第一篇 人間の世界

+01 退屈

 人間の住まう国の中にある普通の家。

 カイトは外から差し込む太陽の光で目を覚ますと、ベッドの上で上半身を起こした。



「おはようございます、カイト様」



 そう挨拶をしたのは額の中央にちょこんと小さな角が生えている、魔族の少女だ。年齢は十歳前後であり、カイトの付き人だ。名をシャリィという。生地が薄く、安っぽい鼠色の服とズボンと、今にも穴が開きそうなほどにボロボロの靴を身に付けている。



「あぁ、おはよう」



 カイトはそう答えると、クローゼットの前に立った。

 いつものようにシャリィはクローゼットの中から洋服を見繕い、カイトの着替えを手伝う。

 それが終わると別室へと移動し、カイトは席に着いた。

 シャリィはキッチンから飲み物の入ったグラスをカイトの前に置くと、朝食を作るために再びキッチンへと戻って行った。

 それから少しして、カイトの元に朝食が運ばれて来た。食事が終わるまでの間、シャリィはカイトの斜め後ろで手を腰の前あたりで組んで待機する。

 カイトの食事が終わると、シャリィはすぐに空になった食器を持ってキッチンへ片づけに向かった。カイトは簡単な身支度を始め、それが終わる頃にシャリィが戻って来る。



「行こうか」


「はい、ご主人様」



 カイトは扉を開き、家を出た。目的地は国の中央にある城だ。

 その道中、カイトとシャリィは様々な人間やその他とすれ違った。この国では、全ての人間が一人以上の付き人をしている。人間は全ての生き物の頂点に立ち、それ以外は家畜以下。それがこの世界での常識だった。

 付き人の扱いはそれぞれの好みで決まる。カイトの様に使用人に近い扱いをする者もいれば、ストレス解消のためのサンドバッグにする者もいるし、刃物で傷つけて弄ぶ者もいる。最近では、人間が付き人同士の殺し合いをさせるコロシアムなる娯楽が流行りだした。

 そのため、通りを歩く人間は誰もがきちんとした身だしなみをしているが、彼らが連れている付き人は裸だったり、傷だらけだったり、体中が何かで汚れていたりと多種多様だ。

 およそ二十分程掛けて、カイトは目的地へと到着した。

 城へと入る大きな扉の前には巨大な空間が広がっており、扉のすぐ傍には出入りをチェックする門番の為の休憩所が設けられている。



「身分証を」



 そう言われたカイトは、懐から手のひらサイズのカードを差し出した。

 それはドワーフ族によって作成されたカードで、表にも裏にも何も書いていない。しかし、特殊な道具を使うとその中に刻まれた情報が浮かび上がる。

 カイトからカードを受け取った門番は、カードよりも一回り大きい黒い板の上にカードを置いた。すると、カードの上に文字が出現する。カードは左上から右上まで文字でびっしりと埋め尽くされていた。そこには、カードの持ち主の情報が詰まっている。

 門番はそれを記録・照合し、カイトに身分証を返した。



「確認が完了しました。お通り下さい」



 そう言われ、カイトとシャリィは門番に軽く頭を下げてから門をくぐった。



「よう、カイト」



 そう言ってカイトに声を掛けたのは、カイトと同年代の人間だった。少し小太りで金髪のマッシュルームヘア、そして身につけている服装は目眩がしそうな程に光を反射させている。

 その隣で首輪を付けられて四つん這いになっているエルフの少女との服装の差は、まさに天と地と呼ぶにふさわしい。



「ボン……」



 カイトは少し面倒くさそうにその名を呼んだ。

 ボンの後ろには、同年代の人間が数名いる。街の一角で細々と生活しているカイトとは異なり、ボンは政治家――言ってしまえば権力の強い金持ちとの繋がりが強い。

 ボンの後ろにいるのは、ボンの両親よりも力の弱い政治家を親に持つ子供たちである。よく言えば友達、悪く言えばボンに逆らえない取り巻きだ。



「俺に何か用か?」


「英雄様の一人息子であるところのカイトと共に成人化出来るなんて光栄だ。そう言いに来ただけさ」


「思ってもいない事を言うなよ。らしくない」


「そうか? なら思っていることだけを言おう」



 ボンは一つ咳払いをしてから、言葉を続けた。



「いいか? お前の両親はたまたま生き長らえたから英雄になっただけだ。調子に乗らない事だ。何か僕の気に触るようなことをしてみろ。その時は僕の力で――」



 まくし立てるように言葉を並べていたボンだったが、



「やめないか!」



 そんな力強い声で遮られた。



「……っ! ジャス、邪魔するなよ。今良い所なんだからさ!」



 ジャスと呼ばれた青年は、ボンを睨み付ける。

 ピッチリとワックスで固められた真っ赤なオールバックに、力強い、まるで炎の様な瞳。そして、服の上から分かるほどの屈強な体躯。装飾品は一切身につけていないが、服がシワ一つないせいか高貴なオーラを感じる。連れている付き人は一体で、両手を鉄の手錠で拘束されている。ただし、それが巨人族でありジャスに勝らずとも劣らない筋肉の隆起があるせいで手錠がやけに頼りなく見える。

 そんな見た目から生まれる圧力に、ボンも若干たじろいでいた。



「良い所だって? どこからどう見ても君が一方的に畳み掛けているようにしか見えなかったんだが、僕の目がおかしいのかな?」


「あぁ、おかしいとも。これだから石頭は……」


「石あたっ……。ボン! たとえ誰であったとしても、相手を馬鹿にするようなことは言うものじゃない!」


「うるせぇ! 大体お前は俺が気分を良くしているときに限ってことごとく割り込んできやがって――」


「困っている人間を助けるのは、人間としての義務だ! そしてその逆も然り! ボン、君は他人を大切にするということを覚えた方がいい!」


「ちっ……。お前はいつもいつも俺に――」



 そんな言い合いを横目に、カイトはその場を去る。それに駆け足で追いついたシャリィは、



「ご主人様、宜しかったのですか?」



 同級生を放ってその場を離れるカイトに、少し心配そうに聞いた。

 しかし、返ってきた答えは素っ気ないものだった。



「どうでもいい」

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