宇宙求人日給五万

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宇宙求人日給五万


『宇宙求人』という言葉がある。


 未知との遭遇が既知になってから15年ほど経つ。指先を合わせてくるやつや火星のタコがその中にいるのかは私の知識の中に定かではないが、とにかく今現在、E.T.エクストラ・テレストリアルどもは大手を振ったり振る手がなかったりで街を闊歩している。

 地球に来るからには地球に求めるものがあるわけで、それはSci-Fiではお馴染みの資源や文化、居住地であったり、雇用や労働力といった無粋で世知辛いものだったりした。


 そんなこととは概ね関係なく、貧乏な大学生の悩みは恐らくこの世に大学というものができてから変わらない。高校時代から代わり映えのしないこの合皮の財布に紙幣が補充されない限り、遠からず私の若き大学生の肉体は干物になってしまうだろう。

 この春休みの内に、溜まった家賃を払うか追い出されるか。今日の飯を食うか食わざるか。そういったところまで追い詰められて、呑気に月払いの喫茶店で働くなどしゃらくさい真似をするわけにもいかない。となると、多少きつかろうと短時間でまとまった金が入る仕事を探さねばならないわけだ。


 さて、地球外文明との交流が始まれば、必然新しい雇用も創出される。それは何もNASAやJAXAの人間でなければ携われないものばかりでもないのだった。宇宙人だって単純なマンパワーが欲しい。はるばる地球に来るような文明水準なら全自動化していても良さそうなものだが、ところがどっこい。宇宙にも経費削減という概念が存在するのだった。地球人は宇宙の中では存外フィジカルに優れた種族らしく、身体の機能を補助するアタッチメントなしにそれなりの重量を扱えるというのは意外と貴重らしい。重力とかいろいろあるもんな。


 そんなこんなで数多存在するこの『宇宙求人』も、地球のものと同じくクリーンなものからアングラなものまで幅広い。中には我々学生の身分でも小遣い稼ぎに利用できるような内容も珍しくはなく、荷運びや仕分けから地球文化講師、地球マナー講師などと毛色の変わったものもある。分かっているのは治験だけは受けないほうがいいということである。


 留守中に郵便受けにねじ込まれていた少しばかりアングラ寄りらしい宇宙求人のチラシの中から、私はめぼしいものに線を引いていった。参考書にはろくすっぽ引いたことがない赤線をそりゃもう真面目に引いていった。そしてとりあえず治験にはすべてバツを付けた。

 その中でも目を引いた案件がある。内容はなんのことはない軽い荷運びのようだが、日給五万円という額は目を素通りさせないくらいには魅力的だった。


 宇宙求人には一攫千金の噂もまことしやかに飛び交う。なんでもある星ではAu、つまり金という鉱物は貴重でも何でもないため、軽い作業をしたら金をひとつかみばかり無雑作に渡されたなどという話も聞いたことがある。対してある星ではアルミニウムという金属は目が飛び出る高値で取引されており、一円玉を売り捌いて大儲けしている人間もいるとか。まあそれも交流が始まってしばらくの話であり、今となってはそこまで極端に美味しい話はないと聞くが、とにかく治験だけはやめたほうがいいらしい。


 しかし、この五万円。これだけの額をしかも日本円でというところが魅力的だった。金の話とは逆で、この星ではなんの価値もないその星の通貨や、その星では珍しいが地球では大したことのない金属で支払われて大損したという話も聞かないではない。やはり信じられるのは渋沢栄一の顔である。この作業でこの額となると運ぶブツの内容が怪しくなってくるが、仮にどこぞの星間戦争用の武器の密輸の片棒を担がされていたとしても地球人としては知ったことではあるまい。

 私は一も二もなく記載された電話番号に連絡し、特に面接もないというので当日の集合場所を聞き出した。


 エイリアンクラフトに乗るのは初めてではない。地球に来て早々にそういった商売を始めた種族がいて、今では舞浜にあるネズミの国のアトラクションくらいの感覚でU.F.O.("Unidentified"という呼び名が適切でないとされたため廃れた)と呼ばれていたものに乗って宇宙空間を飛行する体験ができる。私も地球の周りをぐるり回っただけだが、卒業旅行で友人と乗った。しかしバイト先へ移動するためにそれに乗るというのは流石に初めてである。丸一日も乗せられるというのも初めてである。地球外での仕事とは思わなかった。それにこれでは往復合わせて実質三日で五万円じゃないか。ちょっとばかり騙された気分だが、それでも派遣に三日入るよりはよっぽど割がいいことに変わりはないし、宇宙旅行が二日分ついてきたと思えば悪い話ではないと思う。窓はついていないので宇宙を飛んでいる実感はないが。


 二、三十人ほどの労働者たちとともに降り立った赤茶けた岩石惑星で待っていたのは、宇宙感のまるでない殺風景な倉庫とジンガサハムシみたいな顔をした現場監督の宇宙人たちであった。作業内容は特に嘘偽りがないようで、引っ越し荷物よりは随分軽い箱をあっちへこっちへ整理するという楽しくはないが楽といえば楽な作業だ。宇宙共通語を翻訳するインカムから聞こえる作業の指示は、相当エキサイトしてはいるもののなんとなくは理解できる程度の日本語であった。


 作業も一段落ついた頃。倉庫内に時計はなく、また雇い主の種族に時計という概念があるかも定かではないため、大変聡明な私は予想をつけて腕時計の準備を怠らなかった。それによると何度かの休憩を挟んで約八時間の仕事をこなしたことになる。しかし待てども作業終了の合図は聞こえてこない。さてこれは黒っぽくなってきたぞと思い始めてからまた二時間ほどして、ようやくインカムに『作業を切断し持ち上げてください』という不安な日本語が響いた。


 来る際乗せられた宇宙船の狭苦しいコンパートメントでもいいから早く寝転がりたい気持ちで一杯であったが、通されたのは他の労働者たちが雑魚寝する大部屋であった。ちょいと待っつくれたまいの玉井さん。私は確かに作業の希望日数を一日で契約したはずだ。一晩ここで寝かしてくれる気遣いはいらないから帰りの船に乗せてくれろ。そう伝えたくとも自分も相手も翻訳機能つきのインカムを外しているのだからしようがない。


 しようがないので明日を待とうと割り当てられた寝床にごろり転がったところで、隣にいた男が馬鹿にしたような自嘲したような笑いをフンと漏らした。

「馬鹿なやつらがまた来なすった」

 馬鹿にされていた。

「馬鹿なやつらたなんです」

「気を悪くするない、おれもその馬鹿の一匹だ」

 自嘲もしていた。

「おめえ大方一日働いたのに帰りの船が出ねえ、しょうがねえ明日まで待とうとでも思ってんだろ」

「おじさんは占い師のおじさんですか」

「馬鹿たれ、俺らは騙されたんだ。寝て起きたって明日は来ねえよ」


 明日が来ないとはなんたることだ。あと三時間ばかしで日付が変わることは私の腕時計が証明している。ははあこのおじさん時計を持ってこなかったんだな。こういうところに人間の知的レベルの差は出てくるわけだ。

 待てよ、それとも何か。やはり我々が運搬と整理に携わったブツは公にされるわけにいかないもので、運ばせるだけ運ばせて用済みとなった我々は口封じを兼ねて宇宙怪獣のお夕飯にでもされるから明日がないというのか。宇宙共通語で命乞いはなんと言えばいいのだろう。


「なんてこった、私は一日働けば五万円貰って帰れるものと思ったのに」

 岩屋から出られなくなった山椒魚のごとく悲嘆に暮れる私の横で、おじさんはがらがらと酒焼けした笑い声を上げた。

「なあに、おめえ一日働きゃ帰れるよ。もちろん生きてな」

「なんですって、私を脅かしたんですか。おじさんは悪いおじさんだ」

「ただ、おめえは一日働いちゃいねえってことさ。かく言う俺もお前の二十倍はここにいるが一日働いちゃいねえ」

「おじさん、酒は飲んでも飲まれちゃいけないよ。今日だけでも十時間働いた私の二十倍なら二百時間じゃありませんか」

「馬鹿いえ、酒なんざ随分飲めちゃいねえ。しらふだ」

 明日になれば帰れるが、二百時間働いても、寝ても起きても明日は来ない。はて。

 いよいよもって首を傾げる私の顔をじろりと見て、おじさんは意地悪く笑みを浮かべた。


「簡単な話よ、この惑星の自転速度は地球の三十分の一しかねえんだ」


 日給千六百六十六・六六円!!!

 私の聡明すぎる頭脳に一瞬でその答えが雷光のごとくひらめいた。


 それからの毎日は、といっても一日経っていないのだが、それはひどいものだった。寝心地の悪い大部屋で寝かされたのち朝(という概念はないがつまり部屋の電気が点けられたら)には叩き起こされてまた荷運び。やはり大した重さではないのだがあまりに単調で精神に来る。疲労ではなく摩耗と言ったほうがいい。それも地球の尺度で言えば日給五万どころか日に千六百六十六・六六円でこき使われていると思えば虚しさもひとしおである。現場監督のジンガサハムシ面を叩き潰してやろうかとも思ったが、警備に立っているらしい無骨なロボットの手が銃っぽい形をしているので諦めた。


 さらに参ったことに、ここを管轄する種族には味覚という概念がないらしい。地球人の食べられるものは一応出てくるのだが、炭水化物やらタンパク質やらを一緒くたにミキサーにかけて固めたようなものが三食出てくる。こいつらにはうま味調味料の偉大さが永遠に分からないのだ。哀れな生き物め。おじさんは三百回ほど噛むと甘みが出て多少美味しくなると言っていた。哀れな生き物だ。


 この星での一日も後半に差し掛かってきたが、作業内容は相変わらずである。今や唯一の娯楽は、インカムで宇宙語に翻訳されないような現場監督への悪態を考えることだった。実際に口に出す度胸はなかったが。食事は三百五十回噛むようになった。あと唇を噛むとちょっと塩味がついて美味しい。

 おじさんはとっくに一日経ったはずだが未だに作業している。なんでも応募時に作業期間を三日間で契約したらしい。哀れな生き物だ。

 この作業から解放される頃には地球ではひと月以上経っていることになる。大学生の長い春休みも流石にほぼ終わる頃だ。家賃の集金日もとっくに終わっているので大家さんはカンカンだろう。帰りたくない。帰りたい。


 騙されたほうが悪いという論理は、宇宙に出てもあまり変わりないらしい。いや、騙されたと言っても確かに向こうはどこの時間で一日とは書いていなかったため、結局我々の勝手な誤解ということで丸め込まれてしまうのかもしれない。宇宙人相手に舌戦するだけの気骨は備えていなかったし、都合の悪い話になるとジンガサハムシはインカムを外してしまうからしようがないのだった。


 しかし年貢の納め時。宇宙にも正義はあったのだ。地球時間で二十日ほど経った頃、倉庫の扉が乱暴に蹴破られた。そこに立ちまする数人の銀色に赤ラインの体をした宇宙人が、狼狽えるジンガサハムシたちを指差すと大喝した。


『銀河連邦労働監察局だ! 低水準文明労働力獲得法違反で拘束する!』


 インカムが珍しくまともに翻訳する。今低水準文明って言ったか。

『それはsatsuです。かつら剪定せんていしてください』

 ああ、「」ね。


 やや血の気が多いと見える正義の使者たちが警備ロボットを光線で粉々にしたりしたのち、ジンガサハムシたちは連行されていった。残った我々労働者たちの前でヒーローが言うことをざっくりとまとめたところ、未開の星のお猿さんをだまくらかして不当な賃金で長時間働かせることは宇宙基準でも人権侵害に当たるらしい。我々はこれより速やかに彼らの宇宙船に搭乗し、懐かしき地球に送還していただける運びのようだ。おじさんが万歳を叫んだ。同じく数日の労働期間で契約していた労働者たちを中心に、万歳が三唱された。


 なんとも災難な春休みの思い出となったが、銀河連邦労働監察局による救出劇のおかげで春休みはいくらか残っている。毎日派遣を入れれば先々月分の家賃くらいは払えるだろう。今や大家さんの梅干しのような怒り顔すら懐かしかった。少なくとも彼はジンガサハムシには似ていないのだ。私は丸一日の復路の中、コンパートメントで眠ることも忘れて他の労働者たちとの別れを惜しんだのだった。宇宙求人はもうこりごりだ。


 懐かしき地球の大気は格別の味で、地面は愛おしく、空は青かった。青葉が眩しく、太陽は暖かかった。

 というか暑かった。

 暑い。春の日和とかそんなんじゃない。汗が噴き出る暑さだ。というかセミが鳴いている。

 街に降りてコンビニエントな店で広げた新聞は、今日が終戦記念日であると告げていた。


 ――――――――――ウラシマ効果。

 

 脳裏に過ったその言葉とともに、私の聡明な頭脳は、私が我が家と前期の授業単位すべてを失ったという答えに辿り着いた。


 あと十日で五万円、持って帰ったほうがまだいくらかマシだったなぁ。


 夏休みは喫茶店でバイトでもしようと思う。

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