優子さんの憂鬱(ボルトとナット おまけ録)
翔鵜
第1話 おケイの憂鬱
カランとドアの音がして、いつもの喫茶店に彼がやって来た。若き頃のクリント・イーストウッド似のこの男は竹下圭吾という。
「やあ、おケイ。こっちこっち」
俺は奥の席から小さく手を振った。おケイというのは彼のあだ名で、大抵黒髪を後ろで束ねてピアスなんかしている。お洒落な楽器店の店主で、好きな飲み物は生クリームの乗ったココア、好みのタイプは渋い男だ。
「キムティ、来てくれてありがとう」
俺の名は木村と言う。彼から連絡を貰って、ただならぬ雰囲気に急いでかけつけた。何か相談事があるらしい。
「一体どうしたのさ」
「実は、好きな人が出来たの」
ギクリとする。以前、告白されて彼を振ったのは他でもない自分だ。
「おう…」
「その彼にアプローチしたんだけど、最近連絡が無くて」
「お、おう…」
「ほら私、積極的に行くタイプでしょ?あまりしつこく確認して、嫌われたら立ち直れないし…」
さっぱりしているおケイにしては珍しく、悩んでいる。
「どんな人?」
「筋肉質で、渋くて良い男なの。アクション俳優の卵なの」
「卵?」
「うん。まだ二十代なの。だから、私との交際をためらっているのかも」
それから彼は、その青年に対する想いを切々と語った。木枠の窓に映る夕日を見つめ、何度も深い溜め息つく。
「彼、芸名がボブって言うの。ボブ・マーリーが好きなんですって」
道具屋に帰宅すると、白髪のおやっさんが丁番の補充をしている。最近新調した丸いフレームの、鯖江の眼鏡が良く似合っている。
「只今戻りました。抜けさせてもらってすみません」
ここ、
「問題ない。竹下君はどうだった?」
「恋の悩みでしたから、たぶん大丈夫です」
「はっはっは。なら安心かな。さっき優子ちゃんが呼びに来ていたから、飯にすると良い」
閉店まで勤務の日は、いつも兎家で夕食をご馳走になっている。彼女の手料理が戴けるだけでも、ここに転職して良かった。
二階に上がると、旨そうなオムライスの匂いがする。彼女は小刻みに手首のスナップを利かせ、ボトルの細い先端を左右に振って、豪快にケチャップを振り撒く。あれ、今日はちょっと多いのではないか?
「優子さん、ストップ、ああっ」
「…え?あらあら大変」
皿の縁までケチャップまみれになって、テーブルにもはみ出している。
「ごめんなさい。ぼうっとしてたわ」
そう言って布巾を取りに行く。
「何か悩み事?」
布巾を絞る背中に声をかける。彼女はしっかり者だ。失敗するのは心ここにあらずという時だ。
「うん。実はお柿ちゃんにちょくちょく会いに来る
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