食人鬼の作法

菅野圭

第1話 刀継ぎ

 「奈美、私の仕事を継いでほしいんだけど」


 「……は?」


 唐突に話を切り出したのは座内奈美の母親、座内七恵だった。


 奈美の両親は「狩人」の仕事をしており、奈美に家業を継がせる予定のようだ。


 「いや、私まだ高校生なんだけど。ていうか何度も、危険だ、危険だって言われてるのに」


 「確かに危険よ。正直に言うと、私ももう思うように身体が動かなくなってきたの」


 「……」


 「狩人」は十八世紀末期に成立した職業であり、人間界に出現した「獣」を狩ることが生業である。成立当初は「獣」の数は少なかったものの、「双天の合」が起こって異世界と人間界がつながると、「獣」が人間界に流入してくるようになったのだ。


 「最近は近所の見回りだけで精一杯なの。お願い、この仕事を継いでほしいの」


 「……いや、あのさ、言いたいことはわかるんだけど、まだ理解が追い付いてないっていうか……」


 「仕事道具なら物置にあるから、それ使ってくれれば……」


 「そうじゃなくてさ……」


 主に「狩人」の仕事は二つ、一つは「獣」を狩ること、二つめは自分の住んでいる地域の見回り活動および安全運動である。


 「学校もあるし、帰ってくるの夕方遅くになっちゃうよ。それに、そんな危険なことを頼むなんて……」


 「危険だとは重々承知してる。お願い、お父さんも病気がちであまり動けないんだから。体さばきとかは教えられるから、それでなんとか頑張ってほしい。組合の人には私から言っておくから」


 「狩人」には地域ごとに組合が存在している。組合の中で仕事をまわしたり、他の「狩人」と交流したりするのだ。


 「……」


 「お願い、危険な目には合わせない。私と組合の人が守ってくれるから」


 「…………まぁ、そこまで言うんなら…………」


 「わかった、ありがとう、奈美。お父さん帰ってきたらこのこと言うから」


 七恵は嬉しそうな顔をしながらも、言葉だけは冷静だった。


 「じゃあ、早速道具持ってくるから。あ、一緒に見る?」


 「……見てみようかな……」


 「物置の鍵どこにやったかしら……」


 いそいそと戸棚だったりテーブルの上だったりを探している七恵の姿を見て、奈美は久しぶりに(本当にいいのかなぁ……)という気持ちになった。


 (だって、危険な職業でしょ?それに私が務まるのかな……)


 「あ、あった。奈美、行くわよ」


 「はーい」


 二人は屋外にある物置に道具を取りに行くことにした。

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