第4話:春野日向はいつも笑顔
教室に足を踏み入れてすぐに、室内を見回した。
春野
春野は一年生の時によく見かけたのと同じように、明るい笑顔で話題の中心にいた。
──そう、春野の周りには、いつも多くの女子生徒がいる。
同性に人気があるのは、彼女が性格もいいってことを証明しているのだろう。
ただ、春野自身はそんなにべらべらとお喋りをするわけではない。
いつも笑顔を浮かべて相槌を打ったり、明るい声でケラケラと笑っていることが多い。
それでもそこにいるだけで、キラキラと輝くような圧倒的な存在感を放っているのだ。
まさに天性のアイドルと言えるかもしれない。
その天性のアイドルが。
みんなの中心にいる高嶺の花が。
この前ウチの料理教室で、学校では絶対に見せることのない姿を見せたことが、なんだかとっても不思議な感じだ。
俺は春野がみんなに囲まれているその光景を横目でちらりと見ながら、自分の席に着いた。
出席番号一番だから、一番窓側の一番前。
春野と違って俺に話しかける者など誰もいない。
俺はいつも目立たず、静かに学校での生活を送る。
誰にも気を使わなくていいし、無理に他人に合わせて笑顔を振りまく必要もない。
それが一番気楽でいい。
うん、それがベストなんだよ。別に強がりでもなんでもない! ……はずだ。
「祐也! また同じクラスだな!」
後ろの方から突然名前を呼ばれて、振り向くと、中学から同じで、一年生でも同じクラスだった
雅彦は俺の唯一の親友と呼べる存在で、コイツはまあまあイケメンだし、社交的で陽キャな男。
俺とは全然違うタイプだけど、なぜかウマが合って、一年生の時から仲良くしてる。
そんな陽キャがなぜ俺なんかと仲良くしているのかはわからなんだが、まあ腐れ縁というやつだろう。
だから前言撤回だ。
気さくに話しかけてくれるヤツが同じクラスにいるってのは、やっぱいいもんだ。
俺は素直なタイプだから、前言に変にこだわったりはしない。
いいものはいいと、素直に認めるのだ。
「おお、雅彦。お前も二組か」
「なんだよ。クラス分けの掲示板見たんだろ? 俺の名前もあっただろ?」
「えっ……あっ、ああ。そうだったな」
春野のことばかり気にしてたから、正直言って、他のヤツの名前はロクに見ていなかったよ。すまん、雅彦!
「祐也、嘘つくな。見てねぇだろ?」
「あっ……ああ。見てない」
「やっぱりな。他人にあんまり興味がない、お前らしいぜ」
雅彦はアハハと笑いながら、手のひらで俺の背中をバシンと叩いた。
「イテッ!」
「でもたまには、他人にも興味を持てよ。ほら、また春野がおんなじクラスだぜ。あんなに可愛い女子が同じクラスだと、教室が華やかになっていい」
雅彦がクイっとあごで示した先を見ると、春野の姿がある。
教室内の他の男子も、春野をチラチラと見ているヤツが多いことに気づいた。
春野のことを話題にしてる者もチラホラいる。
「おい、春野さんと同じクラスだよ」
「ラッキーだな」
「近くで見ると、やっぱめっちゃ可愛いな」
「さっき春野さんと目が合ってさ。僕に笑いかけてくれたよ」
「それ、お前の勘違いな」
春野ってやっぱり凄い。
まるで本物のアイドルみたいに、みんなの話題に上っている。
だけど雅彦は彼女持ちのくせに、他の女子を可愛いなんてことを言ってていいのか?
「彼女持ちが、なに言ってるんだ。
一年生の途中から雅彦と付き合い出した、コイツの彼女だ。
「アマンは別のクラスだから、バレないよ」
雅彦は彼女のことを『アマン』と、まるでフランス語のように呼ぶ。
アマンはフランス語で『愛人』の意味だから、高校生が彼女のことをそう呼ぶのはいかがなものかとは思うが。
彼女の方は語感が可愛いとかで喜んでるみたいなので、俺が口出しをすることはないと、関知しないことにしている。
コイツらのようなバカップル……失礼、ラブラブカップルには、他人はとやかく口出しをしないに限る。
「なあ、祐也」
「なに?」
「お前は春野さんに興味があるんか?」
「はぁっ!? なんで?」
雅彦はニヤニヤしている。
今までそんなことを言われたことがなかったから、突然雅彦の口から春野の名前が出たことにドキリとした。
「だってお前、チラチラと春野さんを見てたからさ」
「いや、気のせいだ。別に見てない」
「そうかなぁ?」
「そうだよ」
雅彦のヤツ、なかなか鋭い……
春野と俺が関わりがあることは学校の人達には知られちゃまずいし、俺が春野に気があるとか、変な誤解をされるのも困る。
ちょっと気をつけないといけない。
「まあ祐也は女に興味ねぇからなぁ……」
「まあな」
ホントは興味がないわけじゃないけれど。
俺だって健康な思春期男子だ。
可愛い女の子には人並みに興味はある。
だけど女子と喋るのは色々と変に気を使うから、面倒なだけだ。
だから自分からわざわざ女子に話しかけるなんてことはしない。
だいたい自分から女子に話しかけなくったって、高校生活はなんとかなるものなのだ。
「だけど祐也。お前も一度女の子と付き合ってみろよ。彼女がいるってのはいいぞぉー」
付き合ってみろよ……だって?
そんな簡単に言うけど、女子と付き合いたくても付き合えない男子がこの世界にはごまんといるんだよ。
イケメンという恵まれたものを持っている雅彦には、それがわかっちゃいない。
まあコイツは良いヤツだから、皮肉で言ってるんじゃないことは充分わかってはいるけれども。
「はいはい、ご馳走様。雅彦は亜麻ちゃんの自慢をしたいだけだろ?」
「あはは、バレたか」
まあ雅彦達はバカップルだけど、こんなに素直に彼女を自慢できるのは、羨ましくはある。
「さあ、始業式に行こうぜ。雅彦、また一年間よろしく」
「ああ、こちらこそな」
それにしても、気心の知れた雅彦とまた同じクラスで良かった。
俺は素直にそう思った。
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