騎士王国の青き剣③

著:インパール


 アッシュはウーリに招かれ夕食を共に摂っていた。ウーリが勧めるだけあって燻製肉の味は中々のものだ。

「いやー、思い出すと笑っちゃいますよね。青い顔してぶっ倒れそうなウーリさんのあの顔!」

「てめえ! またその話か!」

 二人とも薄らと赤い顔をして話をしていた。アッシュが気を利かせて葡萄酒を一本手みやげにやってきたのだ。あまり質のいい代物とは言えなかったが、水の代わりに飲むならちょうどいい薄さだった。

「あれは前にも言ったが、後ろから急に襲われて仕方なかったんだよ。あの熊野郎!」

 冠熊かんむりぐまの話を思い返して話しているらしい。

アッシュが木の上から確認した時に、1人だけ膝をついて倒れそうな騎士が居た。それがこのウーリなのである。

「言っとくが俺は遊撃小隊の隊長だぞ!? 闘位七星も一人で三ツ星認定されてんだ。不意打ち食らってなきゃ負けるわけない戦闘だったんだっての」


はいはい、ウーリさんは強いですよ。と、アッシュが手をひらひらさせて取り合わないように言った。アッシュはその調子で言っているがウーリの実力を疑問視しているわけではない。遊撃小隊の隊長が弱いわけがない。以前に遊びで打ち合ったことはあるが、遊びですらウーリの剣の鋭さは十分に伺えた。


 アッシュは少し酔いが回ってきたのか、珍しく兄貴分にこんなことを聞いた。

「ウーリさん……。俺って、どんくらい強いんでしょうか?」

らしくない言い方だった。

誰がどれだけ強いのか、アッシュも気にしないことはなかったが、あまり聞き回ったりはしない人間だった。どうせ全員を越えていくのだから関係ないと思っていた。

「そうだなぁ……ま、今でも相当なもんだが、隊長達と総当たり戦したら、勝ったり負けたりってとこじゃないか? 俺よりは弱いがな!」

 露骨な挑発にいつもなら飛び付いてくるアッシュが不思議顔をしていた。

「そういえばアッシュ、お前さ、正騎士団の序列ってちゃんと知ってんのか?」

 いや、あんまり分かんないっす。と、真顔で言うものだからウーリも呆れてしまう。四年も居て体しか鍛えてないのかと小言を垂れたくなったが、ひとまずは説明が先か。


 騎士王軍デイン正騎士団の序列はこうだ。


 正騎士団団長

 正騎士団副団長、正騎士長

 正騎士隊隊長、正騎士遊撃小隊隊長

 正騎士隊副隊長

 正騎士小隊隊長

 正騎士分隊隊長

 正騎士

 見習生

 (横並びは順序不同)


一個騎士隊 約1000人〜3000人(第八騎士隊まであり)

一個騎士小隊 約100人

一個騎士分隊 約5〜20人

※一個騎士遊撃小隊 約5〜10人(第五遊撃小隊まであり)


「細かいところを言えばもう少し増えるが、だいたいこんなもんだな」

「ウーリさんて、けっこう偉いんすね」

「見習い騎士が気軽に晩飯食いに来るなんてな、普通は緊張しながら飯の味も分からんぐらいのもんだが、お前は肝が太いよ」

 そういえば、同じ寮の見習い騎士にウーリとの仲を怖々聞かれたことがある。上だの下だのは強さにこそあれと思うが、騎士団のような世界であれば徹底した上下関係こそが一般的な形だろう。

 ウーリの話してくれた騎士団の序列をよく噛みしめてから、ぽつりとアッシュが呟いた。

「俺の強さって、隊長くらいなんすね」

「……見るからに不満気だな」

 アッシュは返事をしない、代わりに葡萄酒を喉にぐいと押し込む。

「なにをそんなに焦ってんだ? お前まだ成人もしてない子どもだろううが。隊長格と戦えるくらい強いガキなんて、俺は今まで見たことねえぞ」

「いるじゃないすか、もう一人。俺が戦えるなら、あいつだって……」

 ウーリは静かに相槌を打つ。まるでアッシュがレナードのことを話すのを待っていたかのようだった。

「レナードは強いか?」

 アッシュは渋々、渋面いっぱいために溜めてから「強いっすね」と、認めた。

「レナードにはもう勝てないか?」

「んなわけないでしょ! そのうち絶対、俺が勝ちますよ! 俺の方が強くなります。必ず、絶対あいつより、誰よりも……俺が強くなります」

「じゃあいいじゃねえか」

「……よくないっすよ。俺は……」

 俺は、と言った後、アッシュは言葉を探しながら語り出した。

 俺は、いつも一番でした。誰よりも強かった。体がでかいし、力は強いし、ごちゃごちゃ言う奴はいつもぶっ飛ばしてきました。きっと騎士団でもそうなんだと思ってました。あいつと、レナードと戦うまでは……。

 どんな荒事も切り抜けてきた。冠熊と戦った時も、騎士団の過酷な訓練も、やると決めたら折れずやり切ってきた。決して退かないことが自分の誇りだった。

「レナードにはいつか必ず勝ちます。でも、初めて負けた時に……勝てないって、一瞬だけ、ほんの少しだけ、そう思ったんです」

 ぎしり、アッシュの固く握った拳が音を立てた。大きな拳だ。あるもの全てを叩き壊せそうなほど、力が込められている。『勝てない』と、脳裏を掠めたその思いが、いったいどれだけ悔しかったのか。人生で初めて心が敗北した。勝てないと決めつけて心が退いてしまった。

 今でも思い出す。初めて負けた時、いや、負けたことは全てよく覚えている。全て、身が焼かれる程に悔しかった。この頃は少し実力も拮抗してきた。だが、ただの一度も勝てていない。だからこそ余計に悔しい。届かない自分の剣が、善戦するからこそ、惜しいと思うからこそ余計に悔しく、心の火が燃え上がる。

「あぁ、でもいいんです」

 雰囲気が変わる。アッシュの物々しい空気が消えて、随分軽い口ぶりだった。

「……いいって、なにがだよ」

 ウーリは恐る恐る聞いた。諦める、とでも言いだしそうだと思った。

「じゃあいいじゃねえかって、ウーリさんが言った通りなんです。俺が一番強くなるんです。レナードより、誰より。だからやることは変わらない。今まで通り、ひたすら強くなろうとすりゃいい、そうするしかないんすから」

「お前……なんかすげえ奴だな」

 ウーリが関心した顔でアッシュの顔を覗き込む。覗きこまれた方は何か思いついたらしい、したり顔で言葉を返した。

「あともう一年したらウーリさんにも勝っちゃいますかねー」

 調子乗りやがって、とウーリが掴みかかる。

 ひょいと体をかわして笑ってみせる顔はまだまだ少年のそれだ。

 ウーリは思う。こいつはまだまだ子供だ。体がでかくて、強すぎるだけの子供なのだ。今はただひたすらに強くなることしか頭にないが、成人すればどうだろうか。アッシュの行く末は楽しみでもあり、怖くもある。隊長と匹敵するほど腕が立つ見習い生、そんなことは騎士団が設立されて以来初めてのことだ。それも一人ではない。いまだ成人も迎えぬ若き二人の騎士は互いの問題だけでなく様々なことに巻き込まれていくだろう。

 アッシュとレナード、二人が行く末の地位、見習い生から晴れて正騎士となった時、どこの騎士隊に配属されるか。今や騎士団も一枚岩ではない、別の側面から見た時は少し複雑だ。

 大きく分けて騎士王派、王以外の有力貴族派、王の剣であり民の盾である騎士団が、政争に巻き込まれるなど健全ではないことだが、現実として無視は出来ない。正騎士団はあまりに大き過ぎる組織。いくら偉大なる騎士団長と言えども全ての騎士達を見ていられるわけもない。


「アッシュ、お前は、いったいどうなるんだろうな」

 遠い目をして言うウーリに、アッシュはよく分からないようだった。

 アッシュの行く末に想像がつかない。名を挙げることは間違いがない。だが、それはどこまで行きつくのだろうか。彼と並び立つもう一人も、きっと何か偉業を成すだろう。まだ子供の二人に取り入ろうとする両派閥も、今はまだ騎士団長が目を光らせて阻止をしている。団長自らが見習い生を気にしているなど、前代未聞と言える。


 アッシュはどこまで強さを求めていられるか。

 強いということが、どういうことなのか。

 きっと彼が思いも寄らぬ力に行く手を阻まれる事もあるだろう。

 その時でさえ、愚直な強さを求めていられるだろうか。

 青き一人の剣の行く末を思うと、ウーリは遠い目をせずにはいられなかった。

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