


 ウォルド様に見てもらう私は、いつでも可愛い私でいなければっ!


ウォルド様「今すました顔したって、もう手遅れな気もするけどな」


 だけど、推しは呆れた顔。

 刑務所の方を見ながら、「ともかく」と続ける。


ウォルド様「ついてくるんなら、俺の足手まといになるなよ。こっちはお嬢ちゃんの世話してるほど暇じゃないんでね」


 はーい。


 あなたから愛してると言われるその日まで、いつまでどこまでもついて行っちゃいまーすっ。


ウォルド様「駄目だこいつ。話し通じてねぇな」


 決めた。

 もう決めた。

 この何だかよく分からん……かつよく知った世界にせっかく来たんなら、後悔ないように生きねば。


 大抵の場合は、細かい事を気にせずに生きてて、友達から気楽そうで良いよねとか言われる私だけど。影ながら傷ついちゃってたりする繊細な私だけどっ。人生に対する姿勢は真面目なんですっ!


 楽しんだもん勝ちだよねっ!


 新しい世界、新天地、むしろここはザ・エデン!


 第一目標は、とりあえず推しについていって、告白されるまで生きのびようと思います。


『彼女は明るい。まるで、まぶしい太陽のよう。それは、巫女として小さな世界を守ってきた私にはずっと触れられなかったもの。私は彼女を助けたいと思った。彼女の、心を覆う闇を取り払いたい』


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