第74話

 ……ドスンッ!



 一突きごとに、大地が揺れる。



 ……ドスンッ!



 パイルバンカーが打ち込まれたように、緑の混じった砂塵があがる。



 ……ドスンッ!



 その歩みは惑星ほしを背負う亀のごとく力強く、ゆったりしていた。


 俺たちは折り重なる木々の中に息を潜め、梢の隙間から開けた草原の様子を伺っていた。


 緑のヴェールの向こうには、ほんの数メートルほど先には、純白のケンタウロスたちの群れが。


 大名行列のように規則正しく居並び、ゆっくりと、力強い一歩で、



 ……ドスンッ!



 露払いが手にした騎乗槍ランスを足元に突き立てている。


 ……ああやって地面を刺して、落とし穴がないか確認しながら進軍してるんだ。


 落とし穴は、上向きのランドルト環のように掘ってある。

 欠けてるところからヤツらを中に誘いこむ作戦だからだ。


 俺のルート予想が少しでもハズレたら……ヤツらの槍が、まわりの落とし穴を貫くようなことがあれば……この作戦は失敗に終わる。


 もし穴の存在がバレてしまったら、ヤツらは俺たちが近くに隠れていることを察知するだろう。

 そしてすぐ近くにある、この茂みを人体切断マジックみたいに穴だらけにすることは間違いない。


 そうなってしまったら、逆に俺たちが一網打尽……!

 一瞬にして勝負が決してしまう……!


 部員たちもそれがわかっているのか、誰もがハラハラドキドキしながら、大名行列を見守っていた。


 おしゃべり大好きなサイラは押し黙り、


 好戦的なラビアは、飛び出したい気持ちと叫び出したい気持ちを歯噛みをしてこらえ、


 緊張しいのカリーフは酸欠のようにぜいぜいと肩を上下させ、


 あの何事にも動じないシターですら、額にひとすじの汗を伝わせている。



 ……ドスンッ!



 そしてヤツらはついに、落とし穴ゾーンに脚を踏み入れた。



 ……ドスンッ!



 ここで突き立てる音が少しでも変われば、一貫の終わり……!



 ……ドスンッ!



 幾多のメルカヴァを串刺しにしてきたあの槍が、こちらに向けられることになるのだ……!



 ……ドスンッ!



 なんか、看守に部屋を調べられている、囚人の気分だぜ……!



 ……ドスンッ!



 ポスターで隠してある、壁の穴が見つかったら、終わり……!



 ……ドスンッ!



 自由への道は、永遠に閉ざされちまうんだ……!



 ……ドスンッ!



 だが……この脱獄王オレの偽装……エリートとはいえ、まだまだお嬢ちゃんの看守に、見抜けるかな……?



 ……ドスンッ!



 そう、ヤツらはミスを犯した……!

 縦一列という初期の隊列のまま、ここまで来てしまったんだ……!



 ……ドスンッ!



 俺ならば、いくつかの隊列を使い分けて進む……そう、たとえば……横一列になって、全員で地面をほじくり返すとかな……!



 ……ドスンッ!



 そうすれば……まだ、チャンスはあったかもしれねぇのに……!



 ……ドスンッ!



 でも、まぁ、俺はそれすらも読むんだけどな……!



 ……ドスンッ!



 なぜならば俺は、世界チャンピオンなんだから……!



 ……ドスンッ!


 そしてついに、ヤツらはまわりの穴に気づくことなく、囲い網の中に入った……!

 でかい魚が、4匹……! まとめてかかりやがったんだ……!



『ヨシ イケ』



 俺の合図に、猟犬のように飛び出そうとするサイラ、ラビア、シター。

 しかし……肝心のカリーフは、しゃがみこんだまま動かなかった。


 微動だにしないメルカヴァの頭上には、家にきたばかりのチワワのように震えるフェイスがある。



『……おい、いくぞカリーフ! なにやってんだ!?』『いくよっ、カリーフちゃん!』『カリーフがいなければ、連携の開始ができない』



 仲間たちからマニュピレーターを引っ張られ、背中を押されて茂みから出ていくカリーフ。

 木々を散らしながら飛び出した瞬間から、ラビア、サイラ、シターが呪文詠唱をはじめる。


 カリーフが出口を塞いでから呪文詠唱をしていたのでは、突破されてしまう可能性があるからだ。


 カリーフの石化魔法で出口を塞いだあと、流れるように地震、陥没、埋没となるよう、呪文の詠唱タイミングを何度も練習させたんだ。


 その甲斐あってか、ベストタイミングで3人の口から言霊が紡ぎ出される。



『ああっ……!? 発見……! 敵を発見しましたっ!』



 ジャスハイの騎馬たちが一斉にこちらを向く。



『……堂々と姿を表すなど、迂闊なっ……!』




 1体がさっそく攻撃を仕掛けようとしていたが、肩を掴んで止められていた。



『待つのです! 早まってはなりません! 調べた地面以外は移動しないようにと言ったでしょう!?』



『す、すみませんパピヨン夫人!』



 ……あの制止したヤツが……パピヨンか……!

 『ジャスティスナイツハイスクール』のキャプテン……!


 毛量のあるロングヘアを、竜巻みたいにクルクル巻いた金髪に、紫水晶をはめこんだみてぇな瞳……!

 未婚だろうに夫人と呼ばれるのも、納得がいくルックスじゃねぇか……!



『今まで姿を隠していたのに突然現れたということは、きっと陽動……! 得意の落とし穴に誘い込もうとしているに違い……ありま……せ……ん……』



 不意に……まるでボリュームを絞るかのように、静寂が訪れる。


 お嬢様の言葉は、呆気に取られるあまり……途中で消え去った。

 それにつられるように……我が部員たちが唱えている詠唱も……途中で霧散した。


 実況席も……放送事故のように、無音になった。


 落とし穴の唯一の出口を塞ぐべく、飛び出していったカリーフが、なんと……!

 脚を踏み外して、穴に落ちちまったんだ……!


 落とし穴は連なる形で作っていたので、ジャスハイのまわりにあった穴のフタが、ぜんぶ陥没……!



 ドガッ……シャァァッァァァァッァァァーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!



 屋根が崩れるような轟音ととともに、周囲が沈下しちまったんだ……!


 もうもうとあがる砂煙と、早い勝利を祝福する紙吹雪のような葉っぱが、ケンタウロスたちのまわりを舞う。


 敵味方、一瞬何が起こったのかわからず……お見合い状態になっていた。

 しかしさすが相手は強豪校、先にその沈黙を破ると、



『落とし穴はきっと、この一角だけですわっ! 警戒解除! 皆の者、一斉にかかるのです! 正義は我らにあり! せいやぁーっ!!』



 勇ましいかけ声とともに、穴の包囲網から飛び出してきたんだ……!

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