16.お前が居るからあったかい


 懐かしい通りを抜けて実家に着いたの17時半頃。向かいの家のイルミネーションが街灯不要ってくらいチカチカ眩しい。あたしんちはそういうの興味持つ人間が居なかったから、こう比較すると殺風景なモンだけど……


(おっ、これこれ♪ 久しぶりでも案外わかるもんなんだな)


 あたしはスンスンと鼻を鳴らす。匂いはしっかり外まで伝わってくるぞ。腹の虫が騒いでくる。


 実家に居た頃は毎年食ってた母さん得意のシチュー。柔らかに煮込まれた鶏肉にホクホクのじゃがいも。ケーキやチキンは買ってきたモンだし、ちっちゃなツリーの飾り付けもそれはまぁ〜大雑把なんだけど、これだけは何処の家にも負けねぇってくらい美味いんだよなぁ!


(蓮、食えるかな。いつも野菜やゼリーばっかだから無理はさせらんねぇけど、ちょっとはクリスマスっぽいもの食わせてやれるといいな)



 ちょん、と車から降り立った蓮はでっかいトートバッグを前抱きにしてる。猫背になっておずおずとあたしの顔を見上げる。相当緊張してるな、こりゃ。


「さ、行こう!」


 あたしはそんな彼の肩に手を添える。肉食動物の住処に入る訳でもあるまいし、気楽に行けばいいんだと満面の笑みで言ってやった。



「あら、お疲れ様。天気は大丈夫そう?」


「ただいま帰りました、お義母さん。雨も雪もまだ降ってないですよ」


「ただいまぁ、お母さん。お姉ちゃんたち連れてきたよ〜」



 はい、出た〜!


 久しぶりに会った娘と初対面の彼氏へ目を向けるより先に天気の心配なんかしてるマイペース全開の女。前髪ごと束ねた明るい髪に細い眉。ぶかっとしたドルマンニットに下はレギンスパンツ。まぁ見事に全盛期の面影を残した元ヤン親分……もとい、あたしの母だ。


「初めまして、蓮さん! 寒かったでしょ。早く入ってあったまりなァ!」


 語尾が威勢良すぎるだろ。さすがに恥ずかしいぞ。


 蓮はお邪魔しますと言って数回お辞儀をした後、あたしにぴったりくっつきながら靴を脱ぎ始める。


「ちょっと葉月ィ、イマドキのイケメンじゃないか! 芸能事務所からスカウトしてきたんじゃないだろうね。それにしてもこんなにくっついてラブラブだこと」


 玄関から上がったばかりのあたしの横腹をドスドス肘で小突いてくる。痛ぇ。



 そんでそろそろもう1人出迎えに来るなって思ってた。足音、というか地響きですぐにわかった。


「おぉぉ!! いらっしゃい、蓮くん!! 葉月の父です!! 話には聞いてたけどやっぱ若いなぁ!! こんなオバサンで良かったの!?」


「はっ……は……初めまし……!」


 あたしの隣でびくびくっと飛び上がってる蓮。お前、イヤーマフしてて正解。港町で育って漁業も手伝ってきたこの男、24時間365日声がでっけぇんだ。何度もうるせぇ!って注意してきたけどすっかり染み付いちまって簡単には治らないらしい。


 180センチ超の背丈。捻りハチマキ乗っけても違和感の無い短髪頭。筋肉でパツパツのトレーナー。見た目怖いのはまぁ、堪忍してやってくれ。中身は何処にでもいるオッサンだから。



 リビングまで進んだらあたしは手早くコートを脱いだ。蓮には妹たちとくつろいでるように促す。


 洗面所で手洗いを済ませた後、ダイニングに立って準備してる母さんの手伝いをしつつ耳打ちをする。


「電話でも言ったけど蓮は胃腸弱いからよ、メシはちょっとずつにしてやってくれな」


「はいはい。無理強いはしないよ」


「あと酒はあんま飲ませねぇ方が……」


「えっ、駄目なの?」


「あたしの予想だとキス魔の素質を持ってる」


「あっはは! なにそれ面白いじゃん!」


 面白いもんか! あんな可愛い奴が酔っ払ったらあたし心配だよ……って、それはさすがに惚気すぎかと思って黙っといた。




 年季の入ったテーブルに並べられたご馳走たち。6人居るだけあって量は多い。今日食い切れなくても最終的には父さんのでっかい腹に納まるんだろうから心配はないけど。


 車を運転する玲司さんと酒が飲めない皐月の為にノンアルコールのシャンパンも用意してあったから良かったぜ。蓮は両手でグラスを持ってこくこく喉を動かしてる。こいつが持つとジンジャーエールか何かにしか見えねぇな。


 蓮の分のシチューは肉抜きにしてもらった。程よく腹を満たした後、フルーツピックを持って苺とかメロンをつまんでる。そんな彼の横で俄然肉食派なあたしはがっつりとチキンに食らいつく!


「うはっ、こりゃ美男子と野獣だな!!」


「うっせ!」


 父さんのからかいに突っ込みを入れたとき、蓮が何故かキョロキョロし始めた。ちょうど背中側、まだ雨戸を閉めてない窓の方を伺ってるみてぇだ。


「どうした、蓮」


 訊いてみると蓮はこく、と小さく頷いた後、恐る恐るといった仕草でカーテンを細く開く。あたしも同じ方を振り向く。


 ん〜と唸りながら凝視して


「わ……!」


 やっと異変に気が付いた。



「やっべぇ、雪降ってんぞ!!」



「えっ、本当かい? 帰り道大丈夫かなぁ。一応スタッドレスタイヤではあるけれど」


「やっぱり降ったか。予報ではちらつく程度って言ってたけど、念の為みんな泊まってけば? 天気落ち着いてから帰る方が楽だろ」



 母さんの提案にあたしも頷く。大体覚えてきたけど魚の餌ってそんな頻繁にあげるモンでもない(餌のやり過ぎで却って水槽が不衛生になることもあるらしい)あたしは明日休みだし帰れなかったとしてもそんなに問題は無ぇ。


 蓮の為のプレゼント渡すタイミングに迷っちまうけど〜、それはまぁ寝る前とかでもいいだろう。


 それより今はこの瞬間を楽しみたいじゃねぇか!



「うは〜! あたしちょっと見てくる」


「えっ、葉月、ちゃ……待っ……」


 あたしがコートを羽織ると蓮も立ち上がった。一緒に行こうと手を差し伸べる。


「葉月ったら子どもねぇ」


 母さんが呆れ気味に言ったけど構いやしねぇ。だってホワイトクリスマスだぞ? この辺の地域は日本全国からするとあったかい方だし、あたし初めてなんだよ。てっきりドラマや漫画の中だけの話だと思ってた。



 靴を履いて庭まで出ると、真っ暗な空からチラチラ舞い降りる幻想的な光景があたしを迎える。


 途中までついてきていたみんなは、何故かすぐに玄関の奥へと引っ込んだ。母さんと皐月がにまにま笑ってたのはなんでだろう。



 コートを着て、何故かトートバッグまで抱えた蓮があたしの傍に寄ってくる。



「葉月、ちゃ……あの……あっためて」


「ん? なんだ、みんなが見てないからって甘えてきやがってこの〜!」



 あたしがぎゅーっと抱き締めると蓮は顔を真っ赤にした。小さくかぶりを振りたどたどしい口調で返す。


「あっ……う、嬉しい……けど、僕、じゃなくて」


(え、違ったのか?)



「葉月ちゃん、が……!」



 首を傾げたそのときにふわっと顔まわりを包み込まれた。


 柔らかい、毛糸の感触。



「蓮、これ……」



 新しいマフラーを巻かれたあたしは彼を心配に思った。


 だって彼は、出会ってから現在も療養が中心であまり仕事は出来なかった。プレゼントとかはマジで気にしなくていいって言ってきたのに、無理したんじゃないかと思ったから。



 でもあたしは更に気付いたんだ。


 ピンクベージュを地にマゼンタやグリーンが一緒に編み込まれてる。片側の端には花の飾り、そして……



「葉っぱ……2つ」



 2つ並んだ菱形ひしがたのアクセントの意味がわかったとき、蓮が嬉しそうに頷いた。



「僕、つくった」



「え! マジで!? お前こんな才能持ってたの!?」



 謙虚な蓮は何度かかぶりを振るんだけど、いや……すげぇだろ。こんな繊細で凝ったもの。



「僕、男なのに……変、かな」


「は? なんで! いいじゃねぇか、男が作ったって! お前これハンドメイド作品として売れるくらいのレベルだぞ。もっと自信持て!」



 アッシュの髪をわしわし撫で回したら蓮はうっすらと微笑んだ。



「葉月、ちゃん、あっためて」


 

 そしてもう一度言ってくれる。“あったまって”の方が言葉として正しいよな……と、思いつつも……


 あたしの目に涙が込み上げる。こっそりと一生懸命作ってくれたんだと思うと胸が熱くなる。



「ありがとう、蓮。大切にするよ」



 舞い散る雪の中、あたしはこの上ない温かさに満たされた。初めてのホワイトクリスマスを彼が最高のものにしてくれた。




 出会ってから急速に距離が縮まったあたしたち。障害を持つという事実に過去のしがらみ、不安なこともいっぱいあった。


 時には無鉄砲なやり方もしてしまった。手探りだった。だけど少しずつ問題がクリアになっていった。冬空に響く鐘のみたいに、互いの言葉が確かな意味を持って鮮明に届くようになった気がする。


 いきなり顔合わせではなく、それぞれの実家と関わりを持っていたことで、出会ってから1年目の初夏も穏やかに迎えられた。こうしてあたしたちは夫婦になることが出来たんだ。



✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



「ほら。問題はあったとは言ってもやっぱり順調な方ですよ、茅ヶ崎さん」



 朝礼を終えたばかりのオフィスの窓際。正確には葉山葉月であるあたしの隣で、お節介野郎・坂口が笑う。まぁ、こいつにも散々世話になったんだけどな。ちょっと悔しいけど。



「結婚はゴールじゃないなんて言うだろ。あたしもそう思ってるよ」


「出た。茅ヶ崎さんの案外真面目な一面」


「案外ってなんだよ」


「あまり気張らないでって言いたいだけです。結婚がゴールじゃないなら、俺が力になれることもまだあるかも知れないでしょう?」



 むくれてるあたしを見ても坂口は変わらない様子だ。世話焼きな同僚のポジションをキープしてる。



「会ったこともないのになんだか愛着が湧いてきちゃったんですよ、蓮くんにも。困ったことがあったら言って下さい。キーマカレーかカツカレーで手を打ちましょう」


「奢らせる気満々じゃねぇか!」



 笑い合ってるうちにいい時間になってきた。そろそろ持ち場へ向かうかときびすを返したあたしにもう一声届いた。



「大黒柱だからこそ息抜きは必要だよ。忘れないでね」



 はいはい、なんて適当に返したあたし。このときはまだ、ちゃんと意味がわかってなかった。時間をかけて知っていくようになった。



 実はとても大事な言葉だったんだと。

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