第17話:春野日向はやっぱりスーパーな美少女

 翌週のある日。午前中の授業で、体育の時間だった。


 体育は二クラス合同で行われるので、俺たちの二組は隣の一組と一緒にグランドにいた。

 我が校の周りは住宅街のため、比較的高い緑のネットフェンスがグランドの四方にそびえ立っている。


 今日の体育は男子も女子も陸上競技で、そのグランドのこちら側で男子、反対側で女子が100メートル走をしている。



「おおっ! 春野さんが走るぞ!」


 ウチのクラスの誰かがそう言ったのを耳にして、グランドの向こう側に目を向けると、スタートラインに立つ四人の女子のうち一人は、確かに春野 日向ひなたであった。


 ふと周りを見ると、なんと周りの男子達の多くが俺と同じく、今まさに走り出そうとする女子達の方に顔を向けていることに気づいた。


 皆が女子のスタート地点に見入っている。


「あれって、あの有名な春野さん?」

「そうみたいだな。やっぱ華があるよな」


 一組の男子からは、そんな声も聞こえる。

 春野のことをあまりよく知らない男子ですら、名前は知っているようだ。


「すっげぇスタイルいいよなぁ」


 誰かがそう言うと、「そうだな」「確かに」と、それを肯定する言葉ばかりがあちらこちらから聞こえてくる。


 ──確かに。

 俺も自然とそう思った。


 さすがにこの距離だと、顔の美しさまではよくわからない。


 だけども手足が長い細身のスタイルの良さと、すっと背筋が伸びた姿勢の良さ。

 そしてそのおかげで、遠目からも横に並ぶ他の女子とはまったく違う雰囲気を醸し出していることは、誰の目にも明らかだ。


 比べられる他の女子に悪い……というか、気の毒な気がする。



 クラウチングスタートから、四人が走り出した。一歩目から春野は身体一つ抜け出して、そのままぐいぐいと他の女子を引き離す。


 無駄な力が入っていない美しいフォームで、滑るように走る。後ろに流れる栗色の髪が綺麗で、まるで風と一体化しているように見えた。


「おおっ……」


 あちらこちらから、感嘆ともため息とも取れる声が漏れ聞こえる。確かに美しくて、そして速い。


 春野は他の三人を圧倒的に引き離して、ダントツでゴールを駆け抜けた。


「ヒュウ! やっぱすげぇな春野さん」

「可愛いだけじゃなくてカッコいい!」

「さらに勉強もトップクラスなんて、どこでどう間違ったらそんなスーパーな人間になれるんだよ?」


 さすが耳目を集める学園のアイドル。みんなが言うように、容姿端麗、スポーツ万能、そして成績優秀だ。


 ──そう、春野は学業成績も優秀なのだ。


 体育の次の授業は数学で、先週行われた小テストの返却があった。


「春野、98点。学年でトップだ。素晴らしい!」


 教壇の前で数学教師から答案用紙を受け取った春野は、穏やかな笑顔を見せながら「ありがとうございます」と教師に向かって会釈をした。


 背筋を伸ばして席まで歩く春野に、教室中がざわめく。


「春野さんって頭もいいんだね」

「何をさせても凄い人って、世の中に実在するんだな」

「それにしても美人だなぁ」


 天は二物も三物も、いやそれどころか五物も六物も、春野に与えてしまったようだ。



 しかし春野の凄いところは、そういった凄さを鼻にかけるわけでもなく、彼女に群がる女友達と普通に、親しげに接しているところだと、俺は思う。



 先日、春野がデビュー確約でスカウトされたと知れ渡ってから、度々クラスで話題にのぼる春野ではあったが、この日の体育と数学の授業で彼女の凄さを再認識したクラスメイトの口には、昼休みになっても春野の話題がのぼった。



「春野さんって凄く美人なうえに、ホントにスポーツも勉強も得意なんだなぁ」

「そうだな。彼女に苦手のものなんて、あるのかな?」


 雅彦と二人で向かい合って弁当を食べていたら、すぐ隣の男子グループからそんな会話が漏れ聞こえてきた。

 俺は弁当を口に運びながら、聞くともなくその会話を耳にしていた。


「俺、一年で春野さんと同じクラスだったけどさ。音楽の授業でピアノの弾き語りを彼女が披露したんだよ。それがまた、歌もピアノも上手いのなんのって!」


 そうだ。俺も春野と同じクラスだったから、その時のことは覚えている。コーラスの練習をしている時に、春野がピアノの伴奏役をしていた。


 そして誰か女の子が、春野がすごく歌が上手いなんてことを言い出して、音楽教師もぜひ聞かせてくれという話になったんだった。そして春野はポップス曲をピアノで弾き語った。


 その当時から春野はアイドルを目指しているなんて噂が既に流れていたから、そこそこ歌も上手いのだろうくらいには思っていた。


 しかし歌い始めた春野の歌声にクラス中が静まり返り、俺も同じく言葉を失った。もちろんそれは悪い意味ではなく、あまりに春野の歌声が綺麗で、歌が上手かったからだ。


 そんな何から何までスーパーにこなす春野に、苦手なものがあるなんて確かに想像もつかない。


「へぇ、そうなんだ。音楽も得意ってわけか」

「春野さんに苦手なものなんてないだろ。想像できないよ」

「きっと料理なんかも上手なんだろうなぁ!」


 ──隣の男子グループから聞こえたその言葉に、俺は口にいれたご飯を思わず「ぶふぉっ!」と盛大に吹き出した。


「なんだよ祐也! きったねぇなぁ……」


 机の上に俺の口から吹き出したたくさんの米粒が散らばっているのを見て、机の向かい側で弁当を食べている雅彦が眉間に皺を寄せて、呆れて苦笑いを浮かべている。


 俺は机の上の米粒を拾い集めながら、雅彦に謝った。


「すまんすまん。つい喉に米が詰まった」

「大丈夫か祐也? 死ぬなよ」

「大丈夫だ。これくらいじゃ死なんわ、あはは」


 雅彦はバカな冗談で和ませてくれるけれども、隣のグループの男子達が春野の料理の腕前について会話を続けるもんだから、そちらが気になって仕方がなかった。

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