第四章

第31話

 「魔王と言うのはお前か? 話がある」

 「ひっ! えっとその……魔王は留守です……」


 アキラの案内で魔王上にやって来たジンレイの第一声に、セラティアは怯えながらそう答える。

 それは当然だろう、戦闘する気満々な格好の人間が、いきなりそんな事をいってきたのだから。


 さて、そんな震えるセラティアとジンレイの距離を狭めるために仲介に入ろうとするアキラだっだが。


 「ジンレイ、魔王はそいつだ。 えーっと、セラシオだって? こっちはジンレイだ、こんな格好をしてるが敵じゃないぞ」

 「セラシアじゃなくてセラティアじゃ! ええい、そんなにバカだアホだと罵られたいのか、ドM野アキラは!?」

 「ドMじぇねぇから! 第一先に間違えたのお前だろ!」

 「それは貴様が先に我を背後霊扱いするからじゃろ!」

 「そう思っただけだから良いだろそれくらい!」

 「それでも、失礼は失礼じゃろうが!」


 セラティアの名前を、妙に車っぽい感じがする間違え方をしたことにより、魔王上の入り口にて、子供のような言い争いを始めるアキラとセラティア。


 そして、そんな様子を見ていたジンレイはと言うと。


 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……。


 もう空腹のようである。

 しかし、この空腹の音は、二人の争う意識を削ぐ効果があったらしく。


 「えーっと、その……。 争いは後回しにするか? ジンレイとやらは空腹のようじゃし……」

 「すまん、そうしてくれると助かる……」


 二人の争いは終演を迎えたようである。


 「すまん、キッチンはあるか?」

 「キッチンないからのう……。 空腹ならば、そこに転がっている駄菓子で良ければ、好きなだけ食べて良いぞ」

 「セラティア、それ撤回した方がいいぞ……」

 「馬鹿者! 空腹の者を相手にケチケチしてどうする! 元魔王たる我は、相手への施しを行うと決めたら、全部渡すつもりで豪快にやるのだ! ふっふーん!」


 そして、元魔王という肩書きが彼女をそうさせるにだろうか?

 セラティアは胸を張って懐の広さを見せつけるのであった。


 …………。


 「駄菓子もたまには悪くないな……」

 「うわぁぁぁぁぁぁ! 我の菓子が、我の駄菓子がなくなるから、もう食べるなぁぁぁぁぁぁ!」

 「だから言わない方がいいと言ったのに……」


 しかしその、懐の広さは10分も持たなかった。


 床一杯に散らばっていた駄菓子の山は、なんということでしょう! 今では座布団の下にあった卵のカラの中にゴミとして放り込まれ、そして座布団は、きちんと足が見えるようになったちゃぶ台前の木の床の上に置かれ、昭和レトロな雰囲気の内部へと生まれ変わる。


 だが、そんな劇的なビフォーアフターは、セラティアにとって更なる悲劇を生む。


 「ん? おい、この机の下のマンホールみたいなの、何だ?」

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 見ちゃダメじゃぁぁぁぁぁぁ! これは領土をもらうまで絶対ダメなのじゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 床が綺麗になることにより露になったちゃぶ台の下のマンホールの様な蓋。

 それを発見されたセラティアはちゃぶ台に抱きつくように乗り、ちゃぶ台下の蓋に触れさせない様にしている。


 しかしながら、その冷静さを欠いたリアクションは失敗だった。


 「……つまり、ダンジョンがあるわけだな? モグモグ……」

 「そうなのか、ジンレイ?」

 「モグモグ……だって、えらく必死に隠そうとするし、領土をもらうまでと言ったしな……。 それより駄菓子をもらうぞ」

 「うわぁぁぁぁぁぁぁ、我の駄菓子に触れるなぁぁぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 その態度はジンレイにダンジョンの場所を悟られる結果となった。

 そして現在、ちゃぶ台の上に乗り、ダンジョンへの蓋を守りながら、お菓子を食べられまいと、セラティアはジンレイに手をブンブン振って抵抗しているのである。


 「なぁ、場所を変えるか、セラティア? このままだと駄菓子が食い尽くされるだろうからな……」

 「そ、それで良い! それで良いから、あの女を止めてくれ! も、もう我の駄菓子を食べるなぁぁぁぁぁぁぁ!」

 「モグモグ……」


 …………。


 その頃。


 「む?」


 アキラの部屋の扉を開けようと、ツカサがドアノブに手をかけたのだが、ただ今アキラはジンレイとお出掛け中でお留守の為、鍵がかかっている。

 ただ、その格好は、妙に気合いの入った格好だろう。


 そして、懐から鍵を取り出すと、それを使って当然のように開けようとするのだが。


 「ツカサお兄ちゃん、何やってるの?」

 「ん? マオか。 アキラの部屋の鍵が閉まっていてな、念のため無事か確認しに入るところだ」

 「……あのさ、その鍵はどうしたの?」

 「当然、勝手に複製したんだ! 愛するもの達の生活状況を知っておくのは将来結婚するものとして当然の責務だ!」


 その姿は休日なのに制服姿のマオに見られていた様で……。

 しかも、当たり前のように複製を正当化しようとするツカサからは。


 「いや、鼻血流しながら言われてもさ……」


 邪な心が漏れだしていた。

 だがここでマオはふと思う。


 (ん? もしかしたら、アキラの家を合法的に家宅捜索できるんじゃない、これ? よしやろう! 家宅捜索やっちゃおう! それで何か嫌がらせしちゃおう! ついでにツカサお兄ちゃんと男女の関係になることも期待しよう!)


 と目を輝かせて……。

 そしてマオは、親指をたててグッドサインを掲げながら、ツカサに告げる。


 「まぁ複製するの、仕方ないよね! うん、仕方ない! だから入ろうか!」

 「マオ、顔……」


 それは、明らかに悪巧みしていると言いたげな、清々しい表情だった。

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